2-9 彼の行為が『モラハラ』と言うなら、断固否定されるべきです

そして彼女は先ほどまで吸っていたであろう、ブルー・フレイムを俺に差し出してきた。



「えへへ、どう、二コラ? そうだ、あたしの吸いさしで良いなら今あげるよ?」

「お、すごいな、間接キスか! ぎゃはははは!」

「本当だ、そら、キスしちゃいなよ!」


「ふざけんな!」


俺は思わず彼女の手を払いのけた。

彼女は俺が普段取らない態度を見て、衝撃を受けたような表情をした。


「ぐは……!」


今の行動は彼女をかなり傷つけたようだ。

俺は棍棒で後頭部を思いっきり殴られるような衝撃を受けた。

店内に響く大声で俺は叫ぶ。



「こいつは麻薬だ! 強い依存性がある代物なんだぞ! わかってんのか?」



この麻薬である『デス・フォーム』は恐ろしい依存性があり、致死性すらある。

俺の国では、持ち込んだ時点で処刑されるレベルの代物だ。



(そうだ、思い出した……。この匂いは傭兵時代に知り合ったおっさんから、していたんだ!)



この『デス・フォーム』は独特の匂いがすることでも有名だ。

以前この匂いが嗅いだことがあると思っていたが、この匂いは、俺が傭兵として戦っていた時に、国境沿いで出会った酒保商人を名乗るおっさんからも同じ匂いがしていたのだ。



……そしてそのおっさんは『デス・フォーム』を持ち込もうとして密輸がバレ、処刑されていた。



彼は実は外国からやってきたスパイだったのだ。逆に言えば他国の工作員が国家転覆を狙って持ち込むほど、やばいブツということだ。



(俺は……なんで思い出せなかったんだ……!)


俺はそう思いながら今すぐここから立ち去りたい欲求にかられた。

だが、当のサンティたちはふらふらとしながらも、不思議そうに尋ねた。


「麻薬がなあに~? 煙草とどう違うのさ~?」

「そうそう。別に誰かに迷惑かけてないじゃんねえ?」



この麻薬は身体依存も大変強く、禁断症状が強い。

そのせいで隣国では多くの中毒者が麻薬欲しさに犯罪に手を染め、治安が著しく低下した。

加えて麻薬の取引価格も高騰し、同じく多くの中毒者が破産する憂き目にあった。


そしてその国から大金を巻き上げたその国は、その金を恐るべき軍事力に変え、その国に攻め込んだ。


そんな相手国に対して、麻薬におぼれ、腐敗し、弱り切った国民たちなど相手にもならなかった。


結果、隣国はあっさりと攻め落とされ、植民地化されることになったと聞いている。



それが原因で、俺たちの国でも麻薬の取引は重罪となったのである。

あの『勇者』ですら、デス・フォームの流入を聞いた時には青ざめる程の代物だ。



それをこの国では、当たり前のように『表の店』で出しているのだ。

……そして何より驚いたことがある。



「ところで、この麻薬……いくらなんだ?」

「え? メニューに書いてあるじゃん……」

「この金額が……正規の価格なのか? 末端価格で、これか?」

「さっきから何難しいこと言ってんのさ? この値段で買えるって言ってんじゃん? うちはさ、ブルー・フレイムの畑がいっぱいあるんだから!」



……そう、この国ではこの『デス・フォーム』を大量に生産しており、それを全て国内で消費しているのだ。


そのため、価格がいわゆる『麻薬の価格』とは思えないほど安価で、子どもの小遣いでも買うことができる。



もしもこのことが他国にバレたら、それだけで戦争の火種になりかねない。

『子どもたちを麻薬の魔の手から救うために、あの悪の国を攻め滅ぼすのだ』なんて大義名分をつけられでもしたら取り返しがつかない。



「どうだい、二コラさん? そうだ、サンティちゃんは常連だからな。一服なら奢ってあげるよ」


店主は俺に対して、まるで『酒を一杯奢ってあげる』と言わんばかりの軽い口調で、俺に優しそうな……いや、冗談抜きで『人のいい顔』で麻薬を勧めてきた。



……つまり、この恐ろしい麻薬を取り扱うことについて、吸う側は愚か、売る側である店主にすら、かけらの罪悪感も有していないのだ。


俺は猛烈な怒りと共に、抗議した。



「冗談じゃない! こんなもんを売るなんて、あんたらは死神以下だ!」

「はあ? 死神、ですかねえ、私は……ぐ……」


強烈な反撃が来るかと思ったが、思ったほどの衝撃は来なかった。


「う……」



逆に店主は俺の心痛により、足を派手に斬りつけられたような痛みが走ったのだろう、急に膝をついてきた。

……店主は本当に人の良い性格なのだろう。あまりに皮肉な形となった。



「二コラ? ちょっと言いすぎじゃないのか?」



そうサンティは苦言を呈してきたが、俺は気持ちがおさまらずに叫ぶ。

そのたびに周りから『迷惑だ』と言わんばかりに体に切り傷が増えていく。だが、今の俺にはそんな傷の痛みなど、どうでもいい。



「麻薬を売るなんて人のやることかよ! 吸ったやつらの人生をどれだけ狂わせると思ってんだ! 中毒者が犯罪を起こしたらどうするんだ!?」



バンバンと俺はカウンターを叩いて叫ぶ。グラスがいくつか割れ、そのたびに財布の中身が軽くなっていくが、それすらも今は覚悟の上だ。



「うーん……そう言いますがねえ。私はそこまで面倒は見切れませんし……」



店主は困ったような表情を見せながらも『自分は何も悪いことをしていない』とばかりに困ったような反応を見せた。

……つまり、俺の発言に対して『正論ではあるが、言ってもしょうがないこと』と認識しているのだろう。


そして俺のことを『よくいる、ただの困ったお客さん』としか思っていないのが分かった。

俺が抗議を続けていると、横からサンティは囃し立てるように声を出してきた。



「ちょっと、二コラ? あんた勘違いしているよ?」

「勘違い?」

「だってさ、ブルー・フレイムが悪いわけじゃなくてさ。悪いのは犯罪者だろ?」

「そうそう! 悪いのは人間であって、こいつじゃないんだよ。そんなことも分からないのかな、サンティの彼氏は?」


まるで俺が分からず屋のような言い方をしながら、サンティの友人たちも言ってきた。

そしてもう一人の友人も、まるで罪悪感のない表情で自分が注文したと思われる麻薬を差し出してきた。



「そうだ、せっかくだしあんたも、一回吸ってみろって!」

「絶対に吸うか!」



こうなったら、この国中の麻薬畑に火をつけて、供給を停止させてやろうかとすら思った。それで俺が死んだとしても、麻薬の蔓延を止められるなら『応報罰の魔法』なんて怖くない。


……だが、この国の国土を考えると、一人の力でそんなことは絶対に不可能だ。

100%の確率でいくつかの畑に火を放った時点で『応報罰の魔法』で命を落とす。


よしんば成功したとしても、どうせ来年の分の種苗など残っているに決まっているから、効果は一時的なものにしかならない。



せめてサンティだけでもこの地獄から抜け出させようと思い、ダメもとで聞いてみた。



「サンティ。今すぐここから出て、二度と麻薬は吸わないで欲しい」

「麻薬って、この煙草のこと? もし嫌だったらどうする気?」

「もし麻薬を辞めないなら、俺は別れる。だから……ぐは!」



俺は足にぱっくりと傷が開くのに気が付いた。

……『応報罰の魔法』だ。

見ると、サンティは俺に対して失望するようなまなざしを向けてきていた。


周りも、酩酊しているような表情でありながらも、明らかに俺の言動に対して非難するような目を向けていた。



「おい、二コラ。お前の発言は『モラハラ』だぞ?」

「そうそう。相手をコントロールするような言動はダメ、だよ?」

「も、モラハラ……だと……?」


恋人に麻薬を辞めさせようとするのがモラハラだというのか?

俺は驚いた様子で彼女を見た。

彼女は冷たい目で、俺に対し失望の混じった眼をしてつぶやく。



「見損なったよ。あたしはさ、そうやって相手をコントロールしようとするやつが、大っ嫌いなんだ。……あんたのこと、優しい奴だと思ってたけど……やっぱ、あんたとは合わないね」



「違う! 俺は……純粋にお前のことを思ってい、言ってるんだ!」

「ああ嫌だ、ほら出た。それ、モラハラ男の常とう句じゃん! まったく、はっきり今のであんたの本性が分かったよ。……婚約は解消するからな!」



もしこれがモラハラだというなら、俺はモラハラ加害者でも良い。

麻薬……しかもその中でもとびきりヤバい『デス・フォーム』を吸うような真似は断じて認めるわけにはいかない。



……そう思ったが、そもそもこの世界では『麻薬は、存在自体が悪』という認識自体がされていないようだ。


今にして思うと、ここ最近、ずっとこの国を歩き回っていたが、麻薬の更生施設なんてものは存在すらしていなかった。



「そうか……。残念だよ、本当に……。俺は明日出ていくことにするから」

「ああ、そうしてくんな!」


この状況、この国の文化では説得することは困難だ。

必死で説明しようとすればするほど、俺が『頭のおかしい、変な奴』になってしまうのだから。



(やったらやり返されるってだけじゃ……世界は良くならないってことだな……)



この国には法律がない。

そして、麻薬自体が犯罪を起こしているわけではないから、当然『応報罰の魔法』の効果も適用されない。



万一明日説得してサンティと仲直りできたとして、さらに麻薬を吸うのを辞めてくれたとする。


仮にそうなったとしても、この国の構造そのものは変えることが出来ない。

俺はこの国のやり方がどうしても受け入れられない、そう思い国を出ることにした。

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