2-10 単に報復だけでは世界は良くならないんです
「そうか……国を出るのか」
「はい……」
俺は魔王ミルティーナの前で跪き、そう答える。
例の件の翌日、意外なことにサンティは俺に対して謝ってきた。
曰く「ブルー・フレイムの影響で、つい言いすぎてしまった」とのことだ。
ブルー・フレイムは吸った相手の精神を高揚させ、なおかつ物事に対するブレーキ……即ち理性をぶち壊す役割がある。その効果があるのは彼女も知っているらしく、昨日の自分は調子に乗りすぎたと反省していた。
だが、ブルー・フレイム……というより、麻薬自体を辞めるつもりは彼女にはないようだった。『今後は俺には迷惑をかけないように吸う』と言っていたが、そもそも俺は麻薬の存在自体が受け入れられない。
だが『麻薬は存在そのものが絶対悪だ』という俺の思想については、まるで理解が出来ないという表情をしていた。恐らくこの国の殆どの人は同じ反応をするのだろう。
サンティは最後まで「悪いのは麻薬を吸って悪さをする人間であって、麻薬じゃない」と言っており、俺の価値観を理解してもらえていないのが分かった。
……つまり、これは個人の問題ではなく、国のシステムそのものの問題だ。
だから俺はもう、この国を出ると言い、別れを告げた。
「では、まずは魔法を解いてやろう」
ミルティーナは俺に魔法をかけ『応報罰の魔法』を解いてくれた。
「これで『応報罰の魔法』はもうお前には適用されん。だが、貴様に危害を加えた場合、我々は傷を受ける。だから出国までの身の心配はしなくていい」
「ありがとうございます。……すみません、俺が彼女を愛せなくて……」
俺は眼鏡を魔王ミルティーナに返し、礼を言った。
ミルティーナは少し残念そうな顔をしながら答える。
「正直、残念だったな。あいつは、あの性格だからいつも相手に逃げられていてな。貴様のように交際までこぎつけた男は初めてだったのだから……彼女の何が不満だったのだ?」
「彼女の常習的な麻薬の使用が原因ですが……正直、俺が一番受け付けないのは、この国のシステムそのものです」
「システム、か……。今なら『応報罰の魔法』が貴様には効かぬから、言ってみてはくれぬか?」
そう魔王ミルティーナは答えてきた。
「はい……。この『応報罰の魔法』の問題は3つありました」
「3つだと?」
「我々が苦労して作り上げたこの世界に、それほどの欠点があるというか、お前は!」
そう周囲の近衛兵たちが怒ってきた。
……だが、俺の体にダメージは来ない。なるほど、『応報罰の魔法』は切れていることが分かった。
魔王ミルティーナは近衛兵を制して尋ねる。
「なるほど。申してみよ。……安心してくれ、貴様が何を言おうと危害は加えん」
「は……。まず1つ目は『被害者が現時点で存在しない違法行為』を防げないことです」
「被害者が現時点でいない?」
「はい。……俺はこの国で、トライル様の領地にゴミを投棄している業者を見かけました」
「なに、あの英雄トライル様の?」
「無礼な奴もいるのだな……」
そう近衛兵達は言うが『捕まえてやる』という言葉は出てこない。
やはり、この国は自治を『応報罰の魔法』に頼っているのだろう。
「あのゴミはいずれ、有毒物質になるかもしれません。ならないとしても、トライル様の領地を買い上げたものが、その処理費用を払うことになります。……その時に『応報罰の魔法』が発生するとしても、おそらくは犯罪の抑止にはならないでしょう」
「む……」
この土地では、よほどトライル様の名声は大きかったのだろう。
そのことが、魔王ミルティーナの表情からも分かった。
「そして二つ目は『未来に起こる可能性がある犯罪』と『やり返されてもいいからやる犯罪』を防げないことです」
「ほう……」
ピンとこない様子だったので、俺は答える。
「先日、俺は花火大会の準備をしている職人に会いました」
「花火大会? ……ああ、来月予定しているあのイベントか」
「はい。ですが、正直彼の持つ砲台は花火の準備にしては大げさすぎます。趣味で集めている刀剣の数も過剰でした。もしあれを街に向けたら……いえ、彼がそうでなくても、誰かが彼から奪ったら……この街は地獄絵図になります」
「フン、だからこそ『応報罰の魔法』があるのだ。『やったらやり返される』魔法があれば、そんな大それた計画など……」
「それが違うんです!」
近衛兵の発言を俺ははっきりと否定した。
「世の中には……『やられてもいいから、やる』って思って犯罪を犯す奴が必ずいるんです! そう言う奴に『応報罰の魔法』は……はっきり言って意味がありません!」
実際、俺も麻薬畑に火をつけることを一瞬考えた。
その時の俺は寧ろ使命感のようなものを感じており、その結果自分がどうなろうが、麻薬畑を焼け野原に出来ればそれでいいとすら思っていた。
「人間は理屈や損得だけじゃないんです! だから、その考えははっきり言って甘いんです!」
「なるほど、一理あるな。……つまり『起こるかもしれない犯罪』を防げないということか」
幸いなことに、魔王ミルティーナは納得してくれたようだ。
「そして3つ目……これが一番俺の気に入らなかったことですが……『被害者がいない犯罪』を全く防ぐことが出来ないんです、このやり方だと!」
「む? 被害者がいないのであれば、それは犯罪ではないのでは?」
「違うんです! 俺の国では麻薬……いや『ブルー・フレイム』の原料の輸入は禁止されていました。もしも密輸した場合、処刑されます」
「なに、『ブルー・フレイム』をか? なぜだ?」
近衛兵たちは驚いた様子で叫んだ。
その様子を見て、やはり問題意識を持っていなかったのか、と少し愕然とした。
「はい。実は俺の国ではあの麻薬を持ち込んだものは処刑されます。理由は……」
そう言って、隣国が麻薬によって滅ぼされ、植民地化した事実を説明した。
特に『麻薬が原因で治安が悪化し、多くの人が命を落とした』という話については、流石の魔王ミルティーナも顔色が少し悪くなったようだ。
俺は、今までの話を総括するように、はっきりと結論を述べた。
「なので……はっきり言います。この世界は……当事者間における報復を第一に考えた国づくりをしていますが……ですが、それだけじゃダメなんです」
「……なに!?」
その発言に、魔王ミルティーナは強く反応した。
どうやら『当事者』という言葉になにか思い入れがあるのだろう。
「この世界は当事者のためを第一に思って作ったのだ。加害者を罰し被害者の心身の苦痛を理解させること、それを第一にして何が悪い?」
「それ自体は否定しませんが……恐らく俺達が一番考えることは……『犯罪者を罰すること』ではなく『犯罪自体を減らすこと』なんです。……この『応報罰の魔法』では……それが不十分なんです! きっと法律は、そのためにあったんです……」
「ほう……そういうことか……」
それを聞いて、魔王ミルティーナは少し悲しそうな表情を見せた。
「あの司教は……私にそれを伝えたかったのだろうな……」
「司教?」
「ああ。かつてこの国を治めていたものだ。私のおじいちゃ……いや、祖父でもある。優しくてまじめで大好きだったのだが……」
いつもの為政者としての威厳のある姿ではなく、人間らしい表情を見せながら悲しそうな表情をする魔王ミルティーナに、俺は思わず尋ねた。
「その人は、今は?」
「私の思想に合わなかったため、殺した。……だが、今思うともう少し話をするべきだったのかもな……」
「……ええ……」
そういうと、周りの近衛兵たちも納得したような表情を見せた。
少しはこれで、この国も変わるのだろうか。
「忌憚なき意見を述べてくれて、礼を言う。……だが、法律は……やはりまだ私は作るべきかは分からん。……やはり被害者の心の傷をもっとも癒すのは、加害者の苦痛と苦しみだ。そのことを私は覆す気にはなれん」
「そうですか……」
「だが、麻薬については今後どうすべきか、検討はさせてもらう。……だから、やはり我が国にとどまる気はないか?」
俺はそう言われて少し悩んだ。
……だが、やはり俺は別の国に向かおうと思い、首を振ると一通の手紙を取り出した。
「いえ……。ただ、サンティにこれを渡してください」
「……奇遇だな、私もあいつから手紙を受け取っている。……国を出たら読むといい」
そう言われて、俺は手紙を受け取った。
「サンティ……ありがとうな……」
俺は国を出た後、野宿をしながらサンティから貰った手紙を見た。
そこにあったのは『確定同意書』。
見ると「予算は0円」でチェック項目には「一日中おしゃべり」が許可されている。
ハグやキスといった行為についてはチェックはついていない。
……これが意味することは簡単だ。
「次に会ったら友達として、また出会い直そう……ってことなんだろうな……」
彼女とはこんな別れになってしまったが、俺は彼女と過ごした1か月間は楽しかった。
『応報罰の魔法』や『見たものが全て可愛い子猫に見える眼鏡』も当初は意外に思ったが、慣れれば、それ自体は悪いとは思わなかった。
俺は逆に、月並みなお礼の手紙を渡したセンスのなさに、少し苦笑した。
「……心の傷を互いにつけ合わない関係を心がけること、それ自体は大事だからなあ……『あいつブスじゃね?』『キモいから近づかないで!』みたいな発言をする人がいない世界を作るには有効だったな、確かにあの国のやり方は……」
そう、あの国に麻薬が蔓延していなかったら、俺はあそこに定住してもよかったかもしれないとも思った。
「けど、インフラの一つになっている文化は、簡単には撲滅できないものだよな。それに、あの国は遠くない将来恐ろしいことが起きるかもしれない。……悪いけど、運命は共にできないよなあ……」
そのことを残念に思いながらも、俺は次の国に向かうべく眠りについた。
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