2-8 応報罰の魔法は、こういうものには効かないです

それからまた1週間ほどが経過した。

俺とサンティはますます仲良くなっており、昨日のデートではキスもさせてもらった。



そのこともあり、今朝のサンティは少し顔が赤い。



「あ、あのさ? 昨日の二コラ、すっごい顔赤かったよな?」

「え? ああ。……その、やっぱりああいうのは、なれなくてさ?」

「そ、そうか。実はあたしも……その、初めてだったからさ。あんたも初めてだったのか?」

「いや……。そうじゃないんだけどな……」



ファーストキスは以前イルミナとしたこと自体はある。

……だがあれは、最悪の思い出だった。


彼女はキスを通して、俺に魔力……言ってしまえば才能のような、不可逆なもの……を俺に与えてくれた。



だが、彼女から流れ込んでくる魔力によってみなぎる力、そして彼女から魔力を奪うことによる罪悪感から生じる猛烈な吐き気のコンビネーションは、それこそ無理やり押し込まれたご馳走が、ヘドロに変わっていくような不快感だった。



何より辛いのが、それを不快に思うこと自体が悪、即ち『キスしてもらって魔力まで貰って、それで気分を悪くするなど、最低な奴だ』という自己嫌悪に苛まれたことだ。

あの後俺は3日、眠ることが出来なかった。



逆に彼女に魔力を返した時に行ったセカンドキスは、抜けていく魔力とともに素晴らしい充実感が沸き上がり、そして肩の荷が下りた晴れやかな気持ちになれた。

……けど、その気持ちはキスをした喜びではないのは確かだ。



だが、サードキスの今回は違った。


純粋に相手のことを想って行うキスはこれが初めてだったので、俺は胸が温まるような、不思議な、それでいて嬉しい気持ちになれたのを思い出し、顔を赤くした。



「フフフ。また顔赤くなってるよ? ……いいよ、もう一度したげる。あたしもキスしたいし」

「ありがとうな、サンティ」


デートの時間は24時間まで指定できる。

その為、まだこの時間は「キスをしていい時間」となっている。

そう言ってサンティは俺の首に腕を回し、唇を重ねる。



「ん……ぷはあ。気持ちよかった、二コラ?」



嬉しそうに、サンティは唇を離した。



「ああ、やばいほどにな。……まるで麻薬だよ、サンティのキスは……?」



そう言いながら俺は自分の発言に少し違和感を覚えながらも、幸せな朝を過ごせたことに感謝した。





しばらくして俺はサンティが食べた朝食の皿を片付けていると、申し訳なさそうにサンティが声をかけてきた。


「悪い、言い忘れてたんだけどさ。今日はあたし、帰りが遅くなるんだ」

「ん、どっか行くのか?」

「ああ。同僚と一緒に行きたい店があるんだ」


なるほど、飲みにでも行くのかな。


「わかった。気を付けてな。夕食は用意しておくからさ」



そう言いながら、皿を洗い終えた俺はサンティを見送り、出勤の準備を始めた。



「くっそおおお! これで30連敗かよおお!」

「だ、大丈夫か? あんた……」


この国では基本的にポストに投函する形で交際申込書は渡される。

だが、一刻も早く返事が欲しい彼のようなタイプのものは、大抵ポストの前で張っているので、俺は直接手渡すことが多い。


「もう、この街に交際を申し込める子がいないよ……はあ……」

「気の毒だったな。……その……元気出せよ?」


この国では交際申し込みは一度行ったら、数か月は同じ相手への受付は受け入れられない。

そうしないと、同じ相手に何度も送って相手が迷惑するためだ。


この男は色々な女性にアプローチしては振られており、俺も何度も彼の悔しがる様を見てきた。



「なんでボクはこんなにモテないんだろうな……」


だが、彼はこの状況でも俺に対して八つ当たりをせず、怒りを自分に向けている。

このあたりが『応報罰の魔法』の恩恵だろう、俺はこの仕事をしていて、当事者たちから攻撃的な言動を受けたことはない。


俺は彼を気の毒に思って、いくつかアドバイスをした。


「とりあえずさ、身だしなみは整えてさ。それでもう少し関係を深めてから交際申し込みをするのはどうだ?」

「うん……そうだね。僕は少し焦っていたのかも……」


そして、彼らは表面上他者のアドバイスをしっかりと聞き入れてくれる。

……このアドバイスを本当に受け入れているかというと、はなはだ疑問なのだが。



「それじゃ、俺は行くよ」

「ああ。気を付けてね」


そう言うと俺は、彼の家を出ていった。




「……あいつがモテないのは、単に見た目とかの問題じゃないよなあ……」


そう言いながら、俺は彼が住んでいる街を歩いていた。

ここはどちらかというと生活水準が低く、いわゆる貧民街に近い。



(やっぱり、この国でも貧乏な男はモテないってことか……)



そう思いながら、俺は少し彼に同情した。

俺ももし、仕事を与えてもらえていなかったら、彼のような境遇になっていたからだ。


……とはいえ、彼は『眼鏡』の効果で周囲からは男女問わず同情して慰めてもらっていることも多く、励まされているのを何度も見ていた。



彼ら非モテ男性も、異性に慰めてもらうのが日常になっているのだろう、勘違いして惚れることもないのが分かる。


(傭兵仲間には、女性と会話したことが一度もない……下手すりゃ、話しかけただけで嫌な顔される奴もいたから、そいつらよりはマシか……)



そう思っていると、突然町はずれの河原で、どおおおおん……とすさまじい音がした。



(なんだ?)


ちょうど彼への手紙が最後だったので、俺はちょっと覗いてみることにした。




(……何だこりゃ……こんなでかい砲台は初めて見るな……)


そこには、いかにも貧しそうな男が大量の剣や銃、そして魔力を充填して打ち出すタイプの砲台を扱っていた。


その男は、眼鏡越しでも分かるほどに何か不穏な気配を見せていた。


「な、なあ……あんた、何やろうとしているんだ……いた!」


俺はそう訊ねた瞬間に、腕に大きな傷跡が付いた。

なるほど、彼は話しかけられることそのものが不快なのだろう。

だが彼は、その与えたダメージと裏腹に、ニコニコと不自然なほど笑みを浮かべて答える。



「ああ、これはな。今度の花火大会で使おうと思っていてな」

「花火大会?」

「そうだ。俺は花火職人でな。こいつに魔力を込めて大爆発させるってわけだ。街一つ吹き飛ばす火力で打ち出す花火は、それはきれいだぞ?」



そう言いながら男は、その大砲を指さした。

確かに来月花火大会があることは俺も聴いている。

……だが、本当にそれだけが目的の武器なのか? そう俺は少し心配になった。


「因みに、そこにある大量の剣や槍は? 戦争するわけでもないのに……」

「え? ああ、これはな。……単なる趣味だ。別にあんたは気にしなくていい」

「は、はあ……」


これ以上追求すると、また『応報罰の魔法』で怪我をすることになる。それに、彼も『人を傷つけたら自分も傷つく』という世界でめったなことはしないだろう。


俺はそう考えて、引き下がざるを得なかった。





家に帰ってからも、俺はどうもその男が気になってしょうがなかった。

いや、その男と言うよりはどちらかというと、この国の仕組みそのものに、だが。


(あの男……なんか不穏な雰囲気を感じたな……)


俺は彼の様子を見ながら、そう思った。


(口では花火って言うけど……良からぬことを考えていたらどうするんだ? ……仮に、彼自身に無くても……彼の周りの人が良からぬことを考えたら? ……確かに現時点では、まだ問題が起きていないけど……)




そう、この世界には法律は存在せず、また「やったらやり返される」という魔法があることから、国内の警備を行う兵士もいない。


それでも、この国の治安は良好だ。

今日にいたるまで俺は、強盗に襲われることはなかったし、いじめや仲間外れを目撃することもなかった。


住民は皆他者を思いやっており、悪口・陰口の類も見られなかった。



(けど、この仕組みは……やっぱり、穴がありそうだってことだな……)



そう思いながら俺は、近所の店で買ってきたラム肉のステーキを齧りながら思う。

そして数時間が経過した。



「サンティ、帰りが遅いな……確か、行先は教えてもらったし、迎えに行くか……」



そう思った俺は、彼女を迎えに行くことにした。






「ここだな、この店だ……」


そう思いながら俺は、目的の店に到着した。



(また、この匂いか……)



店の外からでも、その妙な匂いが漂ってくる。

よほど香りが強いのだろう、俺はそう思いながら店内に入った。




「な……」



だが、俺はそこで絶句した。


「あははははは!」

「ひひひっひひひ!」



店内には凄まじい匂いが充満しつつ、そこには『またたびに酔っぱらいながら、ふらふらしている猫』が沢山いた。



当然だが、これは『見るものすべてが可愛い子猫に見える眼鏡』の効果だ。

……だが、俺は眼鏡をはずす勇気を持つことはできなかった。


俺は店内の雰囲気にしり込みしていると、人のよさそうな店主が声をかけてきた。


「やあ、いらっしゃい。この店は初めてかい?」

「あ、すみません。僕はサンティを迎えに来たんです」

「ああ、サンティさんだね。分かった。あそこのテーブルに居るから、連れていきなよ」


そういうと店主は親切に、サンティの居る卓まで案内してくれた。




「あはははは! あれ? 私の大好きな大好きな、二コラじゃ~ん?」

「へ~? この子があんたの新しい男? いい男じゃ~ん!」

「すっげー! サンティと付き合える男がいたなんて驚きだな!」


そこに居たのはサンティの他、数人の男女だ。

見たところ気の置けない仲なのだろう、多少の軽口を言ってもお互いに傷を受けないのがわかる。


サンティは、酩酊……とも違う、明らかに異質な表情を俺に見せてきた。



「あはは! 折角来たんだしさ、二コラ! あんたもなんか飲まない?」

「飲むって……何をだ?」



俺は最悪の事態を想像した。

……そしてメニューを見て、それは的中したと確信した。



「これなんかどう? ブルー・フレイムっていう銘柄なんだけどさ……」

「ブルー・フレイム……この原料は……まさか! デス・フォーム……?」




……そう、彼女たちが吸っていたのは麻薬だった。

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