1-4 魔導士イルミナは、今度は絶対に裏切らないと心に誓っているようです

その翌日。

俺はイルミナの両親がやっていた薪割を手伝ったり周辺の人たちに挨拶をしたりして、午前中を過ごした。


幸い畑仕事をする人たちの身体能力は俺と大差がない。

彼らの魔力も農業にはあまり役に立たないのだろう。逆に言えば俺のような弱い奴でも力になれるということだと思い、俺は少し安心した。




そして昼下がりになり、俺はイルミナに手を引かれながら街を歩いていた。


「疲れは取れた、二コラ?」

「ああ、ありがとう、イルミナ」


彼女は俺に街を案内してくれるということだ。



「ここが郵便局で、ここが集会場。それとここが……」


イルミナがそう言いながら、一つずつ丁寧に教えてくれる。

街の作り自体は俺の住んでいた国との大差はない。

だが、大きな違いが2つあった。



「そういえばこの街って、教会は無いんだな」


するとイルミナは、少し不思議そうにつぶやく。

そう、一つはこの街に教会が無いことだった。



「そうなのよ。魔王様が言うにはね。『神の名を騙り、勇者を死地に追いやるような世界を作り上げたもの、それが教会だ』って言ってたわ」

「へえ……」



それを聞いて、俺は少し意外に感じた。

そもそも魔王は勇者と死闘を繰り広げていたはずだ。だが、その勇者という存在に対して相当な思い入れがあるようだ。


「魔王様と勇者って、恋人同士だったとかか?」

「ううん。けど魔王様もね。勇者様と同様に……信じていた恋人や親友に裏切られて、それで魔王になったって話なのよ。……だから、きっとシンパシーを感じていると思うわ」

「そうだったのか……」


「本当に、信じていた人を裏切るなんて……絶対に……許せないわ……」



そう、イルミナは辛そうにつぶやいた。



「お、おい、イルミナ? 平気か?」

「え? うん。……ゴメンね、なんか『裏切り者』の話を聞くと、心が苦しくなるの……」


恐らくそれはイルミナが人間だった時の記憶なんだろうな。

そう思いながらも俺は、周囲を見やった。



(それにしても、この街は……きれいすぎるな……)



そう、二つ目の疑問としてこの街にはゴミ一つ落ちていないことだった。

裏通りのようなところですらゴミは一つも置かれてなく、公園で食事をしたカップルは丁寧に持参した袋にゴミを捨てていた。



(本当に、誰もが周りのことを大事に思っているんだな……)


そう思いながら俺はイルミナに尋ねる。



「そういえばさ、イルミナ?」

「なにかしら?」

「この国の人たちが付けているそのプレートってなんだ?」

「え? ああ、これはね。どれくらい自分が幸せな人生を送ってきたかを示しているのよ」

「幸せな人生?」

「そう。好きな人とデートしたり、仕事で成功したり、そういうことが起きるたびにプレートの番号を大きくしていくの。ほら、私も一つ増えてるでしょ?」


そういうと、イルミナは昨日より1大きくなったプレートを見せてくれた。



「……ひょっとして、俺?」

「当たり前じゃない。私の家に泊まってくれてありがとう、二コラ?」


後ろで手を組んでそういうイルミナは、あまりに可愛く、そして眩しかった。

彼女はその発言に全く他意を感じさせない。


「礼を言うのは俺の方だよ、イルミナ?」

「フフフ、それならよかったわ。さ、案内を続けるわね?」



そしてイルミナは俺の腕を組んで、案内を続けてくれた。




思ったよりも城下町は大きくなく、2時間もあれば大体一周できた。

イルミナは「最後に見せたいものがあるの」と言って、町はずれにある丘に俺を案内すると言ってくれた。


徐々に日が傾き始めるなか、俺達はあぜ道をゆっくりと歩いていると、一人のロバに乗った男に声をかけられた。



「おお、イルミナ! 元気だったか!」

「あれ、久しぶり、おじさん!」

「あれ、後ろにいるのは昨日あった二コラさんじゃないか! 入国できたみたいで良かったな!」



彼は屈託ない笑顔で俺に挨拶してくれた。

改めてみると、彼もまたかなりのイケメンで魔力も高い。

だが俺とイルミナの関係を見て嫉妬する様子も見せずに、ニコニコと笑って尋ねてきた。



「二コラさん、もしかしてイルミナと結婚する気か?」

「え? あ、いや……まだ決めていないけど……」

「イルミナは明るいし優しいから、絶対良いと思うぞ? 結婚するなら、式には呼んでくれよな?」


そんな風に言われて、俺は少し照れながらも彼と別れた。



「そんな風に言われても、急に困るよな、イルミナ?」

「そう? 私は全然かまわないわ? 二コラ、あなたが結婚したいなら私は喜んで受けるもの」

「……ハハハ、ありがとうな」



そうイルミナに言ってもらえるのは嬉しいが、まだ気持ちが決まっていない。




……それにイルミナは昨日から『結婚したいなら受ける』と言っており、『俺と結婚したい』とは一言も言っていない。




そこにどこか不自然なものを感じたためでもある。





「どう、ここ?」

「うわ、凄いきれいだな……」



しばらく歩いた後、イルミナは大きな丘の頂上に案内してくれた。



「ここから町が一望できるのよ。それに美味しい木の実もあるから、私のお気に入りの場所なの」


近くにあったキイチゴを手に取り、イルミナは俺に渡してくれた。

……彼女のその小さな手に見惚れそうになりながら、俺はそれを受け取る。



「美味しいな、イルミナ?」

「良かった、二コラが喜んでくれて」


そう言って彼女はニコリと笑ってくれる。

そのキイチゴの味を俺は生涯忘れないかもしれない、そんな味がした。




「あれ、なにかな、この大きな像は?」


そして丘の頂上には、どこか宗教的なイメージを彷彿とさせる大きな像があった。

それを見たイルミナは、どこか寂しそうな顔をした。



「そこは……魔王ヒルディス様と戦った勇者様の……墓よ?」

「勇者の?」

「そうなの。……勇者様は……この国では特別な存在だから……」


言われてみると、確かにそうだ。

この街にも墓場は確かにあったが、それはすべて今の『愚かじゃない人々』のために作られた墓だ。



魔王ヒルディスが言う俺達『愚かな人間共』は、イルミナも含め前世の記憶を消され、彼ら『愚かじゃない人々』に作り替えられているはずだ。


だがこの国には勇者から作り変えられた者がいない。つまり……。



「この勇者様は特別に、そのまま死なせたってことか……」

「ええ。……魔王様にとってもだけど……私にとっても、多分前世では勇者様にとって大切な人だったんだと思うの。だから、いつもここに足を運んじゃうんだと思うのよ。何があったのかはもう……覚えてないけど……」



そういうと、イルミナは少し悲しそうに顔になった。


「イルミナ……おい、大丈夫か? いててて!」



俺は思わず彼女の方を向くと、突然俺に抱き着き、凄い力で締め付けてきた。



「二コラ! あのね、もし私が二コラと結婚したら……絶対、一生傍にいるから!」

「イルミナ、どうしたんだ……?」

「絶対に絶対に、絶対に裏切らない! 何があっても二コラの味方になる! その為に、私は……きっと……」


俺は彼女の頭をそっと撫でた。

きっと彼女は人間だったころ、ここにいる勇者に対して手ひどい裏切りをしたのだろう。

そしてその罪悪感だけが残っており、その気持ちだけが残っているのだ。



……俺に出来ることは何もない。だが……彼女と結婚して一緒に暮らす中で少しでも彼女の力になれたら嬉しい。



もし彼女の言うことが本当なら、俺は自分の魔力を全部やってもいい。

万一それで俺が迫害されたとしても、イルミナが傍にいてくれるなら全然かまわない。

……いや、万一彼女の言うことが魔力が目当ての嘘でも、俺は……。



「ごめんね、急に泣いちゃって」



そう思ったが、イルミナはそっとポケットから出したハンカチを取り出し涙を拭うのを見て、思考は中断した。


……こんな時に、相手の服で涙を拭かないのも彼女たちの特性なのだろう。

俺は彼女を抱きしめたまま答える。


「気にするなよ、イルミナ……」

「どうしたの、二コラ?」



俺は思わず顔をそむけた。

涙目になって俺のことを上目遣いで見るイルミナが、あまりに魅力的だったからだ。

思わず顔をそむけた俺を見て、イルミナはクスクスと笑ってきた。



「フフフ、私の顔見て欲情したの? いいよ、帰ったらベッドに直行する?」



確かに、俺は彼女のために魔力をささげて良いとは思った。

だが、それと彼女を抱くことは話が別だ。


まだ俺はこの国で一人前として認められていない。そんな中で自分の性欲のために彼女を孕ませ、そして迷惑をかけるわけにはいかない。



そう思った俺は首を振った。


「まださ、お互いに『結婚相手としてふさわしいか』も決まってないのに、そう言うのは辞めよう?」

「そう? 別に私は……」

「俺がイルミナを大切にしたいから、って理由じゃダメ?」


そう言われて、イルミナはようやく合点がいったのか、頷いた。



「ううん、ありがと。……じゃあさ、もう私からは誘わないけど……。したくなったら、いつでも言って?」


彼女はその発言に何の疑問も持っていないようだった。


……この国の人たちは『常に他人のことを第一に考える』という特性を持っていると魔王ヒルディスは言っていた。

だが、俺から言わせればそれは、自分をないがしろにしているようにも見える。


そして、そんな彼女を自身の快楽のためだけに、抱いてしまいたいという気持ちが自分の中にあることにに気づき、その卑しさに酷い自己嫌悪に陥りそうになった。



(けど……俺が相手だったからよかったけど……ほかの男がこの国に来てなくてよかったな……)



恐らく、彼女のような優しい心を持つものを食い物にする輩が必ず現れるはずだ。

もしそんな奴がイルミナのような奴を粗末に扱っていたら……俺はそいつを許さない。


……なるほど、魔王ヒルディスが俺の入国に嫌な顔をしたわけだ。



そう思いながら、俺はイルミナに手を握られながら帰途に就いた。

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