1-3 二コラはかつて勇者を裏切った卑怯者の家に招かれました

そしてほどなくして日は完全に暮れ、俺はイルミナの家に招かれた。



(凄い家だな……)


彼女は恐らく魔王ヒルディスの側近ということもあり、給料も多くもらっているのだろう。

俺はそう思いながら、そこに足を踏み入れた。



「やあ、おかえり、イルミナ!」

「ただいま、お父さん!」


そういうとイルミナは父親に抱き着いてニコニコと笑って見せた。


「あれ、お客さんかい?」

「うん、二コラって言うの! 外の国から来た人間なんだ」


そして母親にも同じような感じで抱き着きながら、俺のことを紹介してくれた。

先ほどの言動もそうだったが、ずいぶんスキンシップが多い人なんだな、イルミナは。


それからしばらくして、彼女の家族と思しき人たちがわらわらとやってきた。


「やあ、こんにちは!」

「外から人が来るのは初めてだよ!」

「晩御飯すぐにできるから、一緒に食べないか?」

「あたしの分も分けたげるね!」

「ボクもボクも! 今日はご馳走だよ? だからたくさん分けてあげる!」



彼らもまた高い魔力を有しているが、イルミナほどではない。

恐らく彼女だけが特別に高い能力を持っているのだろう。


見た感じ俺に対しての悪意を向けてくることは無いようだった。

俺はひとまず脅威がすぐに来ないことを確信し、部屋に招かれた。




「ふうん、そうなんですね」

「なるほど、二コラさんの国では、一人の勇者に結婚相手を独占されたのですか……」



その場に出された食事は質素ではあるが、どれも美味しいものだった。

特に久しぶりに取れたであろう子ウサギを使ったソテーは絶品であり、俺は何度も絶賛した。


旅人であり、別にイケメンでもない俺にここまで優しくしてくれるなんて、やはり裏を疑ってしまう。


だが、これに他意がなければ無礼な態度を取るのはあまりに失礼だ。俺は自分の境遇や今後のことについてを説明した。

無論小さな子どももいることもあり、性的になるような話題は慎みながらだが。



「そうだったんだねえ……。あたしらはちょっと前の記憶はないからねえ……」



そして、イルミナの家族たちも自分の境遇を教えてくれた。

やはりこの国は一度魔王ヒルディスに滅ぼされており、そしてその時に『愚かな人間共』は皆殺しにされたそうだ。


そして彼らの魂を使って再構築されたのが、彼女ら『愚かでない人々』だということである。



「だからさ、なんであたしがこんなに紅茶が好きかもわからないんだよねえ……」



無論彼らには前世での記憶はない。

俺たちの国で別の勇者と別の魔王が殺し合いをしていたことを知らなかったのは、彼らにとっては当然だったのだ。


だが、うっすらと何かしら思うところがあるようで、時折そのような前世を思い起こさせるような言動が出ることもあるらしい。




そして俺達はしばらく話をした後、母親は俺にある提案をしてくれた。



「そういうことなのね。だったら、私のやっている畑で働いてみない?」

「え、いいんですか?」

「勿論! ちょうど人手が足りなかったから、こっちからお願いしたいくらいさ!」

「ありがとうございます!」


よかった、とりあえずこれで行き倒れだけは防ぐことが出来た。

俺はそう安堵しながらも、答える。



「ただ、無理はしないで良いんだよ。仕事は来週からでいいから、今週はゆっくり休みながら観光して、この国に慣れると良いよ?」

「はい」

「それと寝るときには、私たちと居ると気を遣うだろう? 離れで寝るといい。……後で案内してやってくれるか、イルミナ?」

「勿論! しっかりと癒されてね、二コラ?」



二コラはそう言うと、俺の腕にまた抱き着いてにっこりと笑ってきた。

その発言にどこか不自然なものを感じたが、俺は笑って頷いた。




「ふう……汚いな、やっぱりこの部屋は……二コラ、ちょっと待っててね?」



食事の後、俺はイルミナに手を引かれ、離れに案内された。

そこは長いこと使っていなかったのか、埃が溜まっていた。


「俺もやるよ。住むのは俺なんだから」

「ありがとう、二コラ」


そしてしばらく掃除をしながら、俺はイルミナの方をちらちらと見た。



(やっぱり、可愛いな……というか、落ち着け、俺……)



改めて思ったが、ここの住民は寧ろ俺のような人間目線からしたら「愚か」だ。

俺みたいな得体のしれない男を、こんなに可愛い女の子と離れに二人っきりにさせるなんて正気の沙汰じゃない。


確かに彼女の魔力は恐ろしいが、それでもこの至近距離なら単純な腕力で組み伏すことができる。


俺に対して無防備に背を向けて、かわいらしいお尻がふりふりと動くのを見ていると、気の迷いが生じそうになる。

そんな気持ちを俺は深呼吸して落ち着けた。


「ん? どうしたの、二コラ?」

「あ? いや、別に何も。それより、このソファの上も片付けていい?」

「うん、頼むわね」



……だが、俺は彼女を無理やり襲うようなことは絶対にしない。

単に、彼女の持つ高い魔力による報復が怖いからじゃない。


ここまで俺のために心を割いてくれたのに、それを恩であだで返すような真似をするわけにはいかない。そんなことをするくらいなら、野垂れ死にを選ぶ。



しばらくして、部屋はあらかたきれいになった。


「ふう……結構広い部屋なんだな」

「フフフ、そうでしょ? ベッドもダブルなんだから!」


そう言って彼女はぽん、とベッドの上で跳ねる。


「ありがとう、今日はゆっくり寝れそうだよ」

「……え? もう寝るの?」



だが彼女は不思議そうな表情を見せて、タンスから枕を取り出した。



「二コラ、今日はそんなに疲れたの?」

「ああ、まあ疲れてはいるけど。今日はまだほかに何か用事があるなら手伝うよ」

「別に用事はないわ。けど……」



そして枕を俺の使おうと思っていた枕の横に並べて、俺に向けて手を広げてきた。




「旅の疲れを癒すのよね? 私を抱きたくないの、二コラ?」




……おい、まさか。

俺は彼女の言った言葉の意味がようやく理解できた。



「私、けっこう可愛いと思うんだけど……それともそういうの、苦手?」

「だ、だって俺達、さっき会ったばかりだろ?」

「うん。けど、あなたたち人間の男性はさ、可愛い女の子とセックスできるなら、誰が相手でも喜ぶんでしょ? それくらいは私だって知ってるわよ。嫌だなあ、もう!」



そう当たり前のように言いながら俺の肩をバンバン叩くイルミナ。

だが、当然セックスには重い責任が伴うことくらいは俺だって知っている。そう思った俺は反論した。



「けどさ、子どもが出来たら、その……」

「うちは両親も元気だし、一人くらい増えても大丈夫よ? 勿論、二コラが私と結婚して、一緒に育ててくれれば一番だけどね?」



その言葉に俺は戦慄した。

つまり彼女にとっては『俺のことを悦ばせる』のが第一であり『責任を取ること』は任意だということなのだ。



(いや、待て、冷静になれ、俺……。そう、これには裏がある。絶対に裏がある……)



その状態にしばらく頭を巡らした後、



(分かった、そういうこと、だな……!)



そして俺はある仮説にたどり着いた。



きっと、彼女が狙っているのは俺の魔力か何かだろう。

恐らく『レベルドレイン』は性行為、或いは性的な接触を持ってして行われるのだ。

そこで彼女は俺をああやって甘い言葉で誘惑し、警戒を解こうとしているということか。


なるほど、彼女はこうやって高い魔力を得てきたと考えれば、彼女だけ魔力が異様に高い理由も説明がつく。



(けどまあ……。あれだけ借りを作ったら……見返りは当然だよな……)



魔力は一度奪われたら二度と取り戻せない、不可逆なものだ。


だが、元より野垂れ死にの可能性があったあの状態で、ここまでしてくれた彼女に魔力を渡すのは、この際仕方がない。


彼女のような可愛い女性を抱けるなら、それを差し引いても釣りが出るくらいだ。


……とはいえ、まだこの国のこともよく知らないまま魔力を完全に失うのは得策ではない。

俺が訪れた国の中には、魔力を持たない人間に人権を与えられない国もあるという話もあるからだ。



無論これは仮説で、純粋に彼女が善意で『やらせてくれる』可能性もある。



だが、普通に考えたらありえない。

そもそも彼女の表情を見れば分かるが、別に彼女は俺に一目ぼれしたというわけでもないのは明らかだ。


好きでもない相手に、いきなり美女が体を許すとしたら、いずれにせよ裏があると考えるのが、俺達人間の世界での常識だ。

そう思った俺は、体よく断るために言い訳を思いついた。



「あっと……。ごめんな、今日はまだ武器の手入れがあってさ。一人でやりたいんだ。だから、出てってもらっていいかな?」

「え、そうなの? ええ、分かったわ。……明日は街を案内してあげるから、よろしくね!」


思ったよりもあっさり引き下がってくれ、彼女は母屋に戻っていった。

だが、ああいった手前武器の手入れはきちんとやらないとな。



そう思った俺は、いつもよりも丁寧に剣に油を塗った。



……先ほど俺が考えた仮説に大きな矛盾があることには、彼女の言動に対するショックのせいもあり、その時には気づかなかった。

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