1-5 キスで力がみなぎる展開は定番ですが……

それから数か月が経過した。



「今年はサツマイモが豊作になりそうですね」

「ああ。これも二コラさんが手伝ってくれたおかげだよ。まさか、あの雑草を灰に変えて肥料にするなんて、思わなかったよ」

「そうそう。おかげで助かったよ、ありがとうね、二コラさん」



俺は農場でなんとか仕事を行えている。

幸いと言うべきか、この国よりも俺の出身国の方が農業の技術はわずかに進んでいた。

その為、新しい農法や肥料の使い方を伝えると、彼らはとても喜んでくれた。



(けど……驚いたな。こんなに早く新しい収穫方法を取り入れてくれるなんて……)


そう俺は思っていた。

実際に、新しいことに対して保守的な人は多く、正直なところ俺の提案は受け入れてもらえるとは思っていなかった。



だが、予想に反して彼らは俺の提案をあっさりと受け入れてくれた。

いつもよりもサツマイモが大きく育っているのを見るにつれて、胸に付けている彼らのプレートの値が大きくなっているのを見て、俺は自分が役に立てていることを喜んだ。


「けど、皆さんは……俺を見ても何とも思わないんですか?」

「なんともって……どういうことだ?」

「だって俺は……人間ですし、魔力も皆さんより無いですし……」

「え? それがどうかしたのか?」

「いえ……」



そして驚いたことは、この世界では魔力の大きさが、差別の原因になっていないことだ。


俺の出身国では、持って生まれた魔力で人生の大半が決まった。

努力によって魔力を挙げられない以上、魔力の「使い方」を学んで強くなることは可能だが、それでも生まれ持った魔力が高いものには到底かなわない。


その為、生まれ持った魔力が少ない人間はそれだけで差別を受ける。

もし俺の出身国で魔力の少ない奴が、同じ農法を提案しても、聞き入れてもらえなかったのは確実だっただろう。


農民たちは俺に尋ねてきた。


「二コラさんは、俺たちの国にずっと住んでくれるんですか?」

「もしそうなら嬉しいねえ。イルミナちゃんと結婚するのかい?」

「いや、それは……」


幸いなことに、皆俺がイルミナとの結婚をした後に永住することを望んでくれた。

正直なところ、イルミナほど魅力的な人と結婚することが出来れば、どれほど幸せだろう。


彼女はいつも俺のために心を割いてくれ、そして尽くしてくれていた。

「美味しそうだな」と思ったものはその日の夕食に出てきたし、「暇だな」と思った時には一緒にカードゲームで遊んでくれた。



……だが、正直俺はイルミナに何もしてあげられていないのを少し気にし始めていた。

このまま結婚となったら、俺だけ幸せで、イルミナはつまらない人生になるのではとも思うほどに。



……彼女の狙いは、俺が持っている魔力だけかもしれない。

結婚して魔力を奪いつくしたら、態度を豹変させてくるかもしれない。

だが、ここに永住できるのであれば、ここで魔力を失っても差別されることはなさそうだ。


ならばいっそ、一種の恩返しとして魔力を差し出し、結婚後に捨てられても惜しくはないかもしれない……そうも思っていた。



そう考えていると、イルミナがお弁当を持ってやってきてくれた。


「フフフ、みんなありがとう。そう言ってくれると私も嬉しいわ?」



イルミナが持ってきてくれたのは、干したひき肉を削って作ったサンドイッチだ。

俺が以前好物だと言ったことをイルミナは覚えていてくれたのだろう。



俺だけでなく、ほかの農民の分も作ってくれているようだった。



「ありがとう、うん、これ美味しいね!」

「ああ、さすがイルミナちゃんだな」



俺達はそれを食べながら楽しく談笑をしていた。



そしてしばらくして、イルミナが提案してきた。


「ねえ、二コラ? いつも畑仕事ばかりだと疲れると思うし、今日は私とデートしない?」

「え?」


水やりも今日はすでに終わっており、今日はあまりやる農作業が無い。

そのことを察しただろう、周囲もニコニコと笑って頷いてきた。



「そうだね、今日はもう暇だし、行ってきなよ、二コラさん」

「そうそう。……そうだ、町はずれの※道場でも行ってきたらどうだ?」

「ああ、良いね! たまには魔法を使って戦わないと、魔力の勘も鈍るしさ!」


(※この世界では、主に魔法を主体にして戦うということもあり、格闘技の類はあまり盛んに行われていない。その為道場と言うと『魔法を使って戦う人たちが切磋琢磨する場所』という意味合いである)


「道場、か……」


俺が周囲と比べて大した魔力を持っていないことは、皆分かっているはずだ。

だが、彼らの性格を考えると俺を笑いものにするということもないだろう。



それに俺も魔力自体は低いが、魔法の力を使って戦うのは好きだ。

イルミナと花畑に行ったりお茶を飲んだりするのもいいが、たまにはそういうのも楽しそうだ。



「そうだな、行ってみようか、イルミナ?」

「うん! 楽しんでくれるといいな!」


イルミナはそう言うと、楽しそうに俺の手を握ってくれた。





「おや、久しぶりじゃないですか、イルミナ先生」

「うん、みんな頑張っているんだね」



道場に行くと、師範と思しき先生がイルミナに恭しく頭を下げてきた。

師範と呼ばれた女性はかなり若い。恐らくは20歳前後だろう。

なるほど、内包した魔力はイルミナほどではないが、門下生たちよりは大きい。



「イルミナはここで教えていたのか?」

「うん、私は先代の師範だったんだ。今は後輩に譲ったけどね」


彼女の魔力を考えると、師範だったことは特に違和感を感じない。

だが、こんなに早い段階で引退するのはなぜだろうとは少し疑問に思った。



「そちらに居るのが、以前話に聴いている二コラさんだね?」

「はい、よろしくお願いします。魔力は低いですが、遠慮しないでください!」

「ハハハ、凄いやる気だね。……それじゃあ、君が相手をしてくれるかな?」



師範はそう言うと、一人の若い少年に指示をした。

別に俺を馬鹿にしているわけではないのだろう、実際彼の魔力は俺よりはだいぶ大きい。

……けど、なめられたものだとは思った。


「分かりました! 二コラさんですね? よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく。……よし、来い!」



俺がそう叫ぶと、その少年は魔法を展開しはじめた。


(なるほど、風系を得意とするわけか……)



この世界は地水火風の4種類の魔法を展開して戦うのが基本であり、大抵は1つの属性を得意分野として用いる。


……だが、大抵の場合はキャンプで使えることもある火属性や水属性、そして移動に使いやすい風属性ばかり使われ、地属性は不人気だ。



だが、当然俺が選んだのは地属性だ。



「はあ!」


その少年は風魔法を使って竜巻をいくつも作り出す。

びゅおおおお……と、凄まじい風が吹き荒れながら俺に向かってきた。



「二コラさん! どう破りますか?」

「なるほどな……」


やはり、と俺は思った。

少年が取った方法は、魔力の多寡を利用したごり押し戦法だ。

真っ向から戦えば勝ち目はない。



「それなら、こうだ!」


そこで俺は、強く震脚した。

俺の得意とする地属性の魔法であり、地面を通して衝撃波を放つ技だ。


「うわ!」


それを喰らった少年は思わず態勢を崩す。

俺の魔力程度ではこの程度の隙を作るのがせいぜいだ。……だが、これで少年は竜巻の制御を一瞬失う。


だが少年は竜巻の制御を諦め、俺に狙いを定めてきた。

空気を圧縮して俺に打ち込むのだろう、その作戦は読んでいる。


「く……けど、この距離なら狙い打てる……!」

「甘い!」


だが俺は、少年が呼び出した竜巻の外周を回るようにする。

そして暴風によって勢いをつけ、少年の胸元に飛び込んだ。


「速……!」


そして岩のナイフを少年ののど元に突きつける。



「ふう……。これで俺の勝ちだな」

「す、すごい……。まさか、こんなやり方をするなんて……降参します……」


少年は素直に負けを認めてくれたようだった。




「凄いね、二コラ! 相手の魔法を利用して飛び込むなんて!」


俺の様子を見て、イルミナは思わずそう声を出した。



「ああ。俺の国では、戦ってばかりいたし、傭兵としても殺し合いばかりしていたからな。弱い魔力のものでも戦える方法が沢山編み出されたんだ」

「そうだったの……二コラも苦労してきたのね」



悲しそうな顔をするイルミナに、俺は少し気まずくなりフォローをした。



「アハハ、そんな顔しないでくれ。俺たちにとっては普通のことだから。……それじゃあ、次の相手は誰だ?」

「はい、俺が行きます!」


そう言って手を挙げたのは、やはり若い青年だ。

見た目から判断するに師範代だろう。魔力は俺とは比べ物にならない。


「二コラさんって強いんですね! 俺も遠慮なく行きますよ!」



彼はそう言うと、魔力を込めだした。

今度は火属性の相手だ。


「勝てそう、二コラ?」

「正直厳しいな。……にしても、この国の人たちは凄い魔力なんだな。俺もあんな魔力が欲しいものだよ」


俺はそう苦笑した。

するとイルミナは俺に近づいて、


「フフフ、頑張ってね?」


そして頬に軽いキスをしてきた。



「……ありがとな、イルミナ」



急に全身に火が付いたよな、そんな力がみなぎるのを感じた。

魔力がいつも以上に発揮できると思えるほどに。



これなら師範代とも戦えるかもしれない。

……キス一つでここまで気力が充実するなんて思わなかった。やっぱり、俺にとってイルミナは大切な存在なのだろう。


「よし、いくぞ!」


そう思い、俺は師範代の魔法に備えた。

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