もう結婚式招待状は送ったのに、

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もう結婚式招待状は送ったのに、

プロローグ


「僕と結婚してほしい」と彼が言った瞬間、一瞬にして未来の光景を頭に描いた。結婚式の日取り、両親の笑顔、安定した生活。すべてが順調に進んでいると感じるべきだった。しかし、心の奥底で何かが引っかかる。その瞬間、ふと高校時代の記憶が蘇る。


あの夏の日、夕暮れの校庭で彼と交わした何気ない会話。手を繋いだあの時のドキドキ感、胸の高鳴り。それは今感じているものとは全く違う感情だった。あの頃、確かに私は彼を好きだった。でも、お互いに一歩を踏み出すことができなかった。時間が経ち、私たちはそれぞれの道を歩んできた。


目の前にいる婚約者は、優しくて頼りになる人だ。彼と一緒にいると安心感がある。それでも、心のどこかで物足りなさを感じるのはなぜだろう?彼のプロポーズに「はい」と答えながらも、心はなぜか遠くの過去をさまよっていた。


胸がざわつく。それは決して婚約者への不満ではなく、ただあの頃の未完の感情が、今も私の心の中に小さな波を立て続けているということだ。どうしても、忘れられない記憶。記憶を繰り返しさまよううちに、色鮮やかに蘇ってきた。


再会


夏の陽射しが強く、汗ばむような午後。用事を済ませて街を歩いていると、ふとした瞬間、視界の端に懐かしい姿が映った。まさか、と思いながらも足が自然と止まり、その方向に目を向ける。そこには、彼がいた。


彼の背中を見た瞬間、心臓がドクンと大きく鳴った。高校時代と同じように、少し猫背で、それでも何かに一生懸命な姿勢が印象的だった。久しぶりに見たその姿に、一瞬時が止まったかのように感じた。彼だ、間違いない。


「久しぶりだね」と声をかけるのに、どれだけの勇気が必要だっただろう。声は少し震えていたかもしれない。彼は振り返り、目が合った瞬間、彼の瞳に驚きと懐かしさが入り混じった表情が浮かんだ。


「おお、久しぶりだな。元気だった?」変わらず優しく、そして少し照れたような笑みを浮かべていた。その笑顔を見た瞬間、高校時代に戻ったような感覚に包まれた。


少しぎこちないまま、街のカフェに入ることにした。テーブルに向かい合って座ると、彼との距離がなんだか不思議なものに感じられた。かつてはあんなに近く感じたのに、今は少し遠い。でも、心の中には、懐かしさと共に何かが再び息を吹き返しているような気がした。


彼もきっと同じことを考えているのだろう。私たちはお互いに、高校時代の思い出を語り始めた。笑いながら、あの頃の無邪気な自分たちの話をする。でも、その言葉の裏に隠された感情は、きっとお互いに伝わっている。


彼は仕事の話や都会の生活の話をしてくれた。私も地元の学校での生活や、婚約者のことを話した。けれど、どこかぎこちなく、彼との会話にはやはり一抹の未練が漂っていた。


ふと、彼が窓の外を見つめながら、「あの頃、もっと勇気があればよかったのにな」と呟いた。私の心に鋭い刺が刺さるようなその言葉に、私もまた、何かを言おうとしたが、結局言葉にならなかった。


カフェを出る頃には、二人の間に流れる時間はゆっくりとしたものになっていた。再会という偶然に感謝しつつも、お互いにその偶然をどう受け止めるべきか、まだ迷っているようだった。


「もう少し、ここにいたいな」彼がふと言ったその一言が、私の心を揺さぶった。その瞬間、私も彼も、数年間動かなかった感情が動き始めたのを感じた。


滞在の延長


彼との再会から数日が経つと、自然と一緒に過ごす時間が増えていった。ある日、夕暮れが近づく頃、「高校時代、行こうって話してた場所、覚えてる?」と問いかけてきた。


思い出したのは、当時の私たちが憧れていたデートプランだった。忙しさや、踏み出せなかった気持ちのせいで、実現することがなかったプラン。それを思い出した彼の言葉に、心が温かくなるのを感じた。


「覚えてるよ。行こうか?」少し照れながらも、彼の提案に素直に応じた。


まず向かったのは、小さな映画館だった。高校時代、二人で行こうと約束していた場所で、ちょっとレトロな雰囲気が漂う劇場。特に目立つわけでもなく、地元の人々が気軽に訪れるような場所だった。映画館に足を踏み入れると、懐かしい映画ポスターが壁に飾られており、時代を感じさせる古い椅子が並んでいた。上映中の映画は最新のものではなく、少し古びたロマンチックなラブストーリーだった。映画の内容も良かったけれど、何よりも、彼と隣同士で静かに映画を観るその時間が、何よりも特別なものだった。


映画が終わった後、次に向かったのは近くのパフェが有名なお店。高校時代にも行きたいと話していた場所だったけれど、部活や勉強で忙しくて、行く機会がなかった場所だ。


お店の中に入ると、落ち着いた木の温もりと甘い香りが漂っていた。彼は私に「何が食べたい?」と聞いてくれた。私は少し迷ったけれど、高校時代に憧れていた季節のパフェを頼んだ。今月はシャインマスカットのパフェ。彼も同じものを頼んで、私たちは一緒にその甘さを楽しんだ。スプーンで、口に運ぶたびに、あの頃の思い出が蘇ってくるようだった。


「あーん」彼は笑いながら、スプーンを向けてくる。目を開いて驚いていると、「これ学生時代やりたかったんだ」と無邪気に。「しかたないな。」恥ずかしかで頬を赤くしながらパクッと咥える。


お店をでて、私たちは少し街を歩いた。夏の夕暮れ、日が沈み始めると、空はオレンジ色に染まり、街の風景がやさしく包み込まれるような時間帯だった。彼と並んで歩くその瞬間が、何よりも幸せだった。


歩いている途中、彼がふと「このまま海辺まで行かない?」と言った。私たちはそのまま海に向かい、浜辺に到着すると、夕焼けに染まった海が広がっていた。波が静かに寄せては返す音が、心地よいリズムで響いていた。


二人で並んで座り、静かな時間を過ごした。彼が「ここに来るのが夢だった」とぽつりと言った時、その言葉が私の心に深く響いた。


その日はただ、一緒に過ごす時間を楽しむだけだった。特別なことは何もなかったけれど、私たちにとっては、その一瞬一瞬が何よりも特別で、心に刻まれる時間となった。


彼との時間が終わりに近づいていることを、私は感じていた。けれど、この時間が続く限り、私はその瞬間を大切にしたいと思った。彼もきっと、同じ思いでいるのだろう。その日は、ただ二人で夕陽が沈んていくのをみていた。


深まる感情


夕焼けが海に溶け込むように消え、それが赤紫色から暗くなり、星が瞬き始めた。浜辺には人影はなくなっていた。突然彼の手が動いた。一瞬ドキッとした。


「冷えてきたしそろそろかえろうか」


「うん」


一瞬何を期待していたんだろう。恥ずかしさで体が熱くなっていた。


静かにその場を後にした。浜辺をでてしばらくたったので、体のほてりが取れてきた。


彼が何も言わずに私の手を取ったとき、心臓が大きく跳ねた。高校時代、一度だけ手を繋いで歩いたあの感覚が、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってきた。


言葉が途切れたまま、私たちは海沿いの小道を歩き続けた。潮風が肌に心地よく触れる中、彼の手の温もりが伝わってきて、全身が熱くなっていくのを感じた。無意識のうちに彼の手を強く握り返していた。


そのまま、彼の泊まっている小さなホテルに到着した。古びた建物だが、どこか懐かしい雰囲気が漂っている。彼は私を部屋に招き入れた。少しだけ戸惑ったものの、自然と彼の後を追った。


部屋に入ると、静寂が私たちを包み込んだ。窓の外からは、遠く波の音がかすかに聞こえる。部屋の中は薄暗く、明かりはベッドサイドのランプ一つだけ。温かなオレンジ色の光が、彼の表情を優しく照らしていた。


彼が私を見つめる瞳には、確かな決意と、どこか切なさが混じっていた。私の心の中でも、抑えきれない感情が渦巻いていた。彼の手がそっと私の頬に触れた瞬間、全ての理性が溶けていくような気がした。


「もう少しだけ、このままでいたい」と彼が囁いた。


答えることができず、ただ彼の瞳を見つめ返すだけだった。彼の指が私の髪をすくい上げ、そっと撫でる。指先が頬を滑り、首筋をなぞるたびに、全身に電流が走るような感覚が広がった。


やがて、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。息遣いが聞こえるほどの距離に近づいたとき、私たちはお互いに引き寄せられるようにして唇を重ねた。初めはそっと触れるだけのキスだったが、次第に深く、求め合うようなものに変わっていった。


彼の手が私の背中に回り、ゆっくりと引き寄せられる。二人の身体が密着し、彼の体温が直接伝わってくる。私はその温もりに包まれるように、全てを彼に委ねていった。


彼の手がさらに大胆に動き、私の肌を探るように滑り始めた。シャツの隙間から滑り込んできた彼の指が、肌に触れるたびに熱がこみ上げてくる。私もまた、彼の身体を感じたいという欲望に突き動かされ、彼の背中に手を回し、強く引き寄せた。


その夜、私たちは言葉を交わすことなく、ただお互いの感情に身を任せた。何もかもが自然な流れの中で行われたように感じたが、その一瞬一瞬が永遠に続いてほしいと願う自分がいた。


全てが終わったあと、彼の腕の中で静かに目を閉じた。彼の温もりと、波の音が混じり合い、私の心は穏やかな安堵感に包まれていた。現実がどうであれ、今この瞬間だけは、私は彼と一緒にいることに幸せを感じていた。


朝が来ることを恐れていた。けれど、その時が来るまで、私はただこの夢のような夜に浸っていたかった。彼の胸に手を置き、鼓動を感じた。安心した気持ちで、眠りにおちた。


朝の甘いひととき


朝の光がゆっくりと部屋に差し込む中、私は彼の腕の中で目を覚ました。目を開けると、彼の寝顔がすぐそばにあって、思わず微笑んでしまった。昨夜の楽しい時間がまだ鮮明に残っていて、心が温かく満たされている。


彼が軽く寝返りを打つと、その動きで私たちの距離がさらに縮まった。彼の温もりを感じながら、私はそのまま彼の胸に顔を埋めた。彼の鼓動が私の耳元で心地よく響いて、二度とこの瞬間を手放したくないという気持ちが込み上げてきた。


「おはよう」と彼が低く囁いた。目を覚ました彼の声は、朝の静けさに溶け込むようにやさしくて、その響きが私の心をくすぐる。


「おはよう」と返しながら、私は彼の顔を見上げた。彼も私を見つめて、やさしい笑顔を浮かべていた。二人の視線が絡み合い、言葉では表せない感情が胸の中に溢れてきた。


彼がそっと私の髪を撫でると、その優しい手の感触に心がときめいた。彼の指先が髪をすくい、ゆっくりと私の頬に触れる。私たちは言葉を交わすことなく、ただお互いの存在を感じ合っていた。


やがて、彼の顔がゆっくりと近づいてきて、私の唇にそっとキスをした。柔らかなキスが、まるで朝の陽射しのように温かくて、心の中で甘い感覚が広がっていく。彼のキスが少しずつ深くなると、私も自然と応じて、彼の温もりにさらに引き寄せられていった。


彼の手が私の背中をなぞるように動くと、身体全体が熱を帯びていくのを感じた。彼の指が肌に触れるたびに、全身が彼の存在に敏感になっていく。彼とこんな風に朝を迎えられることが、どれほど幸せなことなのかを改めて実感した。


私たちは再び唇を重ね、ゆっくりとした甘い時間を楽しんだ。彼のキスは、まるでこの瞬間を永遠にしたいかのように、やさしく、そして情熱的だった。私はその感覚に浸りながら、彼のことをもっと知りたい、もっと近くに感じたいという気持ちが強くなっていく。


しばらくして、彼が私の耳元で「今日は、ずっとこうしていたいね」と囁いた。その言葉に、私も同じ気持ちであることを感じた。彼の隣で過ごすこの朝が、これまでのどんな朝よりも特別なものに思えた。


私たちはベッドの中で抱き合いながら、ただお互いの存在を感じ合い、何も言わずに甘いひとときを楽しんだ。彼の温もりと、彼の手の感触、そして彼の呼吸が、私のすべてを包み込んでくれるようで、心から幸せを感じていた。


このまま時間が止まってくれたらいいのに、と願いつつも、私は彼の腕の中で朝の光を浴びながら、現実と夢の狭間で揺れ動く自分を感じていた。


昼の思い出巡りと告白


私たちは静かに身支度を整え、街へ出ることにした。今日は、学生時代の思い出の場所を巡ること。彼との再会がもたらす懐かしさに、心が自然と引き寄せられていた。


最初に向かったのは、昔よく通った公園だった。そこは学校の帰り道によく立ち寄って、長話をしたり、時には勉強のことや将来の夢について語り合った場所だ。公園はあの頃と変わらず、青々とした木々が生い茂り、静かな時間が流れていた。


公園のベンチに並んで座り、彼と昔話を始めた。「ここでよく時間を忘れて話してたよね」と彼が言うと、私もその通りだと笑いながら応じた。私たちはお互いに、あの頃の何気ない瞬間が今となっては宝物のように感じられることに気づいていた。


その次に向かったのは、学校の近くにあったカフェ。学生時代、勉強の合間によく通った場所で、彼と何度も訪れた思い出がある。カフェの店内は昔と変わらず、落ち着いた雰囲気が漂っていた。二人でコーヒーを注文し、静かに席に着くと、過去の記憶が自然と蘇ってきた。


彼がふと、「あの時、もっと勇気があればよかったのにな」と呟いた。私も同じ気持ちでいたことを知り、胸が少し痛んだ。「私も、あの頃何かを言えたら、変わっていたのかもしれない」と素直な気持ちを口にした。


私たちは最後に、あの時お互いに告白しようとしていた場所へ向かった。そこは、学校から少し離れた静かな小道にある大きな木の下。放課後、よく二人でそこに立ち寄り、何気ない話をしながら、心の中で言いたかった気持ちを押し殺していた場所だった。


木の下に立つと、あの頃の緊張感と期待感が再び蘇ってきた。彼も同じことを感じていたのか、少し照れたような表情で私を見つめていた。「ここで、ずっと言いたかったことがあるんだ」と彼が切り出した。


心臓が大きく跳ねた。その瞬間、私もずっと言えなかった気持ちを彼に伝えなければならないと感じた。彼が続けた。


「君のことがずっと好きだった。」


彼の言葉を聞いた瞬間、私は涙がこみ上げてくるのを感じた。


「私も、君のことが好きだった。」


二人の気持ちが、時間を超えてようやく交わった瞬間だった。あの頃の自分たちが、この瞬間をどれほど望んでいたのかが、今になって痛いほどわかった。


彼がそっと私の手を取った。お互いに告白しようとしていたその場所で、ようやく二人の気持ちが重なったことに、深い感動を覚えた。彼の手の温もりが、私の心にじんわりと広がっていく。過去の後悔も、今のこの瞬間ですべてが報われたように感じた。


私たちはしばらくの間、静かにその場所に立ち尽くした。言葉はもう必要なかった。ただ、二人で共有した時間と、今ようやく交わった気持ちが、この瞬間を特別なものにしていた。


その後、彼が優しく私を引き寄せ、しっかりと抱きしめてくれた。その抱擁の中で、私は彼への思いが溢れ出し、すべての迷いや不安が消えていくのを感じた。私たちの過去の思い出が、今この瞬間に繋がっていたことに、深い感謝の気持ちが湧き上がった。


午後の光が差し込む中で、私たちは静かにその場所を後にし、新たな気持ちで街を歩き始めた。過去の後悔も、今ではただの思い出として胸の中に刻まれた。これからは、二人の新しい未来を見据えて歩んでいけるような気がした。


夜の語らい


夕方になり、再び彼の宿に戻った私たちは、また一緒に料理をすることにした。スーパーで食材を選びながら、私たちは自然と将来の話をし始めた。「今夜は何を作ろうか?」と彼が笑顔で尋ねると、私は「何か温かいものがいいな」と答えた。「じゃあ、シチューなんてどう?」と言い、「いいね。」と返事した。


部屋に戻り、二人でキッチンに立ちながら、料理を始めた。野菜を切り、鍋に入れて煮込む間、彼がふと「もし、将来家庭を持つなら、どんな家庭にしたい?」と問いかけた。その言葉に、一瞬だけ戸惑ったものの、私は素直に自分の思いを話し始めた。


「私は、温かくて安心できる家庭がいいな。毎日帰りたくなるような、そんな場所にしたい」と言うと、彼はうなずきながら、「それは素敵だね。僕も同じだよ」と応じた。


鍋をかき混ぜながら、彼が続けた。「子供のこと、どう考えてる?」その質問に、私は少し考え込んだが、正直な気持ちを話すことにした。「子供は二人くらいかな。お互いが支え合える兄弟がいいなって思うの。君はどう?」


彼は少し照れくさそうに笑いながら、「僕も二人がいいかな。一人でもいいけど、兄弟がいたら楽しいだろうなって思うんだ」と言った。その言葉を聞いて、私の心の中に彼との未来が少しずつ具体的に描かれていくのを感じた。


「それに、週末はみんなで一緒に過ごしたいな。子供たちと遊んだり、家族でご飯を作ったり、そんな日常がいいな」と彼が言った時、私はその未来を思い描き、自然と笑顔になった。「私もそんな家庭がいいな。毎日が特別じゃなくても、幸せを感じられるような日々が送れたら素敵だと思う」


シチューの香りが部屋中に広がり、私たちはその温かな雰囲気に包まれながら、将来の家庭について語り続けた。お互いに子供が成長していく様子や、家族での旅行、休日の過ごし方など、具体的な話が次々と飛び出した。


「もし子供が生まれたら、どんな名前がいいかな?」彼が楽しそうに尋ねると、私は少し考え込んでから、「何か温かみのある名前がいいな。例えば、陽だまりのように明るい名前とか」と答えた。彼はそれを聞いて、「それはいいね。きっと優しい子に育つだろうな」と言って微笑んだ。


料理が完成し、二人でテーブルにシチューを並べた。食事をしながら、私たちはさらに将来について深く話し合った。仕事のこと、家をどこに建てるか、家族旅行の計画、子供の教育方針など、まるで実際にその未来を共有しているかのように具体的な話が次々と出てきた。


「君となら、きっと素敵な家庭が築けるだろうな」と彼がしみじみと語った時、私はその言葉が心の奥深くに響いた。彼と過ごす未来がこんなにも明るく、温かなものになるという確信が、私の中でますます強まっていった。


食事が終わり、後片付けをしながらも、私たちは未来の話を続けた。家族のこと、子供のこと、日常のこと、すべてが今まで以上にリアルに感じられるようになっていた。彼と一緒にいることで、こんなにも幸せな未来が待っているのなら、私はこのまま彼との道を進んでいきたいと心から思った。


彼がそっと私を引き寄せ、抱きしめた瞬間、私の胸に強烈な感情がこみ上げてきた。彼の体温が私の肌に直接伝わり、二人の間に流れる熱がますます高まっていく。私たちは、お互いを求め合うように深く唇を重ね、昨夜とは違う激しい情熱に突き動かされるままに、さらに強く抱きしめ合った。


彼の手が私の身体を優しく撫でるたびに、全身が彼に対する愛情と欲望で震えるのを感じた。彼も同じ気持ちだったのだろう、私たちは言葉を交わさずとも、心の奥底で繋がっているのを感じ取っていた。


その夜、私たちはお互いの存在を確かめ合い、情熱的に愛を交わした。彼の隣で感じる安心感と温もりが、永遠に続くように願いながら、私たちは一瞬一瞬を全身で味わい、心も身体も彼に深く溶け込んでいくようだった。


やがて、彼の腕の中で心地よい疲れが訪れ、私は彼の鼓動を聞きながら静かに目を閉じた。私たちの間に生まれたこの深い絆が、これからも変わらず続いていくことを願いながら、私は彼の温もりに包まれて眠りに落ちた。


現実への引き戻し


朝の静寂を破るように、携帯電話がけたたましく鳴り響いた。私はまだ半分眠りの中にいたが、画面を見ると婚約者の名前が表示されているのを確認し、意識が一気に現実に引き戻された。


「もしもし?」少し緊張した声で電話に出ると、婚約者の明るい声が返ってきた。


「おはよう!結婚式の招待状、全部返信来たよ。思ったよりも早く片付いて良かった」と満足そうに話していた。その言葉に、一瞬言葉を失った。


「そう…なんだ。ありがとう」と、何とか返事を絞り出したが、心の中では昨夜までの甘い夢


のような時間が急速に遠ざかっていくのを感じた。結婚が現実として目の前に迫っていることを、改めて思い知らされた。


電話の向こうで、準備が順調に進んでいることや、家族が楽しみにしていることを嬉しそうに語り続けていた。しかし、心は重く、言葉がなかなか出てこなかった。昨夜の彼との未来の話が、まるで別の世界の出来事のように感じられた。


「どうしたの?何かあった?」私の様子に気づき、不安そうに尋ねてきた。


「ううん、大丈夫。ちょっとまだ寝ぼけてただけ」と、取り繕うように答えたが、自分でもその言葉に確信が持てなかった。婚約者に対して嘘をついている自分が、ますます心を重くしていった。


「そっか、じゃあまた後でね。今日はゆっくり休んで」と、優しく言って電話を切った。その瞬間、ベッドに崩れ落ち、携帯電話を握りしめたまま、深い溜息をついた。


昨夜までの幸福感が一瞬で消え去り、現実が胸に重くのしかかっていた。婚約者との結婚が決まっているのに、心はまだ彼に強く惹かれている自分をどうすればいいのか、全く分からなかった。


彼が隣で静かに寝息を立てているのを感じながら、目を閉じて考え込んだ。彼と過ごした時間は本当に幸せだったし、彼との未来もまた素晴らしいものに思えた。だけど、現実には婚約者がいて、すでに結婚準備が進んでいる。今感じているこの揺れ動く感情は、どうやって整理すればいいのだろう?


再び彼の顔を見つめた。彼が目を覚まさないように静かにベッドを抜け出し、窓の外に広がる朝の景色をぼんやりと見つめた。心の中では、現実との狭間で揺れ動く気持ちをどう整理すべきかを考えていた。


彼との未来を選ぶべきなのか、それとも婚約者との約束を守るべきなのか。どちらを選んでも、何かを失うことになる。私は自分がどちらの道を選ぶのか、まだ決めることができなかった。


ただ一つ分かっているのは、どちらの選択をしても、心の中に残る痛みは避けられないということだった。深く息を吸い込み、少しだけ冷静になろうと努めた。これからどうするべきか、今すぐには答えが出せなくても、私は必ず自分の気持ちに向き合い、正しい決断を下す必要がある。


朝の光が部屋を包み込む中で、私は一歩ずつ現実に向き合う準備を始めていた。


将来への期待と現実の狭間


窓の外に広がる朝の景色をぼんやりと見つめていると、ベッドから彼の声が聞こえてきた。


「おはよう、もう起きたんだね」と、彼が柔らかい声で話しかけてくる。その声には、昨夜の余韻がまだ残っていて、胸が再び熱くなった。


「おはよう」と振り返り、無理に笑顔を作ったが、彼は気づかない様子で、昨夜の話の続きを始めた。「昨日話してたこと、もっと具体的に考えてみたんだ。君と一緒に暮らす家のこととか、子供が生まれたらどうするかとか…」彼の瞳には希望と期待が満ちていて、その姿が一層心を締め付けた。


「子供部屋は明るくて、遊び心がある空間にしたいと思うんだ。子供たちがのびのびと成長できるようにね」と、楽しそうに話し続けた。昨夜話した将来のビジョンを、まるで現実のように具体的に描き出していく彼の姿は、輝かしく見えた。


でも、その輝きが痛みを伴って感じられた。彼との未来がこんなにも明るく、幸せに満ちているのに、心の中では現実に引き戻される感覚が拭えなかった。


「君と一緒に、そんな家庭を築けたらどれほど幸せだろうって、今朝からずっと考えてたんだ」と、彼が言ったとき、私はその言葉が胸に刺さるように感じた。彼は本気で私との未来を考えていて、それが私にとってどれほど重いものなのかが、ますます明らかになっていく。


「本当に素敵な未来だね」と、できるだけ穏やかに答えたが、心の中では言い知れぬ重圧感が広がっていた。彼との未来が素晴らしいものであることは間違いないのに、それを手にするためには、今の婚約者との未来を捨てるという決断を下さなければならない。


彼は私の反応に満足したのか、さらに将来のことを話し続けた。「休日には家族みんなで旅行に行ったり、友達を招いてバーベキューをしたり、そんな楽しい時間を一緒に過ごせたらいいなと思ってる。君もそう思うだろう?」


彼の言葉に、私は一瞬ためらった。心の中では、「そうだね」と素直に答えたい気持ちが強かったが、現実が引き戻していた。昨夜までの甘い夢が、今ではどこか儚いものに感じられた。


「うん、そうだね」とようやく答えたが、その声にはどこか迷いが含まれていた。彼はその迷いに気づいたのか、少しだけ表情を曇らせた。「何か悩んでるの?」と彼が優しく尋ねた。


その問いかけに、一瞬心が揺れた。今ここで彼に正直に気持ちを打ち明けるべきなのか、それともこのまま何も言わずに彼との未来を夢見るべきなのか。どちらの選択も、苦しいものだった。


「少し考える時間がほしい」と小さな声で答えた。それは、私自身に向けた言葉でもあった。彼との未来を真剣に考えれば考えるほど、婚約者との現実が重くのしかかってくる。


彼はその答えに静かにうなずき、「わかったよ。君が決めることを、僕は待ってるから」と優しく言った。その言葉に、少しだけ心が軽くなったが、それでも答えを出すことの難しさが変わるわけではなかった。


彼との時間は確かに幸せだった。将来のビジョンも魅力的で、彼と一緒に過ごす日々がどれほど素晴らしいものになるかを考えると、心が温かくなる。でも、現実が私を引き戻し、婚約者との結婚が避けられない事実として目の前に立ちはだかっていた。


深く息を吸い込み、再び窓の外を見つめた。彼との未来を選ぶべきなのか、それとも婚約者との約束を守るべきなのか。答えはまだ出せなかったが、いずれ自分自身と向き合い、決断を下さなければならないことは確かだった。


彼の温もりを感じながら、心の中で静かにその答えを探していた。


心の揺れと決断の瞬間


彼との将来の話を聞きながら、窓の外を見つめ続けていた。外の景色は穏やかで、朝の静けさが心を少しだけ落ち着かせてくれたが、それでも心の中の葛藤は消えなかった。彼が語る未来があまりにも魅力的で、幸福に満ちていることは分かっていたが、同時に婚約者との現実が私を強く引き戻していた。


「君と一緒に暮らせるなら、どんな困難も乗り越えられる気がする」


と彼がそっと言ったその言葉に、私は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。彼が本気で私との未来を望んでいることが伝わってきて、それが私をますます迷わせた。


一方で、婚約者との結婚がもうすぐそこまで迫っていることを忘れることはできなかった。招待状も出され、家族や友人たちがその日を心待ちにしている。そして、婚約者自身も私との結婚を心から楽しみにしている。それを裏切ることの重みが、私の心を押しつぶしそうだった。


「少し、一人で考えたい」と彼に告げた。その言葉には、自分自身に向き合う時間が必要だという強い気持ちが込められていた。彼は少し驚いたようだったが、すぐに理解してくれたのか、静かに頷いた。


「わかった。君が必要なだけ時間を取ってくれればいい」と彼は優しく言い、私の手をそっと握った。その手の温もりに、少しだけ心が揺れたが、今は自分の気持ちを整理することが最優先だと感じた。


部屋を出て、近くの公園へと足を運んだ。そこは昨日も訪れた場所で、学生時代に彼と一緒に過ごした思い出の場所だった。ベンチに腰掛け、深呼吸をしてみるものの、心の中はまだ混乱したままだった。


過去と現在、そして未来。どの道を選ぶべきか、まだ答えが見えなかった。彼との未来を選べば、確かに幸せになれるかもしれない。彼と一緒に過ごす日々が、どれほど素晴らしいものになるかは、もう想像できるほどだ。


しかし、その未来を手に入れるためには、婚約者との約束を破らなければならない。そして、彼を深く傷つけることになるだろう。彼もまた、私との結婚を楽しみにしていて、その夢を叶えようと懸命に準備を進めてくれている。そんな彼を裏切ることが、どうしてもできそうにない気がしていた。


親戚や同僚にも結婚することは知れ渡っていた。ここ地元で教師の仕事をしており親戚がいる。いま結婚をやめれば、親戚にも迷惑をかけてしまう。狭い地域の中では陰でいつまでもこそこそ言われ続ける。


時間が過ぎるにつれて、私の中で一つの結論が浮かび上がってきた。それは、どちらの選択をしても、完全に納得できるものではないということ。どちらを選んでも、何かを失うことになる。


深く息を吸い込み、そして静かに吐き出した。心の中で何かが決まった瞬間だった。彼と過ごした時間は本当に特別で、忘れることのできないものであったが、婚約者との結婚を選ぶことを決めた。


私にとって、この選択は苦しいものであった。彼との思い出は心の中に大切にしまっておこう。そして、これから先、婚約者との新しい人生を築いていこう。


公園を後にしては宿へと向かった。彼が部屋で待っているのが見えたとき、心が少し痛んだが、彼に向かって真っ直ぐに歩いて行った。彼の元に到着すると、私は深呼吸をしてから、決断を伝える覚悟を決めた。


「私、決めたの」


と彼に静かに告げた。彼はその言葉に表情を曇らせたが、私の決意を受け止めようとしているのが分かった。


「君の選択を尊重するよ」


と彼は言い、手を握り返してくれた。その優しさで、涙がこぼれた。


「……」


決意を固めたのに、心が震えて、言葉がでない。


私は下を言葉を絞り出した。


「ごめんなさい。」


その瞬間、彼の瞳に浮かんだ悲しみが、私の心をさらに締め付けたが、私はその場を離れるわけにはいかなかった。


彼はしばらくの間、何も言わずに私を見つめていた。そして、静かにうなずいた。


「分かったよ。君が幸せになることを願っている」


と彼は言い、私の手をそっと離した。


私は彼に背を向けて部屋を出た。


外の空気は冷たかった。

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