第5話 誘拐

 黒い車から二人の男性が下りて来る。

 こっちに来たのですぐに防犯ブザーのピンを抜いた。


 「こらこら、俺達は怪しい者じゃない。

 ほら、これ見て」


 男が見せて来たのは黒い手帳。

 警察? 警察が私に何の様なの?

 事情聴取はもう済んでるし……?


 首を傾げていると、私の肩に手を回し、車へと誘導される。

 防犯ブザーの止め方も知らないし、このままここに居ると周りの人にも迷惑かな。

 私は大人しく黒い車に乗り込んだ。

 車に乗り込むと、後部座席にはもう一人居て、私は挟まれる様にして座席に座った。


 「美鈴財閥の一人娘、澄玲さんで合っているね?」

 「財閥とか知りませんが、美鈴澄玲です」


 「なら良かった。

 いつも迎えに来るベントレーの人はボディーガードか何か?」

 「それって何か関係あるんですか?」


 「いやー、ちょっと気になってね。

 それより、そのうるさいの止めれない?」

 「止め方を知りません」


 「流石に鳴りっぱなしだと困るし、壊してもいいかな?」

 「仕方ないですね、いいですよ」


 私が防犯ブザーを右隣に座ってる人に渡すと、ブザーを怖そうと握りつぶそうとしたり、踏みつけたりして苦戦している。

 5分くらい頑張ってもブザーが鳴りやむ事は無かった。

 見かねて左隣の人が手を伸ばし「カセ」と言って、右の人がブザーを渡すと、左の人は指の力だけでブザーを破壊した。

 思わず私は手をパチパチと鳴らす。


 「スゴイカ?」

 「凄かったです」


 左の人は気分を良くしたのか「ソウダロ」と言って懐からクルミを出して、それも指で粉砕して見せてくれた。

 私はまたパチパチと手を叩く。

 左の人は割ったクルミを食べているけど……なんでクルミなんて持ち歩いているんだろう?


 「ソシキデコレ、デキルヒト、ホカニモイル。

 コイツラ、デキナイ」


 片言?

 外人さん……なわけないよね?

 日本人じゃないと、日本の警察にはなれないはず。

 帰化した人とか、ハーフの人だったりする?


 「ええっと、出身ってどこの人なんですか?」

 「モウスコシ、ユックリシャベッテ」


 「Where are you from?」

 「I'm from Dalian」


 中国の人?

 この人達、警察じゃない偽物だ!


 防犯ブザーは鳴らしてあるし、鞄の中にもう一つ入っている。

 GPS機能は連動して作動する様になっているし、私は変な動きはしない方がいいと思う。

 きっとGPSで位置情報を追って助けに来てくれるはず。

 迷惑ばかりかけてるなぁ、私……。

 とにかく、目的地も分からないし、大人しくする事しか出来ないか……。


 「Was it Kung Fu that cracked the walnut?」

 「oh yeah I've been training all the time」

 「ちょっとちょっと、英語で話すの止めてもらえるかな?

 ドントイングリッシュ! ドントイングリッシュね!」


 運転席のおじさんが注意してきた。

 たぶん左の人は警察を演じている事を知らないんだと思う。

 この人達、上手く説明出来てないんだ。

 左の人は気分を害したのか、そっぽ向いて窓の外を眺めている。


 「近くの警察署とかへ行くんじゃないんですか?

 結構遠くまで走ってますよね?」

 「そうねぇ、ここまで来たら別に言っちゃってもいいか。

 お嬢さん、俺達に誘拐されちゃったんだよ」


 「誘拐ですか、お金目当てなんですか?」

 「そうだよ、大事な一人娘だし数百億くらいならポンと出してくれるんじゃないかな?

 もちろん、人質は無事でなければ交渉出来ないし、君に危害を加えるつもりはない。

 交渉が決裂しない限りは君の無事は保証するよ」


 「わかりました、大人しくしてます」

 「いい子だ」


 私はそのまま車に乗せられて、海の見える場所で下ろされる。

 寂れた大きな倉庫のような建物が並んでいる。

 人の気配は一切しない。

 いるのはネズミと数種類の鳥さん達だけか……。


 あれ? おかしいな?

 今、音とか目で見て人の気配がないって思ったんじゃなくて、別の感覚が働いてそう結論付けた?

 ネズミと鳥さんの姿も目で捉えずに感覚的にそう思った気がする。


 倉庫の中へ入っても、なんとなく、外で見張りをしている車の中で右に座ってた人の動きが分かるような気がする。

 遠くで電話をしていたおじさんがこっちへやって来た。


 「もう少しで交渉が始まる。

 早ければ今日の夜中にはお家に帰れるよ」

 「他にも関係者の方がいるんですね」


 「いるよ、そんなに悪い奴等じゃないんだけどね。

 お金が絡んだら、どうなるか分からないけどね」

 「奪い合いになるんですか?」


 「そうならない様にはしている。

 その為にそいつを雇ったからね」

 「中国の人?」


 「そう、そいつは結構でかい組織の殺し屋なのさ。

 でも怖がらなくていいよ、君が暴れたりしてもその男は動かない。

 こっちの仲間内でトラブった時だけ動いて貰う契約だ」

 「そうなんですね」


 時間は刻一刻と過ぎ去っていく。

 辺りはもう真っ暗だけど、キャンプ用の照明器具を着けているので倉庫内はそれ程暗くない。

 海から来る風のせいか、体が冷える……。


 「コノコ、フルエテルヨ?

 モウフナイ?」

 「なんだって?」


 「サムイ! モウフ! ナイ?」

 「ああ、確かに冷えるね」


 おじさんが倉庫から出ていき、沢山毛布を持って来てくれた。

 私の左に座っていた人も一緒に倉庫へと入って来た。

 

 「ごめんね、体動かしてないし体冷えるよねぇ。

 おじさんも寒いから毛布持ってきちゃったよ」

 「ありがとうございます。

 見張りをしていた人も外寒かったでしょ?

 風邪とか大丈夫ですか?」

 「自分は……平気です。

 すいません、つき合わせちゃって」


 「皆さんの名前を聞いてもいいですか?」

 「名前ねぇ、犯罪者だから本名は言えないが、俺はグレさんって呼ばれてるよ」

 「自分は本名で呼ばれてるんで、適当にあだ名でも付けて下さい」


 「じゃあ、体が大きいので熊さん?

 それだと可愛いすぎるのでベアーさんって呼びますね」

 「いいっすね、ベアーさん」


 「後は……」

 「ナマエカ? ジロウシンクン、ヨバレテル。

 嗚呼……overナ、ナマエ」


 大層な名前って言いたいのかな?

 ジロウシンクン……西遊記とか封神演義の登場人物と同じ名前だし、偽名とか組織内での呼び名って感じかな?

 変装が得意な人なのかな?


 「Are you good at disguise?」

 「I'm not very good at disguise, I'm good at blending in.」


 「また英語? 何の話し?」

 「名前が、変化の術が得意で有名な神様の名前だったので変装が得意なのか聞いてみたら、溶け込むのが得意だって返事してくれました」


 「おじさん、英語アレルギーだからドントイングリッシュ!

 英語駄目ね!」

 「そうなんですか、わかりました。

 もう英語で話しかけません」


 そんなやり取りをしていると、遠くの方からバイクが近づいて来る音が聞こえる。

 みんな明かりを消して、身を潜めてるし、この人達の知ってる人じゃないっぽい?

 もしかして、お姉ちゃんが助けに来てくれたのかな?

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