第2話 初めての悪意

 お姉ちゃんは鼻歌を歌いながらどんどん料理を作っていく……。

 これ、何品目だろう?

 数えてみると完成した料理は30品ある。

 今作ってるのを合わせると35品かな?


 お姉ちゃんがもうすぐ出来ると言うので、私は出来上がった料理を食卓に並べていく。

 一つ一つはそれ程でもないけど、食べきれる自信がない。

 全部並べ終わるとテーブルがお皿でいっぱい。

 和食が多いけど、ちょっとした満漢全席みたい。


 お姉ちゃんも席について「食べて食べて!」と言ってくれたので「いただきます」をしてからお吸い物に手を付ける。

 梅と三つ葉のお吸い物は初めてだけど、凄く美味しい!


 それから私は取り皿片手に、手前にあるお皿から順番に味わっていく。

 基本的に薄味だけど、どの料理も素材の味が引き立っていて全然食べ飽きない!

 それでも、半分食べてお腹いっぱいになってしまった。


 「ごめんなさい、もうお腹いっぱいです」

 「いいわよ! 残った分はお姉ちゃんが全部食べてあげるから」


 私が空いたお皿を流し台へ運んでいるうちに、お姉ちゃんは本当に料理を全部食べ終えていた。

 流石にもう遅いと言う事で、コンシェルジュの人から鍵を受け取って自室へ帰る。


 お姉ちゃんが私を見送る顔が少し寂しそうで、ちょっとだけ罪悪感の様なものを感じた。

 良い人だったなぁ……。



 引っ越しをしてから一週間が経った。

 あの日以来、夕食は毎日お姉ちゃんの部屋でごちそうになっている。

 相変わらず、私が帰る頃になると決まって寂しそうな顔をしてくれるけど、会う度に愛おしいと言う感情が募っていった。


 朝にはお弁当まで作って持って来てくれるし、ちょっとだけどう接していいのか迷ってしまう。

 お世話になってるから何かお返しをしたいけど……困るなぁ。

 お姉ちゃんはセンスも良くて何でも出来るからプレゼントや手料理なんかも気が引けてしまう。

 サプライズは諦めて、直接私に何かして欲しい事とか無いか聞くのがいいかな?

 よし、そうしよう!

 

 学校も始業式を終え、授業も始まり、友達も沢山出来た。

 なぜか美鈴様と呼ばれる事が多いけど、都会のノリってやつなのだろう。

 至って普通の学生生活だ!


 変わった事と言えば、目が良くなっている。

 元々視力は良かった方だけど、以前よりも遠くまで見れるし、動体視力まで良くなっている。


 それと、不思議な事に、苦手だったはずの運動が苦手ではなくなっている。

 苦手意識が消えると、運動するのも楽しい。

 不思議な気分だけど、都会に出て来て自分の中で何かが切り替わったりしたのだろうか?

 

 もしかして、お姉ちゃんの料理のお陰?

 私の心境に変化をもたらしたと言うのならお姉ちゃんとの出会いがきっかけだったのは間違いないとは思う。


 「美鈴様!」

 

 急に声を掛けられて少し驚いた。

 この人は同じクラスの酉城千穂とりしろ ちほさん。

 最初の二日間は誰も話しかけてくれなかったけど、三日目になって初めて話しかけて来てくれたのが彼女だ。


 「酉城さん、どうしたの?」

 「美鈴様はもう入る部活とかって決めてるんですか?」


 「部活かぁ……」


 中学の時にやっていた書道部はないみたいだし、興味のある部活も特にない。

 入部のタイミングはいつでも良いみたいだし、今は保留かな? 


 「特に決めてないけど、酉城さんはもう決まってるの?」

 「美鈴様と同じ部活動がしたいです!」


 「それじゃあ、決まったら教えてあげるね!」

 「はい! 楽しみにしてます!」


 授業も終わったし、後は帰宅するだけ。

 家まではタクシーを使って帰るので最寄りの駅までは歩いて行く。

 学校の前までタクシーを呼ぶことも出来るけど、他の生徒も沢山いるし、危ないので登校する時も駅で下ろして貰う様にしている。


 自室へ戻り、部屋着に着替えると、インターホンが鳴った。

 お姉ちゃんかな?

 出て見ると、コンシェルジュの人だった。


 「お荷物が届いた様なので、配達員の方をお通ししても宜しいでしょうか?」


 荷物? 実家から何か送って来たのかな?

 何も連絡は来てないけど、荷物を受け取れば分かる事だ。


 「はい、お願いします」


 しばらくするとまたインターホンが鳴り、玄関まで荷物を持って来てくれたみたいだ。

 重そうな荷物だったので部屋の中まで荷物を運んでもらう。


 「その辺りに置いておいて下さい」

 「この辺りですね。

 それにしても広いお部屋ですね。

 高層マンションって言うんですか?

 初めて入りましたよ」


 「そうなんですか。

 最近引っ越して来たばかりなので、私はマンションに入るのも初めてでした」

 「へえー最近引っ越して来たんですかー。

 それじゃあ、サインか印鑑をお願いしたいんですけど、お家の人とかっていらっしゃいますか?」


 お家の人か……。

 お姉ちゃんが一人暮らしって言わない方がいいって言ってたし、たぶん……嘘を吐いた方がいいよね?


 「今、みんな出ているので印鑑持ってきますね」

 「はい、お願いします」


 印鑑を取りに行こうとして、部屋のドアに手を掛けると、急に後ろから私の口元が手で覆われ、左腕も痛いくらいに強くつかまれた!


 「そっちのお部屋はお父さんのお部屋かなぁ?」


 痛い!

 私の口元を覆う手がギュッと力を強め、左腕を軽く揺らしながら耳元でそうささやかれた。


 私は小刻みに首を横に振った。

 胸が痛い。

 心臓が胸を叩いて飛び出そうとしているみたい。

 恐ろしい。

 あまりの恐怖で立っていられず、全身の力が入らない。


 「じゃあ、こっち?」


 へたり込んだ私の耳元でまた囁いて来る。

 頭が回らない。

 何を聞かれたのか……。

 お父さんの部屋?

 この部屋にお父さんの部屋なんてない。

 私はまた小刻みに首を横に振る。


 「じゃあ……この部屋?」


 私は首を横に振る事しか出来なかった。

 すると、口元を覆っていた手と左腕を掴んでいた手の力が緩んだ。


 配達員の男が私の前へ回って来て、胸ぐらを掴み、バチンと思い切り顔を手のひらで殴られた。

 信じられない様な衝撃が走り、目の前が真っ白になり、私は床へ倒れ込んだ。

 左耳がキーンとしている……。


 男が私の体を起こして、耳元で「おい! おい!」と囁いている。

 目が合うと「なめてんのか、殺すぞ?」と言って来た。

 私は怖くて、首を横に振る事しか出来ない。


 「親父の部屋はどこだ? 指さして教えろ」


 私は怖かった。

 適当に部屋を指さして、バレたら殺されると思った。

 だから必死に乱れた呼吸のまま事情を説明しようとした。


 「わ、たし……ひと、り」

 「最初聞いた時家族は出ているって言っただろ?」


 私は恐ろしさのあまり、声も出せなくなっていた。

 目から零れ落ちる涙を無視して私は首を横に振る。


 「おい、まさか一人暮らしって事か?」


 私は縦に頷く。


 「それじゃあ、金目のもんはねえか……」


 この人はどうやらお金が目当てだったらしい。

 それなら、もう私を解放して欲しい。

 私は心の中でそう願った。


 「それじゃあさぁ、嘘ついてたって事だよねぇ?」


 私は聞かれた事に対して頷く事しか出来なかった。

 なんでそんな事を聞いて来るのだろう……。

 落ち着きかけていた呼吸がまた荒くなり、体の震えが止まらなくなった。


 「悪い子にはお仕置きしないとねぇ」

 

 その時、インターホンの音が鳴る。

 この音はフロントの方じゃ無くて、この部屋の玄関の方。

 きっとお姉ちゃんだ!

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