第44話
静まり返った戦場に響き渡る自信に満ちた声。静かに怒りのオーラを撒き散らすオークエンペラーの前に仁王立ちする文官。
「流石に一人じゃ大変でしょ?しょうがないから手伝ってあげる」
場違いな官服を身に纏った男の横に立つのはエリン。それを見たレネは自分でもよくわからないまま負けられないと思い、
「待て、それは私の獲物だろうが」
全ての力を振り絞り、再び剣を構えて獰猛な笑みを浮かべながらも文官の横に立つ。
・ ・ ・
「俺が相手してやるよ」とイキってオークエンペラーの前に仁王立ちしたジェズではあったが、その実勝算は何もなかった。
ヴィクターから貰い受けたペンはすでに壊れており自身の魔力もいまだに完全回復していない。
この戦場で戦略級魔法を使えたのはセレナとレネだけだがその二人ともが大技を放ち終わり既にへにゃへにゃである。
レネは気丈にも立ち上がり剣を構えているがまともに戦うことはできないだろう。
冷静に見て完全に詰んでいる状況ではあるが
「今回は俺が副将だからなぁ。逃げる訳にもいかんのよ」
気軽な調子でぼやきながらも構えをとるジェズ。その隣にいたエリンはジェズの肩にそっと触れると
「勇気の光よ集え、この勇者に力を」
淡い光がエリンから放たれ
「伝説の英雄たちの力を今、戦いに赴く者に。勇敢なる心、不屈の意志、絶対の勇気をこの身に宿し、最後の戦いで輝け」
ジェズに触れた手のひらから流れ込んでいく。
「古の勇者たちよ、彼にあなたたちの力を分け与え、未来への道を照らせ!『勇者の極光』」
詠唱の完了と共にジェズへの強化魔法の付与が完了し、膝から崩れ落ちそうになるエリン。それをさっと支えるジェズ。
「すまん、助かる」
「別にこれぐらい気にしないで。それよりもさっさと片付けてきてよね」
地面に優しくエリンを降ろすと、ニヤリと笑ってジェズはオークエンペラーの前に進み出た。
エリンが付与魔法を使う間、レネが牽制をしていたにしても静かに様子を伺っていたオークエンペラーに対して。
「待ってくれてるとか意外と気が利くな?」
文官はどんな状況でも慌てない。
・ ・ ・
戦場の中心で殴り合う一人と一体。攻防の入れ替わりがあまりにも滑らかで周囲の者達は支援に入ることもできない。
人も魔物も戦いを忘れてその戦闘に目を奪われていた。
殴り、避け、剣を振い、受け流し、蹴りを放ち、受け止める。オークエンペラーはその身体能力を存分に発揮し、ジェズは持てる全ての技を戦いに投入する。
しかし。
「……ぐっ」
一瞬の隙を突かれて蹴り飛ばされるジェズ。オークエンペラーの一撃。その全てが必殺の一撃だ。
それをなんとか捌いていたが、ほんの少し対応が遅れただけで良い一撃を喰らってしまう。
「……おいおいマジかよ」
周囲で見守るジャミールやアルファズ隊の面々が唖然とした表情で呟いた。あのジェズが勝てない?これまで散々意味不明な強さを見せつけてきた奴が?
吹き飛ばされ地面に転がったジェズが口元から血を流しながらもなんとか立ち上がるが、
「グァアアアアアアアアアアア!!!」「……くっ!?」
再び蹴り飛ばされるジェズ。もはやオークエンペラーは獲物をいたぶる余裕すら見せ始めていた。
殴られ、蹴られ、何度も地面に叩きつけられるジェズ。
エリンやレネが助けに向かおうとするが、リリーやジャミールが必死に止める。
そしてついに地面に転がったまま立ち上がる事が出来なくなるジェズ。
静まり返る戦場。
それをつまらなそうに一瞥したオークエンペラーはトドメを刺すために、そのまま無造作に大剣を振り下ろす。
誰もが「もうだめだ」と思ったまさにその瞬間
『規定のダメージを超えました。これより自己防衛モードを起動します』
突如何処かから無機質な声がすると、オークエンペラーが振りかぶった大剣が官服から展開された防御障壁によって受け止められた。
・ ・ ・
オークエンペラーからの攻撃を散々受け地面に転がったまま朦朧とする意識の中、ジェズは何故か学生時代の事を思い出していた。
その日もジェズはいつものように授業の合間にヴィクターと駄弁っている。
「……と言う感じでさ。そう言う形の政治とか統治ってのもあるんじゃねぇの?」
「お前、それは絶対他所で言うなよ?下手したらそれだけで危険思想とか国家反逆罪になり得るぜ?絶対王政の軍事国家でその思想は危なすぎ。……ただマジでその発想はおもしろいけどな」
いつも周囲に頭がおかしいと言われるヴィクターが思わず素に戻りツッコミを入れる男。それこそがジェズ・ノーマンである。
ヴィクター自身も自分が世間からズレた感性をしている事は認識しているが、ジェズの場合はズレてるなんてものじゃない。そもそもの思考過程が違いすぎる。まるで違う世界の住人のように。
王立学園でジェズと知り合って数年。これまでの歴史や形式に捉われない彼の自由な発想に錬金術師ヴィクター・アルケミスは尊敬の念すら抱いていた。
ジェズと話をしていると創作意欲がいくらでも湧いてくる。ただし今聞いた話は内容的に政治が絡むので少し危うい気もするが。
まぁなんにせよ非常に面白い。文民が軍人を統べるなんて。タッシュマン王国ではまず出てこない発想だろう。西方の共和国や連邦なんかの後方国家群でも難しいのではないか?
ジェズにとってはただの日常の雑談。しかし絶対王政のガチ軍事国家の住人からしたら異端が過ぎる発想。そんなジェズの自由な発想からインスピレーションを受けてヴィクターが作ったその概念武装こそが。
『規定のダメージを超えました。これより自己防衛モードを起動します』
官服から突然聞こえてきた無機質な声。地面に這いつくばり朦朧としていた意識をはっきりさせつつも「なんで官服が喋ってんだよ…」と呆れ返りながらヴィクターに感謝するジェズ。
まぁそもそも就職祝いでお前から貰った官服が何も無い訳がないとは思っていたが。それにかれこれ8年程使っていて全く劣化しない時点で何かあるとは思っていたけども。
せめて少しくらいは説明しろよ。このまま気づかなかったらどうするつもりだったんだよと悪態をつきながら最後の力を振り絞りよろよろと立ち上がろうとする。
そして頭の中に自然と思い浮かんだ言葉を紡ぐ。
「古より伝わる智慧の泉より、法と秩序の精髄を引き出し我が手中に結集せよ」
よろけながらもなんとかしっかりと立ち上がり、戦場の中心で仁王立ちするジェズ。
「理性の楔となりて無秩序の壁を砕け。文の光にて武の闇を消し去り、平和の礎をこの地に築く」
その姿を見て得体の知れない恐怖を覚えたオークエンペラーは焦って大剣を叩きつけるが再び自動展開された防御障壁に防がれる。
「我が願いに応じて力を解き放ち、武力の支配を否定し正義の秩序をこの世界にもたらせ」
官服に描かれていた模様が淡く発光し始め、だんだんとその光を強めていく。
「文の光にて武の影を払い、理性の剣で暴力の連鎖を断つ。法の光は暗闇を払い、理性の剣は不正を断ち切る。我が声は命令であり、我が言葉は法」
輝く官服が戦場全体に漂う魔力の残滓をどんどん取り込んでいき更に輝きを増していく。
「理性と正義の盾となり、平和への道を照らす光となれ。法の支配を確立し、武力による支配を否定する」
あまりの高密度となった魔力の余剰な熱を排熱するため官服が変形。各所に現れたスリットから熱が放出される。
「我ら文民の意志、この戦場に顕現せよ。ここに文民の意志による統制が、全てを覆う絶対の力として顕現する。概念武装起動、
一際強い光が放たれると、その形状を変えた官服から圧倒的な魔力の波動が放たれる。
概念武装、
それが象徴する概念は“文官による戦場の支配”。
圧倒的な魔力の波動に唖然とするオークエンペラーだったが、
「よそ見は禁物だって」
一瞬で懐まで潜り込んできたジェズがその拳を振り抜く。
右の正拳突き。
吹き飛ばされるオークエンペラーだがなんとかガードを間に合わせる。しかし。吹き飛ばされた先に回り込んだジェズが
左の回し蹴り。
まるで至近距離で爆弾が爆発したかのような轟音と共に更に吹き飛ばされるオークエンペラー。しかし流石のエンペラー級。ふらつきながらも耐える。
今の2発だけでも相当な魔力が込められている。並の人間であればそれだけで魔力切れを起こしてもおかしくない程だ。相手の魔力切れを待つか?とオークエンペラーが考えたところで
「!?」
戦場に漂う魔力の残滓が再び官服に吸収されていく。概念武装、
これは戦場に存在する全ての魔力を自由に運用可能な状態を指す。それはすなわち。
魔力切れが発生しない事を意味していた。文字通り文官が戦場の全てを統制するのだ。
それに気づいたオークエンペラーが人間にも分かるほどに表情を引き攣らせる。
その様子に気づいたジェズが「さて、トドメの一撃と行きますか」と全力で魔力を集め始めるとすぐそばにレネとエリンが近づいてきていた。
「色々と突っ込みたい事は多いが……。私の魔力、持っていけ」
「もうほとんど残ってないけど私のもね」
右肩にレネの手が、左肩にエリンの手が置かれ、それぞれから魔力が流れ込んでくる。二人とも魔力切れ寸前の状態にも関わらず、熱い、熱い魔力が想いと共に流れ込む。
変形した官服が更に輝き、官服に描かれた紋様が脈打つように魔力の流れと共に鼓動し、各種スリットからは余分な熱が排熱。
「二人とも、ありがとう。……ちょっとぶん殴ってくるわ」
後ろを振り返らず再びオークエンペラーに近づいていくジェズ。
レネやエリン、そして戦場全体から集まる膨大な魔力が官服に吸収されていき、そのままジェズの右手に収束されていく。
「古の智慧と未来の希望よ、我が右手に集いて力を形成せよ。この拳に宿りし黄金の輝きで変革の風を起こせ」
一歩、また一歩とオークエンペラーに近づいていくジェズ。
「歴史を変え、新たな道を切り開く力をこの一撃に込めよ。力の源よ、理想を現実に変えるために我が拳を通じて世界に影響を与えよ」
全ての魔力が彼の右の拳に集約されていき、眩い黄金色の魔力が世界を染める。
「黄金に輝くこの拳が、圧制と暴力に終止符を打ち平和への道を示す光となれ!第10階梯無属性魔法『無血革命』」
最後に一気にオークエンペラーの元へ力強く踏み込んだジェズは全身のバネを思いっきり使い。
黄金の右ストレート。
光の奔流がオークエンペラーを飲み込み世界が希望の光に染められる。
こうして魔物の皇は倒れ、文官の智略と勇気によってタッシュマン王国に新たな時代が訪れた。
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