第43話

第10軍団 軍団長セレナ・カスティロによる第9階梯光魔法 煌光の雨により戦場全体に降り注ぐ光の雨。


急に降り出した雨に戸惑うように空を見上げる魔物達だったが、その雨粒が触れると同時に各所で連鎖的に


一見すると非常に美しい光の雨。だがその雨粒の一粒一粒には膨大な魔力が込められており、振動を与えると爆発する。


七色に輝く雨粒により空には非常に幻想的な景色が広がる中、地上では雨粒に触れた魔物たちがどんどん爆散していく地獄絵図が広がっていた。


セレナの周囲にだけは雨は降らず、彼女に近づこうとする魔物達も光の雨を浴びて立て続けに爆散していく。


大混乱に陥る魔物軍。あるものは光の雨が降り注ぐエリアから逃げ出そうとして待ち構えていた第10軍団の面々に狩られ、またあるものは盾などで雨を防ごうとするもの盾ごと爆発に巻き込まれる。


ここを好機と見た第9軍団や第7軍団第2連隊からの攻撃も苛烈になり、魔物軍は一気にその数を減らしていく。


そして数分後。光の雨が止んだ爆心地ではまるで傘を閉じる貴婦人のような優雅な所作で光輝万象剣オーバーレイを再封印するセレナがいた。


この戦略級魔法により実に魔物軍の過半数を葬り去ることに成功。魔力を大量に消耗した事でおぼつかない足元になるセレナではあったが。


「……かかった!」


狙い通り獲物が動いた事を察知した。


・ ・ ・


「こりゃすごい」


セレナによる戦略級魔法で敵が殲滅されていく様子を見たジェズ達は感嘆の声を上げる。


「レネ姫のやつもエグかったがこちらも大概だな」


ジェズとジャミールが軽いノリで目の前の美しい戦略級魔法を眺めながら駄弁っているが


「そろそろか?」


光の雨がだんだんと勢いを失い、そろそろ雨が止みそうな雰囲気を感じたジャミールは配置に戻る。彼の動きを見た面々もそれぞれが配置につき直した。


全員が突撃のタイミングを見計らいつつだんだんと緊張感が高まってくる。そして


「……来ます!!」


ファティマがオークエンペラーの気配を察知。それを聞いたレネ姫は颯爽と騎乗すると、


「全軍、手筈通りに!いくぞ!!」


一気に馬に鞭を入れ丘を駆け降りていく。レネの周りにはすでにリリー率いる近衛百人隊が並走しており、更に続いてジャミールやエリン、ソフィア達が率いる合計1000騎が続く。


やっと戦略級魔法が落ち着いたかと思ったタイミングでの奇襲。魔物軍は再び混乱状態になるがそれらを悉く無視してレネ達は一直線にセレナの元へ駆ける。


そしてセレナのすぐそばには


「グァアアアアアアアアアアア!!!!」


突如現れたオークエンペラーがまさに今、襲い掛かろうとしていた。離脱しようとするも魔力の限界から動きがおぼつかず手間取るセレナ。


セレナを守り、オークエンペラーの突進を邪魔するようにソフィア達のチャリオット隊やジャミール達の騎馬隊から魔法攻撃や弓による攻撃が一斉に放たれた。


これらの攻撃を邪魔に思ったオークエンペラーが手を払い一瞬気を逸らす。その隙にセレナが距離を取ろうとするが、それに気づいたオークエンペラーが再度セレナに襲い掛かり振りおろされる大剣。


間に合わないか!?と戦場の誰もが焦った瞬間、


「せぇあああああああああああ!!!!」


裂帛の気合いと共に、ガンっと言う鈍い衝撃音を放ちながらオークエンペラーの大剣が受け止められた。受け止めたのは、


「リリーか!!助かった!!」「セレナ様は早く下がって!!!」


第7軍団近衛百人隊隊長リリー・ジョンソン。誰かを守ることにかけては右に出る者がいない猛者である。


リリーがオークエンペラーとセレナの間に滑り込むように割り込みつつ詠唱を完成させたのは第7階梯魔法 天蓋守護陣。最強クラスの防御魔法を、特殊な魔石が埋め込まれた丸盾で発動することにより鉄壁の守りを実現していた。


オークエンペラーの大剣を丸盾で受け止めながらセレナを守るようにオークエンペラーの前に立ちはだかるリリー。


一瞬の均衡の後に再度振りかぶられる大剣。それをなんとか躱し、いなし、受け流す。オークエンペラーの攻撃を捌いているだけでも超絶的な技巧であるが、その防御魔法も徐々にひび割れていく。


リリーがなんとか時間を稼いだその隙にチャリオット隊がセレナを回収し戦場を離脱。


それを見たオークエンペラーが怒りの咆哮と共に強烈な一撃を振るう。


「グァアアアアアアアアアアア!!!」「くっぅ!!!」


なんとか致命傷は避けながらも吹き飛ばされるリリー。オークエンペラーの追撃を近衛百人隊の面々が入れ替わり立ち替わりで捌きつつ、更に周囲に展開するアルファズ隊が五月雨に戦術級マジックアローを次々と打ち込んでいく。


あまりの煩わしさに怒りが頂点に達したオークエンペラーが再び咆哮を上げようとするが


「煩いからそろそろ黙ろうか?」


オークエンペラーの眼前に突如、炎の鎧を纏い、魔力によって赤く染まった髪と目を煌めかせたレネ・タッシュマンが斬り込んでくる。


本来は戦略級魔法で使う魔力と術式をレネ一人の身に圧縮して顕現させる魔法。それが第8階梯魔法 炎霊装束。精霊を身に纏う術式、精霊外装の一種でもある。


炎の化身となったレネがオークエンペラーと激しく打ち合い、その首を取ろうとするがオークエンペラーも負けじと底力を発揮する。


周囲に火の粉が舞い散り、激しい剣戟の火花も散る。ここまできてやっと互角。小賢しい性格のくせになんと言う力かとレネは内心で驚くが、


「ここで決着をつけさせてもらうぞ!!!精霊外装オーバードライブ!!!」


リリーや近衛百人隊の持つ盾、そしてレネが持つ特殊な魔石を媒介にして更に魔力が膨れ上がる。


ひび割れる魔石、さらにレネ達自身の魔力も急激に消耗していくが、構えをとったレネが渾身の力を炎帝剣フレイムソブリンに込めた。


「炎帝剣よ、我が力と共に最後の一撃を。天を裂き、地を焼く終結の剣閃を放て!『炎帝天翔斬』」


燃え上がる炎帝剣。あまりの熱量にその色は紅を超え白く輝く。神速の一歩を踏み込むレネ。全ての魔力が注ぎ込まれた究極の一撃がオークエンペラーに振り下ろされ、そのまま真っ二つに叩き斬った。


・ ・ ・


強烈な炎の光と共に頭頂から真っ二つに切り裂かれたオークエンペラー。一瞬の静寂が戦場に訪れるが、


「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


タッシュマン王国軍から一斉に勝鬨が上がる。その勝鬨に満足そうに微笑みながら手を振って応えるレネ。


精霊外装を使い、更に近衛百人隊の補助を受けて魔石や特殊兵装も併用してのオーバードライブにより全ての気力も魔力も使い果たしていた。


もう動けない。すぐにでもその場に倒れてそのまま爆睡したい気持ちをなんとか堪えてレネはその場に立つ。


リリーや近衛百人隊達もボロボロで魔力もすっからかんであるが互いの健闘を讃え合っていたところで、


「……まだだ!!!!」


戦場にファティマの絶叫が響き渡る。真っ二つに切り裂かれたオークエンペラー。その影から、


「……もう一体いたのか」


滑り出るように出現したのはオークエンペラー。乾いた笑いと共にレネが絶望的な呟きをこぼす。


・ ・ ・


オークエンペラーはどうやって隠れていたのか?わかってしまえば簡単な話ではあるが、域外魔法の影魔法で影に潜んでいたらしい。


しかも新しく現れた個体のその形状を見るにどうやらオークエンペラーは夫婦の番だった模様。なんて迷惑な夫婦なんだと達観した表情で敵を見据えるレネ。


セレナの戦略級魔法は放たれており、レネの渾身の一撃も先程放ち終わった所である。もはやタッシュマン王国側にはあの敵を討つ術がない。


レネに限らず戦場にいる全ての兵士はそれがわかっているからこそ圧倒的な絶望感に襲われていた。


レネ自身も心が折れそうになるもののここで挫けるわけにはいかない。でもどうすれば?思考の堂々巡りに陥りそうになった瞬間。


「おい、俺が相手してやるよ」


戦場の風に官服の裾を翻し。魔物の皇の眼前。不遜にも腕を組んだ文官が仁王立ちで立ち塞がる。


そう。いつの時代も悪逆たる皇帝の暴走を止めるのは文官の役割だ。

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