第39話
概念武装、
グレイシアンではレネやリリー達が戦略級魔法『熾裁の炎』をぶっ放した上でジェズがコンボを決めて倒し、バスティオナではエリオットが指定禁術魔法『終焉者の献身』を使って倒した相手。それがオークキングである。
そんなオークキングを簡単に倒した概念武装。そんなヤバい代物がノーリスクで使えるわけもなく。
「おい、大丈夫か?」
オークキングを討ち取った後に馬上でへにゃへにゃになっていたジェズにレネ姫が声をかけた。彼らの周りはエリンやリリー達が守りを固めており、周囲の魔物達もジャミール達によって次々と殲滅されていく。
ジェズが使った概念武装は既に自壊しており、それを使っていたジェズも完全に魔力切れである。
「……えぇ、大丈夫です。魔力が切れただけですから」
ジェズに模造品の概念武装を渡した頭のおかしい錬金術師曰く「たぶん魔力吸われるだけだから。検証してないし出来ないから実際のところは分からんが。大丈夫大丈夫。たぶん」とのこと。
これまでにもここぞと言う時に(偽)概念武装を数度使ってきたジェズではあったが絶対に魔力以外の何かよく分からないものも吸われている気がしていた。
疲労感と言うか倦怠感と言うべきか、なんにせよ尋常では無い消耗の仕方をするのだ。
ただいずれにせよジェズの活躍によりオークキングは討たれ、魔物達も次々と片付けられていく。今この瞬間タッシュマン王国陣営にとっては時間こそが最も価値がある。
それをわかっていたからこそジェズもここで奥の手を使ったのだ。
そんなジェズの様子を気にかけながら先程からレネ姫が心配そうにしている。リリーなんぞは心配そうにする彼女を見て、レネもやればできるじゃ無いかと内心でレネを揶揄いつつ「そこで押せ!今がチャンスだ!」と表情には全く出さずに見守っていた。
「休めば回復するのか?」
「えぇ、半日から1日休めば問題ないです。なので早く進みましょう」
ジェズもへにゃへにゃになっているが表情や雰囲気などは割といつも通りだったため、彼の自己申告を聞いてほっとするレネや周囲の面々。
ほぼ同じタイミングで敵の殲滅が完了した事から少し場所を移して一時の休憩に入る1000騎。
レネやジャミールが第78戦時混成軍団の面々に声をかけて周りの被害や損耗などの状況確認を進めていた。
各々が馬を降り体をほぐしたり軽食を取ったり装備や馬を確認している中、ジェズも馬を降りて人の輪から少し離れたところでへたり込んでぼーっと周囲を眺めていると。
「調子がおかしいのはどこなの?」
何気ない風を装いながらも隣にエリンが腰掛けてきた。
「ん?なんの話だ?」
「……そう言うの良いから。どこか調子がおかしいんでしょ?それぐらいは見たらわかるよ」
さすがに長い付き合いのエリンの目は誤魔化せなかったらしい。元々エリンは治癒魔法が使える事から人の体調変化に気づく方であったが、昔から特にジェズの隠し事には鋭かった。
諦めたように息を吐いたジェズは
「右手の感覚が少しおかしい。あれだ、ペンの使いすぎで腱鞘炎だな」
「バカな事言ってないで早く手を出して」
とエリンに嗜められながら右手をひらひらさせて差し出す。その手を両手で捕まえて確認するエリン。しばらくそのままにしていると
「……確かに魔力の流れが乱れてる。治すよ?」
そう言って治癒魔法を発動した。魔力の流れを整えて回復を促すような形での治癒。少しするとジェズも右手の違和感が消えていく事を感じた。
「おぉ。さすがエリン。なんかもう元に戻ったわ」
「はいはい、相変わらず調子が良いよね。というか変に隠さずちゃんと言いなさいよ」
と若干怒ったような表情でジェズを諭す。
「それにあの概念武装、どうせヴィクターが作ったやつでしょ?もう使うなって前に私言ったよね?」
ヴィクター・アルケミス。錬金術師の名門、アルケミス家直系にして異端児。ジェズやエリンの王立学園時代の同級生にして錬金術師の変人だ。
基本的に自堕落で頭がおかしい酒乱だが、錬金術師としての才能は超一流という典型的に世間が持て余すタイプの天才である。
なお人間としては良い奴というか面白い奴なので友人は意外と多い。謎に魅力がある人物だった。もちろんジェズも非常に仲が良い。
ジェズとヴィクターの組み合わせは王立学園内でも問題児コンビとして認知されており、その当時からエリンはヴィクターに対してやや冷たかった。
それはひとまず置いておくとしてもヴィクターは卒業後には順当にアカデミーへ就職したものの上司と喧嘩した事をきっかけに仕事をさっさと辞める。
そのまま王都からふらっとどこかに消え、しばらくぷらぷらした後に現在は地方都市アルカナディアで自分の店を構えていた。
金儲けの才覚もなく生きるにも困っているのかと思いきや、(偽)概念武装なんかのとんでも商品を思いついたように稀に作り出すためジェズや少数の顧客からそれなり以上の対価を得て生活している。
そんなヴィクターの話はともかく彼が創り出す品々はヴィクター自身も効果や副作用がわかっていないものも多く、エリンはできればジェズにそんな代物を使って欲しくなかったという次第である。
そういった背景も理解しているからこそジェズも素直に謝った。
「悪かったよ。ただ今はこれが最善だったと思うから許してくれ」
「……私もそれはわかってるけど。心配になることは覚えておいてほしい」
「あぁ、分かってるよ。心配かけてごめん」
周囲からの注意が向けられていない事を確認したエリンはそのまま並んで座るジェズの肩にそっと頭を乗せた。エリンの予想外の行動にジェズは驚き一瞬体をびくりとさせるが、特に言及もリアクションもせず静かな時間が流れる。
しばらくそうした後にエリンは何事もなかったかのようにさっと立ち上がると、
「よし、じゃあこのまま頑張ろう」
とジェズに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます