第38話

時間は少し戻りファティマがセレナ達との合流に成功する少し前。ジェズやレネ達がグレイシアンを出立してから2日が過ぎる頃。


ジャミールを先頭にした第78戦時混成軍団の1000騎はひたすらにバスティオナ〜コハネ間の街道を目標に駆けていた。


バスティオナからの使者の報告をもとに第9軍団残存兵の位置や、第7軍団第2連隊および第10軍団の行軍スピードを考慮しておおよその合流ポイントを予測。


さらにジャミールはアルファズ隊の面々を10個の10人隊に分けて各所に斥候のように先駆けさせる事で情報収集しつつ最速の行軍を実現していた。


夜間も普段の行軍よりも短い時間の休息に留めることで第9軍団との合流を最優先にする。


道中では何度か魔物軍の連絡係や斥候と思しき集団と遭遇したもののそれを一掃。まさに鎧袖一触といった様相で突き進んでいく。


どうやら魔物軍側もバスティオナとグレイシアンの同時攻略のために簡単な連絡網を構築していたようだが、それらの尽くをアルファズ隊の面々が潰していった。


グレイシアンでの会戦で撃ち漏らしていた敵や逃げ出したと思しき魔物の集団もいくつか発見されるが、ソフィア達のチャリオット隊によって遠距離から魔法攻撃を受け殲滅される。


まさに荒ぶる龍が無人の荒野を行くが如くの行軍となっていた。


・ ・ ・


日中。グレイシアンから目標ポイントへの距離の3/4程を超えた段階で地勢の見通しが悪くなってくる。さらにたまに現れる魔物の行動に意図的なものを感じたジャミールはスピードを落とさないままに指示を出す。


「敵の伏兵に気をつけろよ!目標ポイントまではあと1日程度だ!!」


ジャミールに騎馬隊の指揮を任せていたレネやリリー、ジェズやエリン、ソフィアやクララといった面々も警戒体制に入ると


「……いたぞ!」


案の定と言うべきか、開けた道を駆ける彼らを奇襲できそうな位置どりで魔物軍を発見。遭遇までにはまだ時間はありそうだが魔物側も伏兵がバレたことに気付いたようで彼らの進路を防ぐようにわらわらと出てくる。その中に


「……おいおいマジかよ。ここにオークキングって」


ジャミール達の目の前に立ち塞がるのはオークキング。魔物の数自体は少ないものの、オークキングを筆頭に少数精鋭な部隊を配置していたらしい。


オークエンペラーは今回のバスティオナ、グレイシアンの同時攻略においてそれぞれの都市に向けてオークキングを派兵していたが、それらをつなぐポイントにも別のオークキングを配置。


グレイシアン側でのトンネル作戦が失敗した段階でオークエンペラー自身はバスティオナ攻略に注力する事に決め、保険としてグレイシアンからバスティオナに向かう経路をオークキングに抑えさせていた。


そのような事情を知らないジャミール達は目の前に現れたオークキングに対してどう動くかを考える。


こちらは1000騎の騎馬。対する魔物軍はオークキングに率いられた数千体。数自体は時間をかければ問題にはならないがとにかくオークキングが厄介だ。


それに仮に相手を倒せたとしても時間も体力も持っていかれる。第9軍団と合流してからの事を考えてもレネ姫達の戦略級魔法は温存したい。


ジャミールが悩む間にもどんどんと敵は近づいてくる。騎馬隊の行軍の指揮はジャミールの判断に任せていたレネだったが、さすがにそろそろ決めないと悪手だなと思った彼女が口を挟もうとするが


「ジャミール、俺がやろう」


悩むジャミールの横。爆速で駆ける馬の上で器用に上半身のストレッチを始めた文官(副将)が真剣な表情で声をかけた。


「は?お前は何を言ってるんだ」


ジェズの発言を聞いたジャミールのリアクションを責める者はいない。と言うか周囲の者達はほぼ同様なリアクションである。


ただしレネ姫はキラッキラな笑顔でジェズを興味深そうに観察しており、そんな姫を見てリリーも内心で頑張れレネちゃんと応援し、エリンはやっぱジェズはどこか頭がおかしいと遠い目をしていた。


そんな周囲のリアクションを全てスルーしてジェズは続ける。


「ここは急ぐだろ?俺も奥の手を使う」


「奥の手?オークキングを殺れるのか?」


「あぁ、まかせろ。その代わり他の奴らを抑えておいてくれ。タイマンでぶっ飛ばしてくる」


これまでの戦いでは味方の援軍が見込めた事やタイミング的に自分一人が無理をする状況ではなかったために取っておいた切り札。それをここで使う事をジェズは決めた。


「概念武装を使う」


「なっ!?お前そんなもんまで持ってるのかよ!?」


「模造品だけどな」


その一言を聞いたジャミールはそれだけでジェズの切り札がオークキングを倒しうる事を理解した。しかし。


「オークエンペラーの討伐用に取っておいた方が良く無いか?」


「それは俺も考えたけど結局間に合わなかったら本末転倒だろ?それに第10軍団のセレナ軍団長も来てるだろうし。彼女とレネ姫がいればなんとかなるだろ」


・ ・ ・


眼前に魔物軍が迫る中、ジャミール達は勢いを殺さずに敵軍に突っ込んでいく。ただし騎馬突撃の流れを調整しつつオークキングを孤立させるように魔物軍を削る。


ジャミールが、ソフィアやクララが援護をし、そしてレネやリリー、エリンがオークキングまでの道を整える。騎馬突撃の勢いを活かして魔物達を蹂躙していくジャミール達。そして。


オークキングが孤立した瞬間を狙ってジェズが吶喊。


騎乗したままスピードを落とさずに突撃する。あれ?今回は騎馬から降りるつもりがないのか?とアルファズ隊の面々が不思議に思ったところで。


ジェズは官服の懐を馬上でゴソゴソすると一本のペンを取り出した。


え、ここでペン?なぜペン?ジェズの方を時折確認していた第78戦時混成軍団の面々が一瞬混乱する。


「知識の淵より湧き出る力、言葉の結晶よ、我が手中に集え」


ペンを取り出したジェズは馬の勢いを落とさないままそのペンに一気に魔力を込める。光り輝き始めるペン。……光り輝くペン?


「古の語り部たちが遺した智慧を、今、ここに宿せ」


概念武装。それは特定の概念を実現するために古の錬金術師達によって生み出されたアーティファクトである。ジェズが使うのはその模造品。


「ペンを執るは剣を超える行為、静かなるインクが世界を変える嵐を呼ぶ」


ジェズの学生時代からの腐れ縁である頭がおかしい錬金術師がジェズのために作ってくれた特注品だ。なお一度使うと壊れる。


「我が思念を形に変え、理想を現実に映し出す鏡となれ」


そしてこれを作るのには大量の貴重な素材と長い時間が必要である。そこそこ小金持ちのジェズでも何本も用意できるものでは無い。そもそも素材的に金があってもできるようなものでも無い。


「『ペンは剣より強い』、この不変の真理に基づき言葉の力を解き放ち、その姿をこの世に顕現せよ!」


一際強い光がペンから放たれると


「さあ、想いよ届け、思索の果てにある答えをこの世界に示せ!概念武装起動。ペンは剣より強いジャバウォック


ペンを握っていたはずの文官の手には身の丈を遥かに超えるハルバード(ペン)が握られていた。元はペンだった事を想起させるようなシンプルな装飾のハルバード(ペン)である。


その感触を確認したジェズは馬のスピードをさらに上げ、ハルバードを縦横無尽に振り回しながらオークキングに突っ込んでいく。


概念武装、ペンは剣より強いジャバウォック


それが象徴する概念は文字通りの“強さの逆転”。


「うぉおおおおおおおお!!!!」「グルァアアアアアアア!!!!」


オークキングが振りかぶった大剣とジェズがぶん回したハルバードが甲高い金属音を立てて激しくぶつかり合う。


打ち合うこと数合、ジェズが振るうハルバードが一振り毎にひび割れていき、オークキングが怒涛の勢いで反撃。


オークキングも伊達ではない。第78戦時混成軍団の面々が固唾を飲んで見守る中、ついに一瞬拮抗する二つの刃だったが、


「はぁああああああああ!!!!」


ジェズの体から目に見えるほどの濃度となった魔力の光が放出されると、ハルバード(ペン)が容易くオークキングの大剣を切り裂き


「らぁああああああああ!!!」


返す刀でそのままの勢いを利用したジェズがオークキングの首を切り飛ばす。


さらに数度ハルバードを振り回して敵の体を切り刻むと同時、ジェズが握るハルバードに致命的なヒビが入りそのまま崩壊した。


魔物も人も驚きのあまり動きを止める中。あんまりな展開に少し離れた場所から様子を確認していたジャミールが呆けたように呟く。


「……さすがにそれは無いわ」


なお読者の皆様はお気づきだっただろうか?このペン、第1話から何度か登場している事に。

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