第37話

「全軍、出過ぎるなよ!」


バスティオナ〜コハネ間の街道に作られた野戦陣地中央にて第10軍団軍団長のセレナ・カスティロが指揮を取る。


疲労が目立つ第9軍団残存兵や第7軍団第2連隊の面々を積極的に休ませつつ、第10軍団を中心とした遅滞戦術が実行されていく。


第10軍団と第7・第9軍団が合流した翌日。この日も朝から魔物軍の大軍から散発的な攻撃が加えられたものの人類側は野戦陣地を拠点にした防衛戦を展開。


双方が距離を保ったまま魔法や弓の遠距離攻撃でやり合う時間が続いた。陣地に近づきすぎた敵は折を見てセレナが騎馬隊を率いて蹴散らす事があったものの大規模な衝突には至らない。


第9軍団暫定軍団長のマリアはこの時間を使って指揮命令系統が崩壊していた第9軍団の統制を立て直していた。


平常時と比較して圧倒的に人数が減ったと言っても流石に一つの連隊以上の人数は残っているためその作業は困難である。しかし反攻のタイミングで全力を出すためにも欠かす事ができない作業だった。


第7軍団第2連隊のイーサンは手勢を多数の小回りが効く部隊に分けて戦場周辺の索敵を担当していた。イーサン自身も野戦陣地を出てその周辺や敵勢力圏のギリギリ外から威力偵察を何度か行っていたがオークエンペラーを見つける事ができていない。


そしてそのまま夜を迎える。煌々と燃える松明で照らされる野戦陣地。夜間になっても敵の動きは散発的なままではあるが、何度か大規模な動きを見せようとしてこちらの隙を窺っている様子がわかる。


なんとも小賢しい敵だなとセレナ達が呆れながらも警戒を解くわけにもいかずピリピリとした状態が続いていた。


今日はグレイシアンからの援軍は辿り着かず。いよいよ明日が一つのターニングポイントだと考えながらセレナが司令部で地図をじっと見つめているとマリアがテントに入ってきた。


「マリアか?どうした?」


「第9軍団の再編が先ほど完了しました。戦えるのは2000名。一個連隊強ですね。せっかくエリオット軍団長がみんなを逃してくれたのに私は……」


悔しそうに悔恨の言葉を吐き出すマリア。ここまで怒涛の1週間。自分なりにベストを尽くしたはずではあるのだが、それでも「あの時こうしていれば」という後悔が拭えない。


周囲にセレナ以外の者がいなかったことからこぼれ落ちるように溢れるマリアの悔恨。その様子を見たセレナは黙って席を立つとマリアをそっと抱きしめた。


「お前は良くやったよ。この状況下で非戦闘員にほとんど犠牲を出さずにコハネまで送り届けた。それだけで尋常な戦果じゃない。それに私たちも間に合った。だから、胸を張れマリア・ヴァレンティ。今はお前が軍団長だ」


最後にマリアの背中をぽんぽんと叩いたセレナは彼女からそっと離れると、改めて気合を入れるかのようにマリアの背中をバシッと軽く叩く。


「エリオットからお前の名前は聞いていたよ。いずれ俺の後を継ぐのはマリアだってな。だから前を向け」


その言葉を聞いたマリアがハッと顔を上げる。マリアを真正面から見つめたセレナは言葉を続けた。


「私たち軍団長はこの国の武の象徴だ。私たち軍団長こそが力だ。私たち軍団長こそが民を守り国の盾となり、そして兵達に希望を与えるものだ。だから」


セレナは少し言葉を区切ると、力を込めて。


「私達が下を向く事は許されない」


厳しくも優しいセレナの言葉を聞いていたマリアはしばらく目を瞑り一つ息を吐くと。


「ありがとうございますセレナ様。私も全力を尽くします」


改めて全てを背負う覚悟を決めた者の表情をしていた。


「それで良い。軍団長同士引き続きよろしく頼むぞ」


その覚悟を見たセレナは微笑むと、マリアと固い握手を交わした。


・ ・ ・


イーサン率いる第7軍団第2連隊は夜間になっても隊を入れ替えつつの周囲の索敵を継続していた。


敵軍が街道付近からばらばらに散らばらないように適宜圧力をかけつつもオークエンペラーを探す。


重要かつ繊細な作業を続けるイーサン達であったが目立った成果を上げることができておらず焦ったい時間が続く。


そして夜も深まった頃。グレイシアン方面から馬がかけてくる音が聞こえた。索敵に出していた一つの部隊が戻ってきたのだろう。防衛線を守る寝ずの番の兵士たちと共に野戦陣地内を歩いていたイーサンはそう判断するが


「…!?馬蹄の音が多いな!」


10騎程度で各方面に出していた偵察隊にしてはその数が多いように聞こえる。はやる鼓動を抑えて駆けてくる騎馬を迎えに行くと。


「ファティマか!!」「イーサン連隊長!!」


ついにグレイシアンからの援軍の先触れがたどり着いた。


・ ・ ・


ファティマを陣内に迎え入れたイーサンはすぐさまセレナやマリア達に報告。野戦陣地内に設置された臨時司令部へ案内する。


「グレイシアン方面から来ました、旧第7軍団第1連隊アルファズ隊所属のファティマ・カズミです」


セレナは賭けに勝った。ファティマの言葉を聞きぐっと拳を握るセレナやマリア達。レネからの親書を手渡されたセレナはそれを読み終えるとマリアやイーサン達にも渡す。


その親書に書かれた内容とファティマからの補足説明により、レネがグレイシアンにてロイヤルオーダー11を宣言した事、1000騎の手勢を率いてすぐ近くまできている事、目の前のファティマは本隊に先行する形で最速でここまでやってきた事などが分かった。


ロイヤルオーダー11の宣言を聞いたセレナ・カスティロはその場で略式の礼をとり、レネ率いる第78戦時混成軍団への参加を宣誓。同様に第9軍団暫定軍団長のマリア・ヴァレンティ、第7軍団第2連隊長のイーサン・モリスも宣誓を行なった。


これにて第7、8、9、10の四つの軍団がレネの指揮下に入ることとなる。


とはいえコハネの守りに一つ、グレイシアンの守りに二つの連隊をおき、さらに第9軍団は損耗率が5割を超える。


そのため実際に動かせる戦力は1万と少しであり実質的にはほぼ2個軍団程度の戦力ではあったのだが。しかしこの戦力であれば仮に消耗戦になったとしても敵の大軍は間違いなく狩り尽くせる。あとはオークエンペラーをどう始末するかだけだった。


さらにレネ率いる第78戦時混成軍団の具体的な構成や指揮官の名前をファティマから聞いたセレナは


「なんだ、副将はジェズがやってるのか?あのバカはやっとやる気を出したと言うことか。……諸君、フィナーレは遠くないぞ」


第10軍団軍団長セレナ・カスティロは獰猛な笑みを浮かべると力強く宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る