第36話
「なに?エリオットが死んだ?」
ついに参戦した第10軍団の騎兵突撃により魔物軍の進軍が停止したその日の夜。バスティオナからコハネに続く街道に構築された野戦陣地のテント内で軍議が行われていた。
日中の戦いで敵の大軍に強襲をかけた第10軍団の突撃騎兵隊が敵陣真っ只中を突っ切るようにして突破。
この突撃と敵兵力の分断により生じた混乱に対して第10軍団の歩兵部隊、および第7、第9軍団が一斉に魔法攻撃を掃射。
これにより敵軍の前線は一時的に完全に混乱状態となる。さらに敵陣真っ只中を横切ったセレナ率いる騎馬隊が再度の突撃をかけることで魔物軍の進軍は完全に停止。
この隙にタッシュマン王国側はコハネ方面に整然と退却。あらかじめ第10軍団が構築していた野戦陣地に軍を収容する事に成功する。
そして夜の軍議に至る。この軍議には第9軍団暫定軍団長のマリア・ヴァレンティ、第7軍団第2連隊長のイーサン・モリス。そして第10軍団軍団長のセレナ・カスティロをはじめとする高級将校達が参加。
セレナはこの場でマリアからここ1週間ほどの詳細な状況説明を受け、エリオットの戦死に衝撃を受けていた。
「はい。エリオット軍団長はオークキングを討ち取った後、オークエンペラーとの戦いで討ち死にしたと報告を受けています。その際にオークエンペラーの片腕と武器を破壊したと」
マリアが再度詳細な説明をするとセレナは深く息を吐き黙祷を捧げた。その様子を見て同じように黙祷を捧げる高級将校達。
そしてしばらくののち、表情を引き締めたセレナは目を開くと居並ぶ諸将達を強い目線で見据え、
「哀しむのは後にしよう。エリオットが作ったこの時間。無駄にはできない」
今後の方針を討議していく。現在の問題は大きく分けて3つあった。
一つ目は敵の進軍をコハネ付近まで許したこと。このままでは敵の大軍がタッシュマン王国内深くまで侵入する危険性がある。現時点では敵軍は街道の地形の関係もあり比較的まとまって行動をしているが、これ以上の侵入を許せば掃討作戦も大変になる。
二つ目は敵軍の数。現状、第7、9、10軍団の三軍団が揃ったとはいえその兵力は約8500人。対して敵軍の数はおよそ9万。地の利を踏まえてもギリギリイーブンな戦力比である。
勝てる可能性は高いがこのまま戦えばどちらの軍も消耗戦が強いられる。セレナの戦略級魔法を使う事ができればこの程度の差は問題ないのだが。
ここで三つ目の問題であるオークエンペラーが課題となる。エリオット決死隊のアレックスがその姿を確認したのち、オークエンペラーの所在がわからなくなっているのだ。
仮にセレナが戦略級魔法を使用して敵の大半を殲滅する事ができたとしても、魔力を使い切ったセレナや第10軍団がオークエンペラーの奇襲を受けて壊滅する事にでもなればそれこそ次は無い。
普段の魔物軍への対応であればここまで考える必要がない場合がほとんどだが、これまでの報告から考えるに今回出現したオークエンペラーはこの手の搦手を使ってくる可能性が高い。
それを考えると気軽に戦略級魔法を使うわけにもいかない。とにかく隙を見せられない相手なのだ。
戦略級魔法さえ使える状況になれば眼前の魔物の大軍など半日で殺し尽くしてやるのに、と若干イライラしながらもセレナは考える。
しかし、
「……一手足りないか」
どうシミュレーションしても現状の戦力や配置では敵の大軍を抑えつつオークエンペラーを討つ方法や、逆に敵軍を殲滅してからオークエンペラーを討つ方法が出てこない。
軍議に参加しているマリア、イーサンやその他の面々も色々と案を出すがその尽くが一手足りない。このままでは明日も敵の大軍と正面から戦う事になり消耗戦が続く事になる。
コハネに最後に残っている第7軍団第3連隊を呼ぶ事も考えたセレナだったが、流石に南方中核都市であるコハネを完全に空にするわけにもいかないだろう。
しかも敵の別動隊などもありうる状況下。さてどうしたものかと考えていたセレナは結局、
「グレイシアンにも連絡を送ってるんだよな?」
とマリアやアレックスに再度確認する。彼らが頷く様子を確認したセレナは、
「であればレネを待つしか無いか。最速だと明日の夕方頃には到着するか?」
バスティオナ、グレイシアン、そして現在セレナ達が展開している地の位置関係を考える。エリオット決死隊に参加してからグレイシアン方面に離脱した使者がグレイシアンに急報を届け、そしてレネが部隊を迅速に展開して騎馬隊だけでも先行させていれば明日から明後日にかけてこの近辺にまでたどり着くはず。
非常に不確定要素が多いもののレネに対する信頼と、第10軍団は参戦したばかりで調子が未だ万全でありしばらく持ち堪えられることからセレナは決断した。
「明後日まではこの野戦陣地で粘ろう。オークエンペラーの索敵を続けつつ、可能な限り消耗戦は避けて遅滞戦術で時間を稼ぐ。仮に明後日まで待ってもグレイシアン方面から援軍が来ない場合は別の手段を考える」
マリアやイーサンもその方針に賛成し、戦いはいっときスローペースとなる。人はこれを嵐の前の静けさという。
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