第35話

「非戦闘員はそのままコハネに進ませろ!第9軍団も後方に下がって休め!まずは俺たちがここでしばらく時間を稼ぐ!!」


満身創痍な第9軍団と合流を果たした第7軍団第2連隊のイーサン・モリスは迅速に指示を出していく。


第9軍団暫定団長のマリア・ヴァレンティからこれまでの経緯と敵の正確な戦力を把握した彼は非戦闘員や満身創痍の味方を後方に下げつつ、敵主力の攻勢をなんとか捌くという非常に難易度が高い対応を求められていた。


合流初日は街道沿いに構築していた簡易陣地群を利用しつつ敵の突撃の気勢を削ぐ事に成功。敵本体がまだ動いていない事もあり大きな被害もなくうまい具合に撤退しつつの作戦行動を進めていた。


さらに2日目には一部の護衛および第9軍団の負傷兵達をつけてコハネに送った非戦闘員達が完全に戦闘圏内から離脱する事に成功。


これで非戦闘員を守りながらの作戦行動ではなく、単なる兵力差による劣勢にまで状況が改善される。それでも普通の戦であれば非常に厳しい状況である事には変わりないが。


この段階で第7軍団第2連隊1400名、および第9軍団の戦闘可能な2000名を合わせて3400名程度の正規兵のみでの撤退戦となる。一方で敵軍の総数はおよそ9万体前後。エリオットや第9軍団のこれまでの活躍により概算で敵側も1割以上の被害が出ている見立てだった。


敵の圧力を受けつつも地形や簡易陣地を活かしてジリジリと撤退戦を続けていくイーサンとマリア。


イーサンの予想では後詰めとして王都から派兵されてきた第10軍団が迅速にコハネから出撃していた場合にはあと数日で合流できるはず。


さらに状況は不明瞭だが第9軍団のエリオット決死隊の生き残りの情報によるとグレイシアンにも応援を求めていることから、場合によっては後数日でレネ姫達も援軍に来るかもしれない。


なおこの段階ではイーサン達は知る由もないがレネ姫達が急報を受けてまさにこのタイミングでグレイシアンから出撃していた。全てのタイミングが噛み合いつつあったのだ。


第10軍団5000名、第7・9軍団混成部隊3400名、そしてグレイシアンからの援軍が間に合えば数で見ても劣勢は覆る。


か細い希望の糸を手繰り寄せるようにイーサンは繊細な用兵を根気強く、粘り強く続けていく事になる。


・ ・ ・


それからさらに2日。援軍として入ったはずの第7軍団第2連隊も退却しながらの大軍の相手をし続けた事で損耗が大きくなってきている。


第9軍団の兵に至っては約1週間にも渡る撤退戦となっており、これを率いるマリア・ヴァレンティも最早気力だけで指揮を取っている状況だった。


さらに悪い事に敵主力の進軍も再開しているようで、敵の圧力もどんどんと強くなってきている。


コハネまでも後数日というところまでなんとか粘ってきたがいよいよ限界が近いと非常に強い危機感を感じていたイーサンとマリア。


敵主力部隊がもう何度目になるかわからない突撃体勢を取る中、イーサンがそろそろ自分も腹を括る必要があるかと思ったまさにその瞬間。


バスティオナからコハネへ至る主要街道を撤退し続けてきた彼らから見て右手側。バスティオナ方面から見ると高低差でやや見通しが悪くなる、主要街道につながる副線から


「全軍、突撃!!!!」


突如、騎馬隊が敵の大軍に襲いかかる。掲げる軍団旗は漆黒。イーサンやマリアの周囲から一気に歓声が上がる。


「第10軍団だ!!!!」


敵軍に強襲をかけた騎馬隊が暴れ回る中、第7・第9軍団の後方、コハネ方面からも歩兵部隊が整然と進軍してくる様子が確認できた。


それを見たイーサンやマリアは安心感からその場に崩れ落ちそうになりながらも第10軍団との連携のために動き出す。


・ ・ ・


漆黒の騎馬隊は敵本体に強烈な横撃を喰らわせるとそのまま敵陣を切り裂くように突き進む。


第10軍団。普段は第1軍団と共に王都に駐留する遊撃部隊だ。


タッシュマン王国においては第2、3、4軍団が北方を、第5、6軍団が東方を、そして第7、8、9軍団が南方をそれぞれ守る。第1軍団は王都の守護を担当。なおこれらの軍団とは別に王を守る近衛軍団が存在する。


そして第10軍団は王都を拠点にしているものの、遊撃というその性質上常にどこかの戦場に立っている軍団だ。魔物領域へ逆侵攻をかける際に先陣を切るのも彼らである。要するに、強い。


軍団長個人の武勇や地勢、特殊な自然環境を踏まえた戦闘能力であれば第2軍団軍団長ジェラルド・ノーマンが最強の名を欲しいままにしている。


しかし軍団としての汎用性や打撃力、展開力は第10軍団が勝る。言うなれば海兵隊のような位置付けが第10軍団だ。


そして第10軍団が誇る突撃騎馬隊の先頭で豪奢な大剣を振り回して魔物の大軍を切り裂いていくのが


「前進せよ!敵を粉砕し王国の栄光のために戦え!恐怖を知らず突き進め!私に続け!!」


第10軍団軍団長 セレナ・カスティロ。30代前半でありながら王家に連なるカスティロ公爵家の若き当主を務めており、血縁としてもレネ・タッシュマンの従姉妹に当たる。


このセレナ・カスティロ。幼き日のレネにとって“憧れのお姉さん”であり、レネが軍団長になる際にはその心構えを説いたレネにとって師匠のような人物だ。


タッシュマン王国最強の一角がついにこの南方大騒乱の舞台に上がり役者が揃う。

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