第34話
自身を貫く禍々しい剣。そして背後に立つオークエンペラー。
その表情はしてやったりという所か。オークキングを前面に押し出し絡め手を使う。そして自身は身を潜めて強敵の隙を見つけて背後から不意を突く。
なんとまぁ卑怯で姑息で小物感溢れる敵なのだろうか。しかし性根に反してその身に宿るのは圧倒的な暴力。最高にタチが悪いタイプの魔物の皇だった。
この敵はまずい。薄れゆく意識を奮い立たせたエリオット・クレインは最期の力を振り絞り胸を貫く剣をありったけの力で掴む。
この間わずか数秒。
ここまで慎重に慎重な行動を重ねてきたオークエンペラーは邪魔な敵将を討ち取った事でほんのわずかに気を緩めていた。
その気の緩みを見逃すようではタッシュマン王国の軍団長は務まらない。
「…お前は軍団長を舐めすぎだ」
吐血しながらも敵の剣を握り締め、不屈の闘志を燃やして
「最期に喰らっとけ。
急激な魔力の高まりを感じたオークエンペラーが身の危険を感じエリオットから剣を引き抜き離脱しようとするが、
「!?」
もはや瀕死のはずのエリオットが掴んだ剣を離さない。それに気づいたオークエンペラーは剣を捨てて逃げようとして。
「遅せぇよ」
まるで心臓の鼓動が脈打つように強い魔力の波動がエリオットから放たれると同時。彼を中心に眩い光が放たれ、オークエンペラーを巻き込んで局所的に圧倒的な爆発が発生した。
・ ・ ・
戦場全体に轟くような爆音が響き渡りエリオットがいた場所を中心にして煙が立ち込める。
しばらくして煙が晴れると。そこには剣と片腕を失ったオークエンペラーがボロボロな状態ながらもしっかりとその足で立っていた。しかしどうやら回復に専念しているようで動く気配が無い。
その様子を少し離れた場所から確認したアレックス・モリソンは即座にこの場からの離脱を決意。
元々はこの場で死ぬまで敵軍の足止めを行いエリオットに続くつもりだった。しかしこの場で死ぬよりもあのオークエンペラーの存在を友軍に伝えることが重要だと判断。
『終焉者の献身』によりオークキングを討ち、そしてまさに今、オークエンペラーに傷を負わせて旅立ったエリオットの勇姿を後世に伝えるためにもこの場で死ねない理由ができた。
「全軍退却!!二手に別れるぞ!!私はマリアを追いかける!マイケル、お前はグレイシアン方面へ頼む!!」
こうしてアレックスはマリア率いる第9軍団、および2日後に合流することとなる第7軍団第2連隊にオークエンペラーの存在を伝える事に成功。
マイケル達もその数を減らしながらもなんとか魔物軍の追撃を振り切り、4日後に満身創痍でグレイシアンへ辿り着く。
エリオット含めて500人で10万の大軍に立ち向かった勇士達。彼らは戦力比200倍にもなる敵の大軍を約半日足止めし千金の価値ある「時間」を作る事に成功。
軍団長エリオット・クレインはオークキングを討ち取り、さらにオークエンペラーの武器と片腕を持ってヴァルハラへ旅立った。
城塞都市バスティオナを失った事は痛恨の極みではあるが、それを挽回する以上の戦果を出したと言って良い。
しかし勇猛果敢に挑んだ500名のうち、無事に戦場を離脱した兵士は僅か17名。
彼ら17名が満身創痍になりながらもマリアやグレイシアン方面に情報を伝えたからこそ、この後に人類側が迅速に対応する事ができた。彼ら第9軍団の勇士達が果たした役割はあまりにも大きい。
・ ・ ・
マリア達がバスティオナから離脱して2日が経過した。
アレックス達とはつい先程再合流を果たしており、マリアはエリオットの最期とオークエンペラーの存在をアレックスから聞かされていた。
エリオットの戦死を聞かされたマリア・ヴァレンティはしばらく黙祷を捧げると、その後初めて自らの意志で覚悟を決めて「第9軍団暫定団長」を名乗るようになる。
エリオットの活躍により傷ついたオークエンペラーは回復のため活動をしばらく停止。
それに伴い魔物軍は大規模侵攻を停止しており、一部の足が速い個体たちが散発的に追撃してくるにとどまっていた。
しかし一部とはいえ10万に迫ろうかという大軍の一部であり、数百数千といった数になる。
非戦闘員を抱えたまま退却戦を続ける第9軍団にとって非常に不利な状況である事には変わらず、バスティオナを離脱して僅か2日で戦闘可能な人員は3000名を割っていた。
元々第9軍団が5000人編成である事を考えるとその損耗率は4割を超える。
なんとかアレックス達も合流し正確な情報を得られたとはいえ避難民の限界も近い。そろそろまずいか、とマリアが内心を押し隠し悩んでいると前方から歓声が上がる。
「第7軍団だ!!!」
コハネを出立し約10日かけて城塞都市バスティオナへ向かっていた第7軍団第2連隊とついに合流を果たす。
この連隊を率いるのはイーサン・モリス。第7軍団軍団長レネ・タッシュマンから別動隊を任されるだけの俊英だ。
彼の連隊にはアルファズ隊ほどの機動部隊は存在しないが、代わりに少人数の斥候を各所に放ちながら進軍してきていたためバスティオナ方面がまずい状況になっている事は概ね把握していた。
そのため彼は街道沿いに急拵えで簡易陣地を複数箇所構築しつつ進んできており、やっと第9軍団と合流を果たす事ができた状態である。無策で進軍し、国内の至る所に魔物が散らばるのを防ぐための処置を優先していた。
なおほぼ同じタイミングで、グレイシアン方面ではジェズ達はまだ山を崩したりグレイシアンへの入城を試みている段階である。
この翌日にグレイシアンではレネ姫達が戦略級魔法をぶっ放し、そしてさらに翌日にバスティオナの状況を知ることとなる。
こうして着々と人類側の反攻に向けた準備が整いつつあった。
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