第33話

10万にも迫ろうかという敵の大軍と対峙してから数時間が経過した。


この戦力差で数時間保たせている事そのものが驚嘆に値するが、エリオット率いる500名の古強者達は1人、また1人と倒れていく。


街道入り口周辺という地の利を活かし、さらに魔物軍の指揮命令系統が弱い部分を優先的に狙う事でエリオット達は敵を分断しつつ可能な限り少ない敵と連続して戦う状態に持ち込めていた。


しかしこの戦法ももはや限界に近い。


ひしめき合う魔物達を掻き分けてついにオークキングが進み出てくる。今まではごった返す配下の魔物達に阻まれ、かつエリオット達がうまい具合にオークキングに遭遇しないように距離をとりながら戦いを進めてきていた。


「…そろそろメインディッシュか」


満身創痍、疲労困憊の状態でも戦場に凛と立ち軽口を叩くエリオット・クレイン。その姿をみて力を振り絞る歴戦の戦士達。


「アレックス、稼いだ時間としてはどう思う?」


「はい、最低限の時間は稼げているかと思いますよ。理想は丸一日の足止めですが流石にそれは働きすぎかと。残業手当が必要ですね」


アレックスの無駄な軽口に部隊から笑い声が上がる。全員がわかっているのだ。そろそろ自分たちの命運が尽きようとしている事を。それでも最後の一時まで自分達らしく。


「もちろんだ。手当は弾もう。おまけに勲章もくれてやる」


アレックスの無駄口に応えるエリオット。そしてその表情を引き締めると。


「オークキングを殺るぞ。あいつが居なければ追いつかれたとしてもマリア達ならなんとかできる」


・ ・ ・


魔物がひしめく戦場の中で何度も剣戟の音が響き渡る。


「はぁああああああああ!!!」「ガァアアアアアアアアアアア!!!」


エリオットがオークキングと剣を交え、隙をみてアレックス達が支援する。さらにその周囲も他の魔物の邪魔が入らないように部隊が連携する。


部隊の連携は完璧。エリオットも疲労があるとはいえ精神力が疲労を上回っている状態で動きも問題ない。むしろ集中力と身体強化魔法の重ねがけで過去最高のコンディションかもしれない。だが。


「…これでも届かんか」


オークキングが振り抜いた大剣により吹き飛ばされたエリオットはなんとか着地しながらもポツリと呟く。


別の戦場ではジェズが簡単に討ち取ったように見えるオークキングであるが、あれはレネ姫による戦略級魔法の貢献も大きい。かなり体力を削った後だからこその芸当だった。


「もう少し後にしたかったが仕方がないか」


本来であればもうしばらくは時間稼ぎのために生きていたかったが、それ以上にここでオークキングを完全に殺し切ることが重要と判断したエリオットは腹を括った。


「アレックス!すまんが後を任せた!!俺はここでオークキングを殺す!!」


支援のためにすぐそばで戦っていたアレックス達に向けてエリオットが叫ぶ。自分たちのボスが何をしようとしているのか理解したアレックス達は一瞬エリオットを止めようとするが、それ堪えて、


「ご武運を!!!…また会いましょう」


そう言ってエリオットやオークキングから急速に距離を取る。その様子を確認したエリオットは気さくな雰囲気で対峙するオークキングに声をかけた。


「待ってくれるなんて意外と気が利くじゃないか?」


エリオット達の様子を警戒したオークキングが結果として彼らのやり取りを待つような形になっていた。


「さて、オークキング。お前にはここで死んでもらう」


そういうと第9軍団軍団長エリオット・クレインの体の内から溢れんばかりの魔力の本流が解放される。その様子を見たオークキングはマズイと本能的に察するが時既に遅し。


「我が命を捧げる。血とともに最後の力をこの身に。終焉者としてのこの献身を力へと変えよ。我が肉体よ、最後の輝きを放て。絶望の中で希望の光となれ。『終焉者の献身』、今、その契約を完遂せよ!」


タッシュマン王国が誇る栄光の10人。国を守る軍団長達のみに許された秘伝の禁忌。彼らが持つ最後の切り札。


それこそが指定禁術魔法『終焉者の献身』。その詠唱や仕組みは王家によって秘匿されており、軍団長として任命された際に王より直接口伝される。


さらに契約魔法によりその詳細を語る事は禁じられており、仮に何らかの手段で情報が漏洩した場合は王国暗部により関係が疑われる全てのものが粛清される。


その文字通り最期の切り札をエリオットは切った。自身の血命を代償に莫大な魔力が生成される事を確認した彼は体の調子を確認すると


「!?」「ふっ!!!!」


オークキングが一瞬見失うほどの速さで一気に移動、魔力を込めた剣を振り抜きオークキングが大剣を持つ右腕を斬り飛ばした。


「グゥアアアアアアアアアアア!!!!」


痛みと怒りに絶叫するオークキング。がむしゃらにエリオットを殺そうと攻撃してくるが


「遅い」


その尽くを躱され逆に左腕を斬り飛ばされる。自分が狩られる側だということを理解したオークキングが背を向けて逃げようとするが、


「らぁっあああああ!!!!」


渾身の一撃によってその首が落ちた。「意外と呆気ないもんだな」と自身でも驚くほど冷静にオークキングにトドメを刺したエリオット。


しかし自身の体から急速な勢いで人間として無くしてはならないものが失われていく感覚を感じた彼は、それが尽きるまで縦横無尽に暴れ回る。


オークキングが討たれた事で恐慌状態に陥った魔物の群れの真ん中で命許す限り暴れ回るエリオット。その殺戮はエリオットの命が尽きるまで誰にも止められないのではと思われた頃。


「…げほっ」


突然の一撃。


鈍い音と共にエリオットの胸が凶々しい剣で貫かれた。口や傷口から溢れ出る血、霞む意識、失われる体温。振り返ったエリオットが目にしたのは


「…なるほど、オークエンペラーか。…これはついてない」

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