第32話
軍団長エリオット・クレイン率いる第9軍団の撤退戦は凄惨を極めることになる。
城砦都市バスティオナに駐在していた数万人の非戦闘員をたった5000人の第9軍団の人員で守りつつの逃避行。
城砦都市バスティオナ自体が人類生存圏の最前線都市ということもあり非戦闘員でも比較的若い人が多いとはいえ、城塞都市を放棄しての撤退戦はあまりにも厳しかった。
軍団員以外の冒険者や非戦闘員も武器を取りバスティオナ全体を挙げての文字通りの総力戦。しかも城砦都市を囲む10万にも及ぶ魔物軍の包囲網突破しつつ、城内から突然出現したオークキング率いる別動隊の相手もする。
どう考えても勝てる要素がない。そのためエリオットは早々に切り札の一つを切った。
オークキングの強襲に精兵で対処しつつ、なんとか非戦闘員を掻き集め全軍突撃体制で城外の敵包囲網を命からがら突破。この段階で第9軍団の損耗率は既に1割に届こうかという状態だった。
被害を度外視してなんとか城塞都市内から離脱し、城壁から少し離れたところで城塞都市の城壁に仕込まれていた設置型戦術級自爆魔法を発動することになる。
城砦都市バスティオナをなんとも言えない表情で振り返ったエリオットは未練を捨てるように首を振ると、最前線都市を任されている軍団長に許された権利を行使した。
「古の守護者よ、我らの盾よ。この結界に命じる。我が城壁が敵に犯されし時、その石一つ残らず、天へと帰れ。絶壁よ、砕け、そして敵を道連れに天に昇れ。域外魔法『絶壁爆砕の結界』、今、その力を解き放て!」
予め登録されていたエリオットの魔力が認証キーを通じて城壁内に埋め込まれていた爆発物に遠隔作用。
これと同時に轟音を立てて爆発するバスティオナ城壁。策が嵌り完全に戦勝ムードだった魔物軍に襲いかかる飛び交う石礫、燃え盛る業火によりバスティオナ周辺に展開していた魔物軍に大きな被害が出る。
タッシュマン王国のすべての最前線都市の城壁には同様の自爆魔法が仕込まれており、これは軍団長が己の判断で使用可能な切り札の一つ。
過去の歴史において城砦都市が魔物に墜とされた際、その拠点が魔物の巣窟になり人類側がそれを奪還するのに多大な犠牲を払った事を教訓に実施されている対策だ。
城塞都市を城砦都市たらしめている強固な城壁を崩してしまう事でその拠点の戦略的な価値をなくすと同時に敵軍へのダメージを与える。まさに自爆魔法である。
最終手段を早々に取る事になったエリオットではあったが、その威力は伊達ではなくこの隙に第9軍団および非戦闘員達はコハネ方面に向けて全速力で退却を開始。だが当然ではあるが敵も逃してくれるわけではない。
なんとか勢いでバスティオナを囲む敵包囲網を突破したエリオットは第9軍団の中から自身が率いる兵500と共に街道を守るように展開。自軍の仲間を逃す時間を稼ぐための盾となることを決意した。
「これより先の第9軍団、およびバスティオナ市民の指揮権はエリオット・クレインから第3連隊長マリア・ヴァレンティに移譲する!マリア、あとは頼んだぞ!」
鬼気迫るエリオットの宣言を聞いたマリアや第9軍団の面々は苦しみや悲しみ、悔しさを押し殺した表情で軍団長の意志を継ぐ。
マリアは全ての想いをぐっと飲み込み、
「エリオット軍団長!このマリア・ヴァレンティが必ずや市民達、そして第9軍団を無事にコハネまで送り届けます!…ご武運を!!」
城壁爆発の混乱状態から回復した敵の大軍が続々と迫る中、マリアは踵を返すとコハネ方面に向かって進んでいく。この段階でマリアが率いる事になる第9軍団は3500名程度となっていた。
「急げ!エリオット軍団長の想いを無駄にするな!」
・ ・ ・
「さて、行ったか」
自身が手塩にかけて育ててきた部下達が全ての想いを飲み込んだ上で気丈に振る舞い、行動すべきところで行動した。
その事実に嬉しさを感じつつやや感傷に浸っていたエリオットであったが、迫りくる敵の大軍を前にして気持ちを入れ替える。
ここに残る500名。もはや生きて帰る事は叶わない事はわかっているだろうに自身に付き従う古参兵達。
彼らをみて何かを言おうとしたエリオットを遮り副官のアレックスが声をかけた。
「エリオット軍団長、水臭い事は無しですよ」
アレックスの発言に全員が頷く。それをみたエリオットは驚いたように目を見開き、そして改めて腹を括った。自分は最後まで皆が思う理想の軍団長の姿を貫き通すと。
「ありがとう、アレックス。…さて諸君、バスティオナはもはや失われ、我らの眼前には10万にも迫ろうかという敵軍が迫る。対して我らは500名」
エリオットの檄を黙って聞く第9軍団の殿軍500名。その一人一人の顔を見たエリオットが宣言する。
「…だからどうした?私たちは誰だ?そう、人類国家群の盾たる人類の守護者にして開拓者、タッシュマン王国の王国民。そしてその中でも最前線を守る最強の盾の一角、第9軍団。それが私たちだ」
語るエリオットも、それを聞く軍団兵達の熱量も徐々に高まっていく。
「だから良いな?中途半端な戦果はいらん。私たちで10万体、殺し尽くすぞ。いつも通りだ。…総員突撃体制、抜剣!!」
太陽に煌めく500の剣が10万の大軍に向けられた。
「なに、勝てば誰も文句は言わんさ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたエリオットが剣を振り下ろした。
「全軍、突撃!!」
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