第30話

城砦都市バスティオナから届いた凶報。次々と語られる詳細に第8軍団基地司令部中が騒然とする中、それまで静かに腰掛けて報告を聞いていたレネ姫が急に立ち上がる。


そして司令部内に詰めかけた居並ぶ諸将を無言のままゆっくりと見回していく。姫から放たれる圧倒的な覇気、そして覚悟を見た高級将校達が静かになると一つ頷いたレネ姫が口を開く。


「タッシュマン王国第3王女、レネ・タッシュマンの名においてロイヤルオーダー11の発動を宣言する」


レネ姫の宣言を聞いた諸将は、その全員が座っていた座席から立ち上がると速やかにその場に膝をつき第3王女レネ・タッシュマンに頭を垂れた。


ここから先の彼女の発言は第7軍団 軍団長の言葉ではない。王族に連なる者として、この国を背負う者としての言葉になるのだ。


平常時においては第1軍団から第10軍団の軍団長は完全に独立した同格な存在である。そのためこれまでレネ姫の扱いはあくまでも軍団長の1人という扱いであり、第8軍団軍団長のフィン・モーガンと同格だった。


しかし先程レネ姫が宣言したロイヤルオーダー11により事情が変わる。これは軍団長を務める成年王族にのみ認められた特権である。


これにより全ての指揮権は軍団長を務める王族に統一される。元々は伝統的に王太子が軍団長を務める第1軍団のための特権だったが、レネ姫が第7軍団の軍団長となった際にその法的根拠も整備されていた。


圧倒的な特権ではあるがもちろん制約もある。ロイヤルオーダー11の発動そのものは現場判断で良い。これはもちろん非常事態に迅速に対応するためである。


しかし非常事態終結後、慣例としてロイヤルオーダー11を宣言したその日から半年以内にその宣言の正統性を示すために、王への直接報告、および王の諮問機関たる王国議会への出頭が義務付けられていた。


このため滅多なことでは宣言されないのがロイヤルオーダー11である。現王でさえ王太子時代に1回しか宣言していない。もちろんレネ姫も今回が初である。


司令部に詰める諸将が自身の指揮下に入る意志を示したことを確認したレネ・タッシュマンは


「楽にせよ。全員席にもどれ。それから書記官。ここから先、私の発言は全て追って王国議会に送られる。心して記録せよ」


と伝えた。この発言を記録していた書記官ルナ・ウィルキンスはのちに語る。「私は王が王と成ったまさにその瞬間に立ち会った」と。


ロイヤルオーダー11を宣言したレネはそのまま立て続けに指示を出す。


「まずは一刻も早くバスティオナ方面へ出立する。現有戦力を再編するぞ」


姫の発言を一言一句逃さないように書記官や参謀部の面々、グレイシアン政庁の文官達が記録をとっていく。


「第8軍団第1、第3連隊は引き続きフィン・モーガンに預ける。今後何があってもグレイシアンを死守せよ。この地が堕とされる事は死んでも許さん」


「御意」


レネからの指示に胸に手を当て最敬礼で応えるフィン。その様子に満足そうに頷くと続いて、


「続いて第7軍団第1連隊、および第8軍団第2連隊を新設する第78戦時混成軍団に再編する。この軍団は私が直接指揮を取る」


この言葉を聞いたエリンやオスカー達がフィン同様に最敬礼で応えた。


「第78戦時混成軍団の第1陣は騎馬およびチャリオットのみ1000騎、第2陣は歩兵2000とし騎馬1000を先行させる。騎馬隊の指揮はジャミール・アルファズ、お前に任せる。歩兵2000はオスカー・ベイリー。頼んだぞ」


「「御意」」


一瞬驚いた表情をしたジャミールと、姫からの指名を意気に感じたオスカーがそれぞれ最敬礼で応える。


そして。


「第78戦時混成軍団の副将はジェズ・ノーマン、お前に頼みたい」


この姫の発言を聞いてざわつく司令部。そのざわつきを手で治めたレネが続ける。


「ジェズ・ノーマン。いや、あえてノーマン卿と呼ぼうか。貴殿の事情は第2軍団 軍団長のジェラルド・ノーマン、および貴殿の内務省時代の直属の上司である内務卿エヴァ・ロビンスから直接聞いている」


突然の大物2名の名前を聞いてある者は驚き、またある者は納得したような表情をして頷いている。


「貴殿の立場やノーマン家の事情は私も王も理解している。ただ申し訳ないが今回は余裕がない。力を貸して欲しい」


綺麗な姿勢で頭を下げたレネに司令部の面々がギョッとしたような表情をする。頭を上げたレネは再び周囲を見回すと


「諸君らが見たようにここにいるノーマン卿は昨日の戦いでオークキングを討ち取った。更にそれ以前にもトンネルの存在に気づき破壊するという多大な戦果を出している。加えて昨日は兵站管理にも尽力した」


レネの説明を聞いて懐疑的な表情をしていた面々も頷く。更にダメ押しとばかりに


「今回の戦でも今上げたような戦果を挙げているが、皆、“北の戦鬼”の異名は聞いたことがあるだろう?それの正体がそこにいるノーマン卿だ。まったく、官服なんて着てとぼけた男だよな。私も最初は顔と名前が全く一致しなかったぞ」


トドメに半分都市伝説になっていた“北の戦鬼”の名前まで出てきて最後まで懐疑的だった面々も頷かざるを得ない状況となった。


「これらの実績に加えて、今回はエンペラー級を討ち取るための一点突破型の武力が必要だ。更に今後合流することが見込まれる第9軍団残存兵、第7軍団第2連隊、後詰めの第10軍団の三つの軍団を私の指揮下に順次加えていく必要がある」


すでにバスティオナに向かっているはずの第7軍団第2連隊、更に後詰としてコハネに来ているはずの第10軍団もこの状況下では確実にコハネから出撃しているはず。


「第8軍団も合わせて4軍団の大規模兵団、しかも戦時の即興部隊だ。これらの寄せ集めを戦力として機能させるためには非常に高い調整能力も必要。武と文、政と戦、そのどちらも高い水準で備えているのは私が知る限りそこにいるノーマン卿だけだ」


その場の空気の変化を感じ取ったレネは再び問いかける。


「という事でノーマン卿、私にはお前が必要だ。受けてくれるか?」


司令部全体の視線が突き刺さる中、ジェズは一つ息を吐くと黙って立ち上がりレネの元まで歩いて行く。


そしてその途中でジャミールから剣を借り受けるとそのままレネの前まで進み出て、彼女の眼前で跪き剣を差し出す。


「我、ジェズ・ノーマンは第3王女レネ・タッシュマン殿下にこの剣をもって誓います。私の力、私の勇気、私の生命が続く限り、王国の平和を守り貴女の望みを叶えることを。私は貴女の信頼に応え、常に正義と誠実の実現のために行動します。いかなる時も私は貴女のそばに常に立ち、いかなる障壁も打ち破り、最後の時まで共に戦いましょう。レネ姫殿下、私の誓約、私の生涯の誇りを貴女に捧げます」


ここに契約は成った。

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