第29話

「なぁリリー。異性にアプローチする時はどうすれば良いんだ?」


第9階梯魔法をぶっ放したその日の夜。レネ姫はグレイシアン内の高級将校向け宿舎内に与えられた自室にて、幼馴染にして近衛百人隊を率いるリリー・ジョンソンに相談していた。なおエリンは第8軍団との調整のために席を外している。


「は?」


先程まで戦後処理の話や今後の方針を真面目に相談していたレネ姫とリリーだったが、粗方方針が定まった段階でレネ姫がノビをしながら話題を変える。


幼少の頃から数えると既に20年ほどレネ姫との付き合いがあるリリーではあるが、彼女から未だかつて聞いたことがない話題が出てきて困惑していた。


近隣諸国や大貴族からの婚約の打診を「興味がない」や「そいつは強いのか?」の一言でバッサリと断り続けていたレネ姫からまさかの発言である。


「レネ、体調でも悪いのか?…第9階梯魔法の影響か?」


2人しかいない場のためフランクな様子でレネ姫に語りかけるリリーだったが、真っ先に姫の頭の具合を疑う。それを聞いたレネ姫は憤慨しつつ


「体調は問題ない。真面目な話だ」


とやや頬を染めてぶっきらぼうに言い放つ。引き続き呆気に取られていたリリーだったがレネ姫が正気だと理解した途端、にやぁあああと笑みを浮かべ、


「ふむふむ。レネちゃんもやっとそういうお年頃になりましたか」


「おい、リリー。ぶっ飛ばすぞ」


照れるレネ姫をリリーが揶揄いつつも夜が更けていく。親身になって様々なアドバイスをレネ姫に送るリリーだったが。


「…なるほど。お前が言いたい事はよく分かった。要するにまずはタイマンで私の強さを分からせれば良いんだな?」


「うん、レネが何も分かってない事だけは分かった」


・ ・ ・


第9階梯魔法により敵の大軍の半数が消滅した直後に一斉に攻勢に出た第8軍団と第7軍団の攻撃により、残りの敵も半日程で殲滅された。


辛うじて第9階梯魔法に耐えて生き残っていたオークキングがジェズに討たれた直後から魔物軍の指揮命令系統、および士気は完全に崩壊。


そこから先は戦争というよりも蹂躙と表現した方が良いような状態だった。


第8軍団はフィン・モーガンが率先して敵に突っ込んでいき、第1、2、3の全ての連隊も城塞都市を出て敵の殲滅作戦に参加。


オスカーやソフィア、クララ達も騎馬やチャリオットで戦場を爆走し逃げる魔物を狩まくった。


第7軍団側は力を使い果たした姫や近衛百人隊の守りを一部の部隊で固めつつ後退させ、残りの兵力でこちらも突撃。


指揮が取れないレネ姫に代わりエリンが前線指揮官として第7軍団の面々と共に魔物を駆逐していく。オークキング討伐後はこうして特に大きなイベントもなく殲滅戦が遂行された。


戦闘終結後に行われた軍議で皆が疑問に思ったのは「なぜあのタイミングでジェズがあんな所にいたのか?」という点である。


時系列は前後するが話はジェズが城壁にて第7軍団を見た時まで遡る。援軍到着を確認したジェズは更に急ピッチで文官の仕事を進めた。


戦略級魔法が放たれた後の全軍出撃まで見据えて仕事を片付けたのがちょうど炎の柱が天から降ってきたタイミング。


この時にジェズはグレイシアン城内でジャミール達と合流。オークキングが生き残ることを危惧したジェズとジャミール達アルファズ隊は城内を移動し、燃え盛る平原からやや離れた城門へ移動。


戦略級魔法の威力に意識を持っていかれていた第8軍団の面々や魔物達を他所に、火勢がやや落ち着き始めた段階でグレイシアンから出撃。


戦場をぐるっと迂回して第7軍団付近まで駆けていったと言う次第である。オークキングの咆哮を聞いてからはジャミール達アルファズ隊が雑魚敵の注意を惹きつけつつ血路を開き、そしてジェズがオークキングへ到達した。


いずれにせよジェズとジャミールのファインプレーによってオークキングは討伐されたのだ。「神出鬼没の101」の面目躍如の大活躍である。


これにより姫の危機を救ったジェズは色々な意味で完全にレネ姫に目をつけられた訳だが。


「…なぁジェズ。姫様がすごい表情でお前を見てたけど何かしたのか?」


「…わからん」


ジェズがオークキングを討伐した直後、ジャミール達アルファズ隊も追いつき姫や近衛百人隊の守りを固める中。


不思議に思ったジャミールが尋ねるが「何が刺さったのか俺の方が聞きたい。というかマジ雰囲気怖い」と結構ガチで身の危険を感じていたジェズは極めて微妙な表情で答えていた。


・ ・ ・


グレイシアン攻防戦が人類側の完全勝利で終わった翌日。前日に引き続きグレイシアン周辺の残敵掃討は行われていたものの、比較的小規模な作戦行動で済んでいた。


グレイシアン周辺に残った魔物の大量の死骸の処分や魔石などの物資を回収したり、コハネ含めて各方面へ早馬を出したりとグレイシアン全体が活気に満ちる。しばらく寄り付かなかった商人達もじきに戻るだろう。


第8軍団がメインでこれらの戦後処理を行いつつ第7軍団の面々も支援する。さて今回は無事に片付いて良かったと全員が思っていた中。


夕刻。第8軍団司令部にて。


「急報!!!城塞都市バスティオナが陥落!!!第9軍団 軍団長エリオット・クレイン卿が討ち死!!!エンペラー級が出たとの事です!!!」


第8軍団が守るグレイシアンと同様、南方の人類最前線を守る城塞都市にして第9軍団の拠点である城塞都市バスティオナ。それが陥落。


最悪の知らせがグレイシアンに届けられた。南方大騒乱。この戦はまだ始まったばかりだ。姫様、色恋にうつつを抜かしている暇はありませんよ。

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