第28話
世界を染めるその色は、紅。
まるで神話で語られる巨大な塔が崩壊し倒れるが如く、天まで貫く巨大な炎柱はレネ姫が振り下ろした炎帝剣の動きに合わせてゆっくりと倒れていく。
太陽が地に堕ちてくるのかと錯覚するほどの灼熱が魔物も人も問わずに迫る。
「全軍、最大出力で耐熱結界展開!!」
オークキングとの攻防から離脱してグレイシアン城壁付近まで退避していたフィンが指示を出し、城塞都市グレイシアン全体を覆うほどの巨大な耐熱結界が展開された。
魔物との戦闘を切り上げ、一気に戦場から離脱していた第8軍団全軍がグレイシアンに退避し終えた直後。
天から倒れてきた巨大な炎柱がついに戦場全体を飲み込んでいく。炎に直接触れる前から弱い魔物はその余波だけで蒸発し、耐えた魔物も天から降る炎に触れて燃え上がる。
敵が密集していたまさにそのど真ん中に第9階梯魔法 熾裁の炎は直撃。全てを燃やし尽くし無に帰していく。
その魔法の発生源では。
魔法陣を構築する百人の戦乙女に傅かれ、炎が雪のようにちらつく幻想的な光景の中で紅く染まった髪と目を煌めかせるレネ姫。
紅蓮の羽を羽ばたかせた、まるで物語に出てくる天の遣いのように神聖な雰囲気を纏った美の化身が、
「あははははははははは!!!!全て燃えろぉおおおおおおおお!!!!」
荘厳な気配をぶち壊す雰囲気台無しなテンションで高らかに、狂ったように笑っていた。
その様子をすぐ側から見ていた近衛百人隊 隊長のリリー・ジョンソンは特殊兵装の丸盾に魔力を込め続けたまま内心では「このおバカ、これがなければ只の美人なのに勿体無い」と幼馴染ならではの気軽さでスーパー不敬罪をぼやいていた。
戦略級魔法をぶっ放した姫の少し後方では第7軍団を纏めて退避させていたエリンも全力で耐熱結界を展開。
リリーと同様に「アレが無ければ...」とやや微妙な表情になりながらも、どこまでも紅い世界の中心で高らかに笑い続ける自らの主君である紅蓮の熾天使を見つめていた。
・ ・ ・
それから数分後。世界をそのまま全て燃やし尽くすのではないかと見違えるほどの輝きと熱気を放っていた第9階梯魔法もようやく鎮火し始めた後。
戦場全体に立ち込めてた黒煙が徐々に晴れるに従いその威力の全容が明らかになる。
第8軍団や第7軍団の誘導により平原周辺に集結していた魔物軍の真っ只中に炸裂した戦略級魔法は、敵の半数以上を焼き尽くしていた。
たったの一撃で五万体以上の敵を焼き尽くしたのだ。
その圧倒的な威力と戦果を確認したグレイシアンの城壁に詰めていた面々から盛大な歓声が上がる。
時を同じくしてレネ姫の背後に陣取っていた第7軍団の面々からも同様に歓声が上がった。
場合にもよるが概算すると一般的に人間と魔物では戦力比が1:10程度と言われている。要するに千人の人間がいれば、約一万体の魔物軍と真っ向勝負が可能。
もちろん人間側にも魔物側にも飛び抜けて強い異常個体とでも表現すべき個体が度々出現するため一概にこの戦力比が当てになるわけでもないのだが一つの目安にはなる。
タッシュマン王国では各軍団が約5000名からなるが、これは即ち5万体の魔物であれば真っ向勝負で勝率5割を意味している。
籠城戦の場合であれば攻撃三倍則を考えると魔物軍15万体程度までであればグレイシアンのような城砦都市は持ち堪えられる。もちろんオークキングのような異常個体が存在しない場合の話ではあるが。
魔物側も魔物側で経験則的にこの戦力比は概ね理解しており、だからこそオークキングも初手ではトンネルを掘るなどの絡め手を使おうとしていたのだ。
自分がいたとしても10万体では城塞都市を落とすには相当の被害が出ると判断していたが故である。
このような戦力比の考え方の背景があったからこそ今まで第8軍団側は慎重に事を進めてきたが、先程のレネ姫の一撃により戦況は大きく変わった。
第8、第7軍団合わせておおよそ6500人。ただしすでに多数の死傷者が出ているため現状で戦えるのは約6000人。これに対して魔物軍は5万体を割った。
つまり。
「全軍、突撃ぃいいいいいいいい!!!」
グレイシアン中の城門が一気に開き第8軍団全軍が飛び出してきた。ここに来てついに人類側が戦力で魔物軍を圧倒したのだ。
その様子をやや離れたところから確認したレネ姫は満足そうに頷くと膝から崩れ落ちた。
髪色も目もすでに普段の状態に戻っていた姫は炎帝剣を支えに辛うじて立っていたが、魔力も空っぽで体に力も入らない。
地面に倒れそうになったレネ姫をリリーが支える。
「相変わらず無茶するな」
「ふん。だが悪い手ではなかっただろ?」
やれやれと笑いながらも肩を貸したリリーがレネ姫に声をかけると、姫もへろへろになりながらもニヤリと笑って答えた。
そんな2人の様子を確認したエリンは他の第7軍団の面々を前面に押し出しながら姫やリリー達近衛百人隊をより後方へ下がらせようとするが、
「ガァアアアアアアアアアアアッ!!!!」
広大な焼け跡の中からのそりと立ち上がったオークキングが怒りの咆哮を上げる。皮膚は醜く焼け爛れ全身から血が流れていくものの、徐々に回復している様子が見て取れる。
オークキングの周囲には多数の炭化した魔物が見て取れた。どうやら他の個体を盾にし、更に魔法が使える個体に耐熱結界を張らせた上で自身の回復力に任せてなんとか乗り切ったらしい。
ボロボロなまま怒りに身を任せたオークキングが一直線にレネ姫やリリー目掛けて突っ込んでくる。
回復が完全に完了してない手負の状態とはいえオークキングは伊達ではない。進路を妨害しようとした第7軍団の面々を蹴散らしながらも突き進んでくる。
これはマズイと判断したエリンが姫やリリー達を守るために前に出ようとするが、
「いい加減に眠っとけ」
どこからともなく現れた文官が一気にオークキングの懐まで潜り込むと、その巨体の膝関節目掛けて「ふっ!!!」と息を吐きながら魔力を込めた肘を叩き込む。
右の肘打ち。
ゴキッと言う鈍い音と共にまずはオークキングの膝関節を完全に破壊。戦場全体に響き渡るほどの絶叫を上げながらオークキングはその動きを止めた。
更にジェズは右手を引きながらその勢いを利用。体勢を崩し膝をついたオークキングの心臓目掛けて魔力を込めた左の拳を突き出す。
左のハートブレイクショット。
絶叫と共に胸を掻きむしるオークキング。あまりの衝撃に心臓が止まりかけ白目を剥いたところに最後の一撃。
ジェズは飛び上がってオークキングの頭を両手で掴むと、そのままありったけの魔力を込めた右膝を相手の顎に叩き込む。
飛び膝蹴り。
パンッと水風船が割れるような小気味良い音と共にオークキングの頭が消し飛んだ。
「頭と心臓を同時にやれば流石に回復しないだろ?」
ジェズのあまりに鮮やかな連撃に人も魔物も呆気に取られて戦場が静まりかえる。
オークキングの頭があった場所から吹き出す血の雨が降る中、地面にひらりと着地したジェズがエリンや姫達の方を振り返ると。
頬を染め恍惚とした表情を浮かべ、トロンとした目で獰猛な笑みを浮かべたレネ姫と目があった。それはもうバッチリと。
「げ」
後に姫は言った。「私はあの日運命を理解した」と。
別の場でジェズも後に語った。「マジで身の危険を感じる笑みだった」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます