第25話

そして運命の1日が始まった。


大規模な夜襲を受けたグレイシアンだったが、夜明け前には敵の撃退に成功。オークキングを含めた敵主力を仕留める事こそできなかったものの、それなり以上の数の魔物を狩ることで敵軍に大きなダメージを与えていた。


一方で第8軍団側も無傷とは済まず、第1、第3連隊計3000名の10%程度が死傷者含めて戦闘不能な状態に。


たった1度の本格的な夜襲でこのダメージである。看過できる損耗ではない。敵側がこのまま自軍の被害を度外視して攻め続けてくると数日も保たない可能性すらある。


精強で鳴らす第8軍団がこれだけのダメージを受けたのはひとえにオークキングの存在による。夜襲はオークキングによる大規模質量弾、要するにただの大岩の投擲から始まった。


音速に迫るかと見紛う程の凄まじいスピードで投擲された岩がグレイシアン城壁に直撃。そして損傷した城壁目掛けて集結した魔物の大群との混戦により初動で後手に回った第8軍団側に多数の死傷者が出た。


城壁に詰めていた兵士達は魔法攻撃に対する対魔法結界や、弓矢などによる攻撃やちょっとした投石に対応できる対物結界は準備していたものの、それらの想定をはるかに超える大質量の攻撃を受けた結果である。


その後は連隊長や軍団長フィン・モーガンが直接出陣した事もあり持ち直した第8軍団側が敵を押し返し、城壁にも応急処置を施して朝を迎えた。


というような経緯をフィンや第1、第3連隊から聞かされたジェズ達は


「…マジでえらいことになってたんだな」


「流石にこの状況は笑えんな」


とかなりマジな表情にならざるを得なかった。彼らに与えられた宿舎は攻撃を受けた城壁からかなり離れた場所に用意されておりそもそも戦闘の音が聞こえにくかったこと。


それに加えてジェズ達が自身で認識していた以上に疲労が溜まっており、更に城砦都市内に入れた事で気も緩んだ事から文字通り気絶したように朝まで眠っていたのだ。


あまりの気まずさに居た堪れない雰囲気になりかけるが、アルファズ隊の奮闘とその功績をしっかりと認識している第8軍団の面々も彼らを責めるような事はしなかった。


この一連のやり取りによりジェズは気合いを入れ直すことになる。


・ ・ ・


昼過ぎ、再び敵軍の大規模な攻勢が始まった。オークキングは既にグレイシアン側からしっかり捕捉されており、とんでもない勢いで投げ込んで来る大岩も対物結界のエキスパートによる強固な守りにより阻まれていた。


日中はオスカー率いる第2連隊の面々が中心となり城壁を守る。ただし彼ら自慢の騎馬隊やチャリオット隊は籠城戦には不向きなため、ソフィアやクララ達は弓や魔法で城壁から敵を狩っていた。


アルファズ隊の面々も馬を降り、普段はあまり使わないロングボウやボウガンを第8軍団から借り受けて防衛戦に参戦。彼らも城壁から正確無比な射撃で敵を次々と狩っていく。


そして我らが文官はというと。


久々に真面目に文官をしていた。能力的にあまりにも防衛戦が向いていなかったという事もあるが、第8軍団が昨晩受けた襲撃の直後から混乱が重なり物資や武具の補給、整備、状況把握が完全に崩壊していたため、これらを第8軍団参謀部と共になんとか立て直しているところだった。


籠城戦において状況が破綻するケースは確かに敵の攻撃に屈する事が直接の原因であることも多いが、それと同じくらい城内の物資のやりくり失敗が籠城戦失敗の起因となることもある。


まだあると思っていた矢があるべき場所に無かった。そんな些細な事から籠城戦は破綻する。


これを防ぐためにジェズや第8軍団参謀部の面々は帳簿を片手にグレイシアン中を駆けずり回って現場の状況と帳簿を一致させつつ、城壁に近い場所に過不足なく物資や武具を送り続けていた。司令部におけるジェズのカンバン方式や見える化が役に立ったのは言うまでもない。


そんなこんなで数時間ほど常に動き回っていたジェズがたまたま城壁付近にいた際に急に歓声が上がる。


疑問に思いつつ城壁に駆け上がったジェズの視界の先には


「やっと来たか」


真紅の軍団旗を掲げたレネ姫率いる第7軍団がコハネ方面から整然と進軍してきていた。


・ ・ ・


「なんだ、もう始まってるじゃないか」


グレイシアンを視界に収めたレネ姫はまるでパーティーの開始に遅れたのかと勘違いするほどの気楽さで目の前の戦場を眺めていた。


「それなりに激しい戦いになってますね。間に合ったようで良かった」


姫の側に控えるのはエリン。更にその周囲にはアルファズ隊のファティマやテオもいる。レネ姫達の到着を確認したグレイシアン側が城壁に第8軍団旗に加えて第7軍団旗も掲げたのを確認すると


「隊長達は無事にグレイシアンへ辿り着けたようですね」


とファティマがほっとした様子で呟く。レネ姫もその言葉に頷きながら


「ジェズもジャミールも頑張っていたらしいからな。ここは私もいい所を見せようか」


と獰猛な笑みを浮かべながらその身に秘める膨大な魔力を徐々に戦闘態勢に移行させる。しばらくすると彼女の周囲の空気が熱気を帯びたかのように歪み始めた。


その様子を見たエリンはやれやれと首を振りながらも念の為確認する。


「姫殿下?どうします?」


「はっ。決まってる、皆殺しだ。私達の王国に手を出した愚か者がどうなるか教えてやろうじゃないか」

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