第18話
轟音を立てて崩れ落ちていくトンネルと眼前の丘。ジェズは両の拳を叩き込んだままの姿勢で残心を取りながら、
「…俺の拳は山をも砕く」
「アホな事言ってないで早く離脱しますよ!!!!」
ジェズの馬を曵いたテオが駆け寄ってきた。その馬に飛び乗ったジェズは手綱を握ると、一目散に離脱を開始する。
周囲の魔物達は混乱の極みにあった。崩れ落ちるトンネル、立ちこめる土煙、ばら撒かれるマジックアローによる爆発。そして生き埋めとなった同胞の救助。
少数の魔物がジェズ達を逃すまいと行動を起こすが、それらは尽くテオ達に撃ち抜かれる。
その様子を遠くから確認したジャミール達アルファズ本隊は、オマケの一撃とばかりに更にマジックアローをばら撒きつつ撤退姿勢に入りつつ、ジェズ達の離脱を援護。
そしてジェズ達が敵陣地のど真ん中から離れ、野営地を超えたところで最後の一撃をばら撒いた。そのままジェズ達とジャミール達はそれぞれ逆方向に離脱していく。
指揮系統が混乱した魔物軍は逃げる両者への対応がどちらも中途半端となり、結果としてどちらも逃すこととなった。
その一連の様子を遠くから見ることしかできていなかったオークキングが怒りの咆哮を上げながら手に持った大剣を地面に叩きつけ、地面が爆散する。
こうして後の歴史家が「アルファズ隊の敵陣強襲なしにグレイシアンの防衛は無かった」と記すことになる敵陣強襲がひとまず幕を下ろす。
なお「文官が拳で山を砕いた」という意味不明な記述については後世では創作の疑いがもたれ、資料の歴史的価値について要らぬ議論を巻き起こすのはまた別の話。
更に余談となるが後日、この時のジェズの活躍を聞いたレネ姫はニッコニコになり「おい、私にも山突きとやらを見せてくれよ」と南方山間部で人手が足りず未整備となっていた新街道整備事業にジェズを引きずっていったのも別の話。
「山突きはあくまで比喩的な名称なんですが」
「は?実際に山を崩したお前がいうか?いいからさっさとやれ」
・ ・ ・
ジェズやジャミール達が敵陣強襲とトンネル入り口の破壊に成功してから数時間後。敵の追撃を振り切った彼らはそれぞれのルートで、事前に取り決めていた集合地点で合流を果たしていた。
「お、きたきた」
「ジェズ!テオ達も無事で何よりだ!」
数時間ぶりに顔を合わせたアルファズ本隊とジェズ達別動隊はハイタッチをしながらお互いの無事を確認し、健闘を讃えあう。
「ひとまずこれで数日は時間が稼げるんじゃないか?」
「そうだな、これで姫も間に合うだろう。…しかし遠目に見てたら急に丘が爆発して驚いたぞ」
最大の目的を果たした事でジャミールはほっと安堵の息をつきつつも、遠目から見た異様な光景に言及した。ジャミールと共に行動していた他のアルファズ隊の面々も同様である。
それを見たテオは呆れたように
「あれ、何ていうんですかね?両手でパンチして一撃でしたよ。…ん?両手だから二撃なのか?」
「は?」
半笑いになりながら報告したテオの言葉を聞いたジャミールは「何言ってるんだコイツ?」という表情をした後に、
「…普通なら真面目に答えろというところだが、ジェズだしな」
「えぇ、ジェズさんなんすわ。何なんですかアレ」
と2人して微妙な表情をしてジェズを見る。今日も頑張ってくれた愛馬を撫でながら水をやろうとしていたジェズは視線に気づくと「ん?」と振り向きつつ
「あれか?あれは山突きだ」
「「そういう意味じゃない」」
平常運転すぎるジェズの回答に脱力したジャミールやテオ達アルファズ隊の面々。全然説明になっていないジェズの説明に力が抜けつつも、今はまだ気が抜けないかと気分を入れ替えたジャミールは
「ジェズ、オークキングはどう見る?やれそうか?」
「うーん。あの場では無理だったな。周りが多すぎた。それに純粋にあの個体は強いと思うぞ。キングの中でも強い部類だと思う。アルファズ隊はどうだ?」
「俺たちも全騎揃ってても厳しいな。1体だけなら時間をかければやれない事はないと思うが、キングの周りの数が多すぎる」
「だよなぁ。周囲の雑魚どもを一掃した上で袋叩きにする必要があるか」
オークキングに関するお互いの認識をすり合わせた彼らは、ひとまずその扱いを保留にして今後の方針を確認した。そして部隊が一息ついた段階で、
「皆、先程の戦闘は良くやった!!!こちらの被害は極めて軽微にも関わらず、戦略目標は達成。ついでに敵の数も相当に削ることが出来た。諸君の戦果、活躍は必ず俺から姫に伝えておく。さて、疲れているところ悪いが更にここから移動する。完全に敵を撒いてからしっかり休憩しよう」
ジャミールの指揮のもとアルファズ隊は再び行動を開始する。
・ ・ ・
ほぼ同刻。グレイシアン第8軍団基地司令部にて。第8軍団軍団長フィン・モーガンの元に報告が入る。
「報告!!!!グレイシアンから南東約10km地点の丘陵地帯から土煙が上がり、丘の一部が崩れた模様です!!!その直前に爆発音と振動も観測されました!!!」
報告を聞いたフィンは「ふむ」としばらく考えると
「自然現象では無いという事だな?」
「はい、見張りの者達によると人為的に引き起こされた現象である可能性が高いようです。更に丘の向こう側に魔物らしき反応もあるとのことでした」
報告を聞いたフィンは思案しつつ、姿を消した第7軍団の先遣隊が何かを仕掛けたか?と判断し、
「全軍に通達。いつでも城外に出られる準備を。場合によっては場外の友軍を迎え入れる必要があるかもしれない」
こうしてグレイシアン攻防戦は、魔物軍襲来、ジェズ達の敵陣強襲に引き続き第三幕に突入しようとしていた。
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