第13話

ジェズ達がコハネ〜グレイシアン間の街道で魔物軍500体を一掃する約半日前。時刻は真夜中。


既に就寝していた第8軍団 軍団長 フィン・モーガンは敵襲を知らせる鐘の音と部下からの報告で叩き起こされた。


急いで身支度を整えて基地司令部に向かう。既に人員は揃いつつあり各種情報も整理され始めていた。


フィンが司令部に入ると全員が緊張した面持ちで一斉に敬礼する。それに軽く答礼しながらフィンは、


「状況を」


と端的に確認した。深夜の当直を担当していた第8軍団第2連隊の責任者、連隊長のオスカー・ベイリーが答える。


「魔物の大規模侵攻を確認。先遣隊と思われる一部の部隊がグレイシアン城壁に攻撃を仕掛けてきましたが、これは撃退しました。魔物軍の追撃はなく現在は睨み合いの状況です」


「いきなり城壁まで攻撃を受けたのか?」


やや驚いた様子でフィンが尋ねた。都市の城壁がいきなり攻撃される事などそうそうある事では無い。まず見張りが都市に近づこうとする魔物を見つけ、そして都市から出撃して迎撃・殲滅するのが都市防衛における初手である。


都市が直接攻撃を受けるなど、前線部隊が壊滅するか、籠城戦を決め込むかでもしなければ無い事だ。現にここグレイシアンでも城壁が直接攻撃を受けるなどこの20年で無いはずだ。


フィン・モーガンはこのグレイシアンを守る第8軍団軍団長になってから10年を超えるが、自身が着任してからは一度もこのような事態は発生していない。


さらに魔物の増加が確認された数ヶ月前から警戒度は上げていた。兵達の間にも慢心は無かったはず。


こういった背景からフィンは驚いたわけだが、それを理解しているオスカーは非常に渋い表情をしながら、


「我々がギリギリ観測できる範囲の都市南方に突如魔物の大群が現れました。そちらの方に部隊が一斉に気を取られて迎撃体制を整えている隙に、別ルートの南東側から隠蔽魔法を受けたと思われる少数部隊の接近を許してしまいました」


オスカー率いる第8軍第2連隊1500名も当然サボっていた訳ではない。むしろここ数ヶ月は平時以上に緊張感を持って任務に当たっていた。


であるが故に、敵の大軍が現れた際に機敏に反応しすぎた側面があった。大軍の方へ全軍の意識を誘導され大きな隙を作ってしまったのだ。


幸いな事に城壁まで到達した魔物軍は数百体と大した量ではなかった事から迎撃に成功したものも、これは完全に失態である。


これらの経緯を確認したフィンは一つ頷くと、


「状況はわかった。オスカー、君は職務を忠実に果たしている。そこまで悲壮な顔をするな。これからの戦闘で失態は取り戻せ」


とオスカーに声をかける。それを聞いたオスカーは頷きつつ「必ず」と力強く答えた。


「それにしても魔物が陽動作戦か。しかも大規模侵攻ときた。これはキング級が出たか?」


今回の魔物側の手際の良さ、そしておそらく数ヶ月以上前からの敵方の侵攻準備を考えると魔物達の王が出現している可能性がある。さらに最悪のケースではキング級を超えるエンペラー級が出現した可能性もあるが、推測の段階で不安を煽るような必要も無い。


フィンの言葉を聞いたオスカーも同意しつつ、


「そうですね、その可能性が高いかと思います。ただジェネラル級のモンスターは複数体確認されていますが、未だにキング級は発見されていません。場合によっては敵方の更なる援軍や伏兵があり得ます」


その後第8軍団基地内の司令部ではフィン、オスカー、参謀部や第1、第3連隊の連隊長を含めた第8軍団首脳陣によって対策が協議された。


・ ・ ・


フィン率いる第8軍団の結論は籠城戦。理由はいくつかあるものの、既に奇襲を受けるなど後手に回った状態でさらに視界が効きにくい夜戦を行うのはリスクが高いこと。


更に既に第7軍団や中央には援軍要請を送っており、特に第7軍団は概ね1週間でグレイシアンへ到達する事が予測される。その第7軍団の到着を待って敵を挟撃、殲滅することとなった。


何よりそもそも魔物領域の最前線に位置する軍団基地に求められるのは積極的な攻勢ではなく、人類生存圏の絶対死守である。この第8軍団基地が落とされでもすれば、それは国家どころか人類の危機にすらなりうる。


その辺りの事情や責任を認識している百戦錬磨の勇将、第8軍団 軍団長 フィン・モーガンは短期的な籠城戦を決断。


そしてその決定とともにコハネ方面、そして第9軍団方面へ伝令を複数出した。


・ ・ ・


フィン達が魔物軍の突然の襲撃を受け、その後本格的な籠城体制に移行してから既に半日以上が経過。これまでに複数回魔物軍による攻撃を受けているが、今のところ問題なく撃退できている。


敵の出方もいきなりの総攻撃ではなく、まるで弱点を探るような攻撃の仕方で非常に嫌な感じではあるのだが。


そんな状況の中、司令部に詰めっぱなしのフィンの元に朗報が届く。


「軍団長!!報告します!!コハネ方面からの街道に第7軍団の先遣隊と思しき約百騎を確認しました!!!」


・ ・ ・


グレイシアンを視界に収めたジャミール達アルファズ隊。グレイシアン周辺に展開する魔物の大群は数万体を超える大軍であり、それがグレイシアンを包囲していた。


様子を見るにグレイシアンは健在。どうやら籠城戦を選択したらしい。第7軍団の援軍到着が近いと判断しての事だろう。


本当に奇跡的にタイミングが良かった。そう思いながらジャミールは指示を出す。


「グレシアンの友軍に我々の所属を示す!!!!軍団旗を出せ!!!」


戦場の風に飜るは真紅の第7軍団旗。その紋章は軍団長にして王族でもあるレネ・タッシュマンを象徴する王の剣と炎の羽。


後に南方大騒乱と呼ばれる連戦の幕開けとなるグレイシアン攻防戦がついに始まろうとしていた。

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