第10話

アルファズ隊副隊長のファティマがグレイシアン方面の異常に気づいて部隊を止めてから数刻。ジャミールやジェズ達は小休止をし、戦闘の備えをした上で再びグレイシアンに向けて駆けていた。


彼らは南方中核都市コハネから城塞都市グレイシアンへ向かう主要街道を駆けていたのだが、


「…さすがに人通りが少なすぎる」


コハネを出立してからここまでの行軍中、主要街道を通っている時には多くの民間人とすれ違っていた。しかしグレイシアンへ近づくにつれ明らかに人通りが少なくなる。コハネ~グレイシアン間は確かに元々人通りは多くない街道ではあるが、それにしても日中でこれだけ人とすれ違わないのは流石におかしい。


「都市から出られなくなったか。あるいは街道封鎖でもされたか…?」


あまりにも違和感がある街道の様子に騎馬で駆けながらもジャミールが呟く。ジェズやその他のアルファズ隊の面々もジャミールと同様の違和感を感じていた。


なお補足になるがタッシュマン王国においては主要な街道の整備が非常に進んでいる。これらの主要街道は「王の道」とも呼ばれており、王都からコハネなどの地方中核都市、および各地方の中核都市から北、東、南それぞれの最前線都市にまで及んでいる。


これらの街道は平時では純粋に移動や物流のためのインフラとして機能しており民間人が大いに活用するが、同時に軍の速やかな移動のために整備されたという側面もある。


そのため国法として「王の道」を軍が利用している場合、民間人は軍に道を譲らなければならないと明示されているほどだ。タッシュマン王国内ではこのような街道がインフラとしてしっかり整備されているが故に柔軟で迅速な用兵が可能であり、三方を魔物の領域に囲まれながらもこれまで数多の困難に打ち勝ってきたという歴史がある。


ジェズがこの「王の道」という街道の存在やインフラ整備の考え方、立法面なども含めた運用方法を知った際、「どこのローマ帝国だよ」と一人で突っ込んだのが20年以上前の話である。完全に蛇足ではあるが、幼少期に俺Tueeeeをしようとしていた当時の彼がタッシュマン王国の内政に興味を持ったのはまさにこのインフラ整備にあった。


魔法や武力チートも確かに憧れるところではあるが、まるで古代ローマ帝国のような仕組みをもつ異世界国家に生まれたのであればその内政方面に興味をもつ者がいてもおかしくは無いだろう。さらに古代ローマ帝国の仕組みに現代社会の効率化された仕組みを持ち込めるのであればどれだけ強い国となるのか?と妄想を膨らませる者がいてもおかしくはない。


何はともあれジェズの過去はひとまず置いといて話を元に戻すと、主要幹線道路である街道を高速で進軍していてこれだけの時間、民間人とすれ違わないのは明らかにおかしい。アルファズ隊の全員が警戒度を高めながら進軍を続けていると、


「全軍止まれ!!!!!」


と再びファティマが大きな声で合図を出すとほぼ同時、ジャミールとジェズなど何人かの魔力感知能力が高い面々も違和感を感じて前方を確認した。


アルファズ隊の101騎が緩やかにスピードを落としていくと彼らの進行方向の街道上が揺らめき、


「まじかよ、この規模の隠蔽魔法とは…」


突如現れた魔物の軍勢に驚くアルファズ隊の面々。魔物の数はおよそ500前後。そんな大量の魔物が目の前に急に現れたことでアルファズ隊の面々の警戒度も跳ね上がる。


「どうやら完全に待ち伏せされてたようだな。どうする?」


ジェズがジャミールに尋ねた。この場所でこれだけの数の魔物が展開しているということはグレイシアンもまず間違いなく攻撃を受けている。加えて仮にグレイシアンに異常事態が発生している場合、必ずコハネにむけて伝令が走るはずなのにその伝令に遭遇していなかった理由も判明した。おそらくだが魔物が街道封鎖をして伝令を通さない・あるいは始末していたのだろう。


これだけの隠蔽魔法を使い、さらに戦略的に大事な場所に兵力を配置するという時点で今回の魔物は相当に頭が切れることが分かるので非常にやっかいである。


通常、最前線の城塞都市に異常が発生した際には複数の道や手段を用いてその異常が中核都市に伝えられる。ジェズ達がこれまで駆けてきた本命ルートではグレイシアンからの伝令には遭遇しなかったが、他のルートも全滅ということは無いだろう。


さらにジェズ達がコハネを出立してからそろそろ丸3日になる。これらの状況からグレイシアンに異常が発生したのは昨日から今日にかけての可能性が高い。


それらの検討をざっと頭の中で済ませたジャミールは眼の前の敵を粉砕した上で一刻も早くグレイシアンに向かうことに決め、


「アルファズ隊!敵軍を全て討伐した上で進軍するぞ!一匹も残すな!!!!」


と隊を鼓舞しつつ主武装の弓を構える。アルファズ隊は基本的に軽騎兵装備であり、弓に魔力を込めて放つ高速機動戦闘を得意とする。そのためある程度までのサイズの魔物であれば一網打尽にすることも容易い。


その一方で大型や耐久力の高い魔物に対してはやや相性が悪い。街道にて現在相対している魔物軍500体の中央にはどうやらジェネラル級らしいオークも見える。それ以外の魔物であれば問題なく現在の装備と人数で狩り切れるが「さてどうしたものか?」とジャミールが悩んでいると


「この先も急ぐだろ?デカいのは俺がやる」


馬上で肩や腕、首を伸ばしながらウォームアップを始めたジェズが宣言した。

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