第9話

文字通り南方戦線における最前線の都市、グレイシアン。タッシュマン王国どころか人類生存圏全体で見ても最前線に位置する城砦都市の一つである。


城砦都市グレイシアンより南には人が暮らす大規模な都市は無い。


元々は冒険者や貴重な素材を求めた商人たちが入植して自然発生的に成立した都市だったが、その後に国が城砦都市として整備した歴史を持つ。


このグレイシアンに第8軍団は常時駐屯しており、実質的に都市機能と軍団基地機能は融合しているような特殊な都市だった。


そしておよそ3ヶ月ほど前に第8軍団の面々が魔物の活動が活発になっている事に気づき、中央や第7軍団に援軍を求めたという経緯がある。


レネ姫率いる第7軍団第1連隊の総勢約1500名は南方中核都市コハネを発ち、グレイシアンに向かって進軍していた。この規模の軍の場合、コハネからグレイシアンまでは約10日の道のりとなる。


そこでレネ姫は先触れとして100+1騎を本隊に先行させる形でグレイシアンへ送っていた。


なおたまたま成立したこの101騎、後の世で「神出鬼没の101」と呼ばれるようになり、「101」という数字だけでどこの誰かわかるようになる事はこの時点では誰も知る由がない。


話を戻すと+1を除いたこの100騎、第1連隊の中でも珍しい騎馬のみで構成された百人隊であり、第7軍団全体で見ても最強部隊の一角である。なおこの百人隊と最強の座を争うのがレネ姫直掩の近衛百人隊だ。


そしてこの部隊を率いるのがジャミール・アルファズ。まるで馬を駆るために生まれてきたかのような騎乗の天才である。


アルファズ隊がレネ姫率いる本体から離れて2日が経った。本来では10日かかる距離を3日で踏破予定の強行軍である。


翌日にはもうグレイシアンに辿り着く距離まで到達しており、その日はやや余裕を持って夜営の準備に入った。


「よし、今日はここまでだ!!野営の準備に取り掛かれ!」


ジャミールが部隊に号令をかける終えると、気安い感じでジェズの元に近づいてきた。


「ジェズ!調子はどうだ?」


「あぁ、大丈夫だ。ここまでは順調だな」


ジャミールとジェズは朝活(物理)の際に知り合い、その後の仕事などを通してジェズが第7軍団基地に配属されてからの1ヶ月でかなり仲良くなっていた。


騎馬隊はその機動力や打撃力が非常に魅力がある一方で、非常にコストがかかり維持管理が大変な部隊だ。要するに騎馬隊の隊長はやや意外な事に文官と接する機会が多い。


しかもアルファズ隊はレネ姫肝入りの高速機動部隊である。必然的にジェズとジャミールは親交を深めていた。


「しかしお前本当に変なやつだな。分かっていたつもりだが文官が俺たちの移動に何の問題もなくついてくるとな。なんで武官じゃないんだよ」


夜には夜営を挟んでいるとはいえ、丸2日駆けっぱなしだったにも関わらずジェズがぴんぴんしてるのを見てジャミールはやや呆れた表情をした。


「しかも道案内や途中の物資補給も完璧。これはさすがって感じだけどな」


普段のアルファズ隊はジャミールが移動経路や補給、ペース配分などを決めていたが、今回の行軍ではジェズが同行している事から彼にロジスティクスはお任せモードとなっていた。


「ま、調整とか準備が俺の本業だしな。最近は姫に絡まれてたからちょいとアレだったけど」


とジェズがぼやきながら馬の世話をする。その様子を見たジャミールは笑いながら


「そういうなよ、あんなにご機嫌なレネ姫も珍しいんだぜ?」


「そうなのか?」


「あぁ。多分本人は隠してるつもりだろうけど、それこそ姫が第7軍団に着任した頃とかめちゃくちゃ力入ってたぞ。最近はだいぶマシになってきてるけどな」


「ふーん?意外だな?」


「まぁ気持ちはわかるけどな。20歳で5000人の人間の命をいきなり預かるんだぜ?王族も大変だ」


とレネ姫が近くにいない事をいい事にジャミールとジェズはお喋りに興じる。


「だからまぁ、俺たち隊長格はできる範囲で彼女の力になろうと思ってる訳さ」


レネ姫の意外な一面を聞いたジェズは内心ではやや首を傾げながらも「そういうもんか」と相槌をうつ。


「ま、いずれにせよジェズが姫様の相手をしてくれると俺たちも微笑ましい気分になるって事だ」


と完全に他人事なトーンで笑いながらジェズの肩を叩いたジャミールは、


「じゃあ俺は設営に戻る。しっかり休んどけよ!」


と部隊の指揮に戻って行った。


・ ・ ・


何事もなく夜営が終わった翌日。再び朝っぱらからグレイシアンに向かって駆けていたアルファズ隊とジェズの101騎。


その先頭を駆けるのはファティマ・カズミ。アルファズ隊所属の女性騎士であり、ジャミールの副官を勤めている。


アルファズ隊の中で最も目や耳が良い事から先頭を駆ける事が多い彼女が、急に全軍停止の合図を出した。


「ファティマ!どうした!」


部隊中央に位置していたジャミールとジェズがファティマに駆け寄ると非常に険しい表情をしたファティマが口を開く。


「隊長、グレイシアンから煙と騒音が」


ファティマの言葉を聞いたアルファズ隊の全員が表情を引き締めた。その様子を確認したジャミールが


「聞こえたな!まだ状況は不明瞭だがグレイシアンがなんらかの異常に見舞われている可能性が高い!!この場で一度小休止を挟む。装備を調えろ!!準備が完了次第、アルファズ隊は総員戦闘隊形でグレイシアンへ向かう!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る