第8話

良い男、良い女とは何か?この質問は非常に難しい。エリンの場合は自身も非常に優れた人材でありながら、他者の才能をしっかり見抜く・評価することができているためには確かである。


しかし人を見る目と男を見る目・女を見る目は別物だ。要するに仕事に関するスペックと、プライベートで一緒にいて楽しいかどうか?幸せかどうか?は別の話であるということだ。


考えても見てほしい。めちゃくちゃ仕事ができる業務改善コンサルタントが、家でも仕事の時のノリで家事について何かコメントしてくる場面を。まず間違いなく多くの人がイラッと来てその人をぶっ飛ばしたくなるだろう。


仕事と恋愛、更に結婚は混ぜるな危険である。勿論何事にも例外はあるが…


何はともあれ、エリンによる突然の「ジェズは元カレ」発言により第7軍団士官食堂は一瞬の静寂に包まれ、その後不自然な程にもとの喧騒に戻る。


「ほら言わんこっちゃない」と内心思ったジェズは周囲の様子をチラリと伺った。参謀長のヒューゴーはさすがに年齢相応に「エリンも若いなぁ」という表情で比較的普段どおり、レネ姫はこれまで浮いた話を聞いたことがなかった自身の専任騎士の意外な?過去に驚きやや頬を染めて興味深そうにしていた。


そしてレイルの方を見ると。彼の表情を見たジェズは「ムンクの叫び」ってそう言えばこんな感じだったなと前世での世界的に有名な絵画を思い出した。さらに自分たちのテーブルから離れた周囲を見回してみるとレイルと似たようなリアクションをしている若手将校たちがチラホラと。


さすがエリン、モテるなぁと現実逃避気味に周囲の確認を終えたところでジェズはなんとも言えない表情をしながら


「エリン、職場でそういうプライベートな事を言うなよ」


「そう怒らないでよ。どっちにしろそのうちバレることだと思うし」


と飄々とした表情でジェズの苦言をエリンは受け流す。まぁ確かにエリンの言う通り、エリンとジェズが付き合っていたことは彼らと同学年の王立学園生で知っている者も多くは無いが少なくも無い。


ジェズとエリンが同じ第7軍団所属になった、と同期の連中が知れば人伝経由でそのうち第7軍団内でもバレる事は間違いないだろう。今後何かしらの異常事態に陥ってからこの手のプライベートな話が知られて軍団内の士気や人間関係に影響が出る可能性があるのであれば、平穏な現時点で不発弾を処理しておくことは理解できる。


エリンはそういった合理的な判断もした上でこの段階で「元カレ」発言をしたんだろうとジェズは思いつつ、昔から腹の底はいまいち読みきれない所があるエリンの方を再び見てため息をついた。


「まぁいいや。あとはアレだ、俺が一方的に悪いみたいな言い方してるけど、アレはお互いさまだろうが」


「んー?そうだっけ?」


「あぁ、確かに俺からの連絡が滞ったのは事実だけど、そもそもエリンがどこにいるのか分からない事も多くて連絡のしようがなかっただろ」


と元カップルならではの微妙な距離感で話をしていると


「ふふっ、なるほど、本当に仲が良かったのはよくわかった」


「エリン、ノーマン。仕事中は公私を分けろよ。それ以外は何も言わん」


とレネ姫が非常にニヤニヤしながら茶々を入れてきて、ヒューゴーも理解ある上司面をしつつ生暖かい目で二人を見ていた。周囲の様子にハッとしたジェズとエリンはお互いに気まずそうな顔をして再び食事に戻る。


なおこの間、レイルはムンクの叫びのまま一言も声を発しなかった。ジェズ達の周囲のテーブルで見守っていたレイルの友人や同期達は後日、あまりにも居た堪れない彼のために合コンを開いたとか開いてないとか。


・ ・ ・


ジェズが第7軍団に転属して約1ヶ月が経過しようとしていた。彼が参謀部に配属されてからは参謀部内の業務状況も大いに改善され、更にジェズ自身も第7軍団内での人間関係構築が順調に進んでいた。


エリンと同僚の女性士官たちや既婚者たちとはかなり仲も良くなっていた。一方でレイルを始めとしたエリンに憧れを抱いていた男性若手士官たちとは一部微妙な距離感もあったが、いずれにせよ実務的には第7軍団内でもその能力が認められたと言ってよい。


更にレネ姫との模擬戦の一件や朝活(物理)を通して現場の実働部隊のメンツとも交友を深めつあった。そんなある日、第7軍団内の大会議室で月次の定例会が開催された。ジェズがレネ姫から転属の辞令を言い渡された例の会議である。


第7軍団の軍団長を始めとする高級武官、コハネ政庁や南方諸都市の行政機構の文官たちが再び揃っている中で会議は進む。これまでの経緯を説明しつつ今後の方針を参謀長のヒューゴーが説明していた。


「ということで南方最前線への増派のための事前準備・調整はこの1ヶ月で概ね完了した。予定通り第7軍団第1連隊は第8軍団基地へ。第7軍団第2連隊は第9軍団基地へ。第7軍団第3連隊はコハネで後詰めとして待機しつつ、第10軍団の到着を待つ」


第7軍団を始めとしたタッシュマン王国の各軍団はおおよそ5000人規模の構成となっている。例えば第7軍団の場合は約1500人の連隊が3つ存在し、それらを支える参謀部や医療・食事・兵站などの後方支援部隊所属の人員が約500人存在する。


今回の出撃では変則的な編成となっており、第1連隊と第2連隊が最前線となっている第8軍団基地と第9軍団基地へそれぞれ応援として出撃する。


そして第7軍団第1連隊を率いるのがレネ姫であり、エリンとジェズもここに随行する。参謀長のヒューゴーやレイルは第3連隊と共にコハネに残って全体統括の補佐という布陣となっていた。


ヒューゴーが伝えるべき事を全て伝え終えるとレネ姫が立ち上がり、凛とした表情で覇気を全身から漲らせて宣言した。


「では諸君。行こうか。出陣っ!!!」


「「「「「おう!!!!」」」」」


「…ふぅ」


「お前は逃げるなよ?」


「やだな、流石に冗談ですよ」

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