第14話
「日本の警察は優秀? 誰が言ったんですかそれ。松岡さんニュースは見てますか? まぁあのニュースの出所は警察発表を記者クラブで拾ってきただけのものなので、全ての事件が公表されているとは限りませんが、恐らく優秀だと
「じゃあいくらでも、検挙率を増やせるってこと……?」
「そうですね。まぁいくらでもというのは語弊があるのでしょうけれど。少なくとも、現場証拠が少なく、捜査が困難だと見れば、事件性が少なく、自殺の可能性が高いとの判断を下すでしょう。そしてそれをそのままメディアが報じ、ああ、あれは自殺だったのかと納得します。――もしも犯人が出てきたら? それならそれで、逮捕してから『実は密かに捜査を続けていた』とでも言えばいいんじゃないですか? 世間の人間の大半は賢くありませんからね。与えられるニュースを何も考えずに享受するだけです。あぁ、犯人がいたのね。でも捕まったのか。よかったよかった。と、納得して、警察を称賛すらしてくれるでしょう。そんなものですよ」
捻くれ過ぎているとも取れるけれど、
実際、私の仕事で出会う高齢者のほとんどは、痛ましい事件が起きればテレビで報道された内容を百%信じ込み、犯人に対する怨嗟や苦言を呈し、被害者に憐れみを向ける。
それは当然なのかもしれないが、今やインターネットを始め、情報は至る所から噴出するような時代であり、若者の一部は懐疑的に物事を見れるのだろうけれど、大半は彼女が言った様にただただそのままの形で受け取るだけに過ぎないのではと私も思う。
でも、だからと言って、警察が有能でないとは限らないのではないだろうか。
「そうですね。いや、全員が無能であるだなんて私も言うつもりは毛頭ありません。ただ、世間で言われるほど信頼が置ける存在では決してないと断言できます。頻繁に起こる警察関係者の不祥事の数々を知っていますか?」
「まぁ、たまに耳にはするけど。調査書の改竄とか、押収したものを自分のものにしたりとか」
「それだけならまだ可愛いほうです。証拠品の処分や自分のミスを隠したかったからという理由だけで、他人の人生を終わらすような隠蔽工作はもちろん、運転ミスによりパトカーで人を跳ねておきながら、急に飛び出してきたと被害者のせいにしたりなどは茶飯事です。ストーカー被害などにも取り合わず、面倒事を極力避けた結果、最悪の事態に発展してしまう事件など、ここ数年だけでも一度や二度では済まされません。被害者や遺族の個人情報を入手し、執拗に迫る者や押し掛けて強姦したなどの事件もありましたね。警察官だって人間だと言いますが、普通の人間ならやらないようなことをやっておきながら人間を語る不届きさと言ったら、もう目も当てられませんし、上層部にしろ交番勤務にしろ、厚顔無恥にもほどがあります。しかも彼らは自分達に都合の悪い情報は握り潰します。記者は警察発表を聞いて記事にしていますので、警察が隠している情報を明らかにするには、内部告発をしてもらえる、余程の強いパイプが必要になります。しかし、関係者は口を割りません。口封じででっち上げの罪により刑務所に送られるか、若しくは消されてしまうからです」
ここまで一気に捲し立てた中須香奈は、半分以上残ったままだった麦茶をゴクゴクと喉を鳴らして飲み干し、「失礼。興奮し過ぎました」と顔を赤くして恥じた。
「なにか、あったの?」
実際に被害に遭わなければ、ここまで批判的な物言いにはならないだろう。しかし、彼女に前科があるとは考え難い。ということは近しい人が、なにか迷惑を被るような事態が訪れたのだろう。
「……中学の時の担任の先生が碌に捜査もしないまま逮捕され懲役刑になりました。服役中に嫌疑は晴れて、すぐに釈放されましたが、結局教師を続けることは諦めて実家に帰ると、個人的に連絡をくれたんです」
詳しい内容を訊いてもいいものか迷ったけれど、あまり愉快な話でもないだろうし、眉根を寄せながら話す彼女も口にしたくない様子だったので、深く追求するのはやめた。
それにしても。
十五歳というのは、陰謀論を信じてしまいやすい年齢だと思う。『実は私達は騙されていた!』とか、『この世界はとある組織が牛耳っている!』みたいな話が大好きなんだろうし、人生経験が希薄な十代ならそれらを鵜呑みにしてしまうことだって仕方ない気がする。
――恐らくだけれど、この子も半信半疑なんだろうな。
やり場のない怒りとか、言葉にできない感情のやりどころがなくて、こうして裏で蠢く怪しい組織として国家権力を嘲笑しているのかもしれない。
まあもちろん、僕自身も警察に対して全幅の信頼を置いているわけではないけれど。
「――馬鹿馬鹿しくも子供染みた私怨なんでしょうけど、でも私なりに調べた結果、信ずるに値しない機関であると判断しました。さっきも言いましたけど、別に全員を批難するつもりもないですし、現場で頑張ってる警官だってたくさんいるでしょう。でも、シートベルトをしてない車を追っかけたり、自転車の二人乗りを追っかけて大声で怒鳴り散らしているだけの彼らを、どう信じろというのでしょうか。――彼らは証拠を捏造するプロです。自分達に都合のいい情報を創り出し、都合が悪いものはなかったことにしてしまいます。だから、私達は先ず、処分される前にその証拠を集めておく必要があります」
「集めておくって、具体的にどうやって?」
「証拠によります。たとえば足跡なら採取することはできませんし、一般人が文字通り『足取り』を追うことはできませんが、それでも写真に収めたり、証拠が存在したことを認知しておくことは無駄ではありません。裁判になったとき、弁護側にも有用な状況証拠となる可能性もあります。子供の戯言だと裁判官に思われてしまっては無意味に終わってしまいますが」
――そこは賭けですね。
言いながら玄関に向かった彼女は、ローファーの踵に指を入れ、両足ともきちんと履いた。
「さて。時間もそれほどありません。もしも死体を見たくないというのであれば、松岡さんはここにいてもらってもいいですよ。私がひとりでやりますから」
心なしか、初めに感じた弱々しさというか、どこか暗い女の子という印象がすっかり影を潜め、今は水を得た魚とでも言うのか、瞳に力が宿っているように見えた。
音を立てずにドアノブを回した彼女は、ドアを開けずに覗き穴に目を近付ける。
「チャンスですね」
香奈は音もなく開け放し、そっとドアを閉める。
私は自分でも不思議なことに、ほとんど無意識の内に明らかにサイズの小さな軍手を両手に嵌め、気付けば彼女の後を追いかけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます