第13話
「まず第一に、私が朝の七時から――今は十時を過ぎましたので、三時間以上ですね、それほど長い間、なぜあなたは私と一緒に居続けたのか」
「それは君――香奈ちゃんが話を聞いてほしいって」
「そうです。話を聞いて欲しくてここに相談に来ました。――ところで、私が口にした第一声を覚えていますか?」
もう、随分昔のことのように感じてしまうけれど、たった三時間前のことだ。一字一句違わずに記憶している。
「私、人を殺しました。……でしょ」
「そうです。殺人を自白しました。あなたはそれを聞いて、部屋の中に招き入れた」
「誤解を生じそうな気もするけど、間違ってはいないかな」
「そして食事を振舞い、一緒に私の家に入ると、二つの死体があった。そしてもう一度ここに戻って今に至る。間違いありませんね?」
「うん。振舞ったというか作ってくれたのは香奈ちゃんだけど、大筋ではその通りかな」
「さて、ここで考えなくてはなりません。何も考えずに生きてきたと自らを卑下する松岡さんも、今は頭を使わなければなりません」
いちいち棘を生やさずには話を展開していかれないのかこの子は。
「警察は松岡さんに対してどのような見方をするのでしょうか」
「どの様な見方って……普通に、近所の女子高生の相談に乗ってあげた優しい青年とかじゃないの?」
「あなたは一度頭を割ってください。脳に苔が生えていますよ、絶対」
お花畑ですらないのか。脳に苔……よくも平然と気持ち悪いことを言えるな。
「いいですか? 先ず、あなたは私の味方であると警察は
「……」
言われてみれば、確かにそうだ。薬を使って昏睡状態にし、更に包丁を突き立て母親を殺害、その前後には父親を後ろ手に縛った上で首を絞め殺害している。突発的な感情だけでここまでやるとは考え難いかもしれない。
況して、彼女の家庭環境は良好であり、近所の誰に訊いても仲のいい親子そのものであったと口を揃えて証言するだろう。そうなると、私が第一被疑者として浮かんでくるのは想像に難くない。
高校に入学したばかりの少女を好いた私は、彼女との交際を認めてもらう為に彼女の両親に交際を
そして、その反応、態度に怒り、私は彼女の両親殺害計画を思案する。
犯行は彼女、中須香奈に行わせ、自分は裏で糸を引き、実行には移さない
何故なら、中須香奈は未成年であり、死刑になることはまずないだろうし、彼女が自分で思い立った犯行だと自白すれば私に嫌疑は及ばないからだ。
とはいえ、実行犯である中須香奈が死刑になることが絶対にないとは言い切れないが、家族間で揉め事があったとすれば、情状酌量の余地は十二分にある。外から見た他人の家庭なんて、どんな問題を孕んでいたとしてもわかるわけがないのだから。
そして、私を含めた隣人は、「意外です」「そんな風には見えなかった」と他人事のように下世話なワイドショーのインタビュワーに答えればいい。
あとは世間が味方してくれるかどうかで少年院に服役する刑期の長さも変わってくるだろうが、長くても数年程度で出てくるだろう。
しかも彼女は聡い娘である。精神が病んでいるように演じることも、同情を誘う涙を流すことだって簡単にこなすだろう。
そうして、私の完全犯罪は、想い人である香奈の出所と同時に完成し、見事自分の手を汚さずに邪魔者を排除することに成功する。
「――完璧な作戦ですね。まあ、まず失敗しそうですけど」
「や、やめてくれ。なんか本当に自分がやったんじゃないかって気に――」
「気が小さいですね。よくそんなメンタルでクレーマーの相手ができますね」
「あれは仕事だから……って、そういう問題じゃなくて。……本当に警察はそんな風に考えるのかな……」
なんだか自信がなくなってきたぞ。馬鹿馬鹿しいと一蹴したいのは山々だけれど、しかし絶対にないと誰が言えよう。
「松岡さん、いいですか。この世には冤罪と呼ばれる、犯人ではない人が犯人として扱われ、
「で、でも、日本の警察は優秀だって言うし」
この子の想像力は――いや、創造力なのだろうか、どちらにしてもそら恐ろしい。それとも今時の高校生くらいだと、この感性は普通なのだろうか。
頭が痛くなってくるな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます