第5話

 実際、子供だと思っている。

 高校生など、心身共に子供以外の何者でもないからである。

 その辺りの私の心情を目聡く見極めたのだろうか、彼女は本当に安心したように胸を撫で下ろしていた。


「で、ええと、じゃあ毒殺ということは、ご両親の遺体はまだ形を保ったまま、外傷もなく、ただただ絶命してしまっているということでいいのかな?」

「はい。どこにも怪我はしていません。心は傷付いているかもしれませんが」


 詩的な表現を使おうとしたのか、結局小洒落たかけ方しかできなかった彼女であるが、どうにも上手い事を言い切れなかったと自覚があるのか、私から視線を逸らし、壁にかかっているカレンダーについて言及し、強引に話を逸らす。


「あのカレンダー、キャラクターものですね。しかもアニメの。オタクってやつですか? 松岡さんは」

「あぁ、あれは彼女が買ったカレンダーだよ。……もう、別れちゃったんだけどね。アニメが好きだったんだ」


 これは嘘ではなかった。私はアニメなど殆ど観たことがなかったが、先月別れた元彼女は無類のアニメ好きで、日曜の朝にやっている児童向けアニメから、夕方の少年漫画系アニメ、そしてお色気シーン満載の深夜アニメまで、幅広く網羅していた。


 中でも、このカレンダーのシリーズものが気に入っていたようで、魔法を駆使して敵と戦う少女のコスプレ姿で部屋をうろついている彼女を揄うのが私の趣味のひとつでもあった。


「……彼女の趣味、ですか。本当にもう別れたんですか?」

「うん。本当。まだ一ヶ月くらいしか経ってないから、正直吹っ切れてないんだけどね」


 思わず苦笑う。存在を意識し出すと、思い出が蘇り、一緒に出かけた場所、見た景色などが鮮明に瞼の裏に映し出される。


「恥ずかしながら、結構引き摺るタイプなんだよね、俺」

「本当に恥ずかしいですね。女々しい男は嫌われますよ。いつまでも別れた彼女を引き摺ってる男は気持ちが悪いですね、実に」


 済ました顔で、オブラートに包む気配すら感じさせない罵倒を浴びせ、ちょっとスッキリしたような満足感に浸っている風な様子に、私は嘆息してしまう。


「えっと……本題に戻ろうよ。ここまでの話を整理すると、君は両親と口論になって、そしてその感情を押さえることができずに両親を殺害してしまった」

「はい」


「で、殺害方法は毒殺。身体には傷一つ負っていなくて、毒のせいで死んだ両親の遺体はまだ家に置かれている。ここまではいいよね?」

「はい」


「で、ここからが問題だ。君は俺に『死体の処理についての相談』だと言ってうちまで上がってきた」

「それは違います。違うと言いますか、不本意です」

「え? どこが?」


 意外にも否定されてしまった。というか、かなり序盤で困っていると彼女は言い、部屋に上げてから確かに『死体処理の方法』を教えて欲しいと頼んできた気がするのだけれど。


「家に上げたのは松岡さんであって、私が無理に頼んだわけではありません。変な誤解をしているようなら訂正を求めます」


 なんだそれは。


「…………どっちでもいいけど」

「どっちでもはよくありません。私をそこらの軽い女子供おんなこどもと同列に語って欲しくはありません。男の部屋に転がり込むことをまるで武勇伝の様に語る尻軽股緩女と一緒にしないでください。訂正しないのであれば名誉棄損で裁判にかけますよ」


 そんな裁判起こせるか。尻軽股緩女などという初めて聞いた造語を出されても、未知のジャンルの女性と彼女を一緒にしようがないし、というよりも、冷静に考えれば、昼間から女子高生を軟禁しているような状態の現状は、私にとってとても拙いことなのではないかという不安が頭をもたげる。外出を阻まれているのは私の方ではないかと言いたくなるが。


 「まあ心当たりは全くないけれど、訂正しろというのならさせてもらおうかな。君を、その、尻軽なんたらと一緒にして悪かった。訂正するよ」

「お詫びは……」

「――お詫びして訂正するよ。ごめんなさい。……これで満足?」


 若干投げやりに言い放ってしまったが、思いの外彼女は満足気に「いいでしょう」と頷いた。


「はぁ……。で、死体処理だけど……処理って簡単に言うけどさ、君はどうするつもりなの?」

「どう、とは」


「警察にバレないように隠したいってことなんでしょ? さっきちょっと話題に出た破砕機は現実的ではないにしても、死体を損壊したり、非道な扱いしたりしたら、罪が露見した時にはもっともっと重い罰が下ることになるよ。それでもいいの?」

「……」


 『それで構いません』と即答されるものだとばかり思っていたが、彼女は曲げた人差し指を顎に当て、考え込んでしまった。

 確かに、想像上でとはいえ、両親を殺害してしまっているのだ。死体まで無碍に扱うことなど、まともな神経をしていればこれ以上両親の遺体も自身の良心も痛めないよう忌避するに違いない。


「……埋めますか」


 たっぷり一分間程考えた挙句、彼女は埋葬を提案した。


「埋めるって……どこに? そこ?」


 私はマンションの北側を指差した。

 裏手には雑草が生い茂った庭とも呼べないスペースがあり、そこなら人通りがほぼ皆無であるため人目に付き難く、こっそりと埋めるには最適なのかもしれないが……。


「場所はどこでもいいです。それくらいは松岡さんが決めてください。全部私が決めるのならば松岡さんの存在する理由がなくなってしまいます」


「俺の存在理由レゾンデートルは君の両親の死体処理方法を発案することだけじゃないと自分では思っているけれど、まぁそれはそれとして、埋めるならやっぱりマンション裏がいいかもね」

「まぁ……そうですね」


 完全に死体遺棄罪で捕まり兼ねない危険な会話である。場所を提案した場合、幇助になるのだろうか……。

 何にせよ、本当に殺人が行われていたのだとしたら、私は現時点で共犯者と認識されてしまう危険性がある。


 いや、このまま彼女を自首に導けば、善意の第三者として、むしろ脚光を浴びることができるのかもしれない。

……頼まれても、カメラに囲まれながら人前に出ることなどはないけれど。


「他にはないんですか? 死体処理の方法」

「他に……」


 私は少ない知識から絞り出すように、映画や小説などで見聞きしたフィクションや、実際にニュースで目にした映像を思い浮かべながら彼女に伝える。


「――ほら、よく煮込んじゃうとか言うよね」

「煮込んじゃう?」

「鍋で。バラバラに切り刻んでさ、ドロドロになるまで煮ちゃうとか」

「……おぞましい」


 露骨に苦々しい顔をした彼女。この処理方法はどうやらお気に召さなかったようだ。


「他にも煮込む系で言えば、苛性ソーダだっけな、なんかそういう劇薬につけ込んでおくと一日二日でドロドロに溶けてなくなっちゃうとか」

「……」


 しかめ面を私に向けている彼女を無視し、思い付く限りの方法を羅列してあげようと、悪戯心に火の点いた私は、調子に乗ってさらに続ける。

 断っておくが、決して先程窘たしなめられたことに対する復讐ではない。


「あとは、動物に食べさせちゃうとかね。もちろん自分で食べてもいいんだけど、流石にそれはきついでしょ? 豚とか、何でも食べるらしいから、バラバラにして餌に混ぜてあげれば喜んで食べてくれるよ。それと、燃やしたりするのも効果的かもね。人間を燃やすのって相当の火力が必要らしいんだけど、脂肪が多い人とかだと燃え易いとかも聞くし、焼却炉に入れちゃえば燃え尽きちゃうんじゃないのかな。臭いが結構出ちゃうだろうから現実的ではないと思うけど……。あぁ、これは作り話だろうけど、動物用の火葬場で――」


「もう結構です」


 ピシャリとそういって退けた彼女は「気分が悪くなってきた……」と、顔を俯けながら口許に手を遣る。


「あ……ごめん」


 調子に乗り過ぎたのは確かだけれど、妄想で両親を殺害するような少女が、死体処理を行っている映像を思い浮かべた程度で気分を害すとは思わなかったので、少し意外だった。


「――えと、それじゃあとりあえず、見にいこっか」

「? 見に……?」

「うん。死体を。家にあるんだよね?」


 そろそろ潮時かと思い直し、彼女の殺人妄想ごっこに幕を下ろしてあげようと、私は立ち上がった。

 しかし彼女は、立ち上がる私を見上げ、青褪めている。


「……ちょっと、待って下さい。今は、嫌です」

「嫌って……。嫌だと言われても、見てみないことには状況もよく分からないし、詳しいアドバイスをしようもないから。出勤もしなきゃだし、とにかく君の家に行こう」


 彼女の脇を通り、玄関へと足を進める私の前に、彼女は横に転がるようにして進路を塞ぎ、スーツのズボンの裾を、ギュッと掴んで離さない。


「気分が悪いんです。……松岡さんのせいで。変な話を聞かされて気持ちが悪いので、落ち着くまでもう少し待って下さい」

「……俺のせいでっていうのは否定しないけど、他に言い方が……。まあいいや。じゃあ少し時間をおこう」


 私の言葉に安心したのか、スッと手を離し、身体を起こした彼女は座椅子の背凭せもたれに深く背を預け、ふぅ……と、安堵の溜め息を漏らした。

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