第3話

「……ごめん。気に触ったのなら謝るよ。でもさ、まだ全然話が見えてこないんだよ。死体処理、だっけ。そもそも死体はどこにあるの?」

「家にあります」

「い、家? って、君の家ってこと」

「そうです。二体とも」

「に、二体?! 二人も殺したってこと?」

「はい。でももう人間ではないので、二人ではないですけど」


 正直、現段階では彼女が言っていることが事実なのか、それとも私をからかっているのかはわかりようがないのだが、淡々と語る彼女を見ていると、あながち真っ赤な嘘とは思い難い何かを感じさせられてしまう。


「えと、その死体っていうのは……知り合い?」

 まさか、とは思いながらも、遠回しに訊いてみる。

「両親です」


 端的に答えた彼女は、事もなげに、涼しい顔でそう言い、私から目を逸らし、キッチンを見遣る。


「喉が渇いたのですが」

「……」


 子供だからで済ませていいのかわからぬ無遠慮さを発揮され、こちらもそろそろ強気に出るべきなのではないかと思いもしたが、まぁここで叱りつけるのもタイミングが悪いだろう。


 今彼女に機嫌を損ねられて、中途半端に話を切り上げられては、なんとも後味が悪い。

 私は電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。


「二三分待って。紅茶と珈琲どっちがいい?」


 なるべく明るく伝えたつもりであったが、彼女が望んだのはそのどちらもでなかった。


「喉が渇いたのでジュースを下さい。二三分も待てません。オレンジジュースがいいです。粒が入ったやつ」

「……」


 もしも親戚の子供だったら後ろ頭を引っひっぱたいてやりたいところだが、生憎他人の娘さんだ。して自分の半分ほどしか人生を経験していない子供相手に、まさか三十路を目前に控えた私が、このようなマナー知らずの無礼千万な子供相手に怒りを露わにするなど以ての外である。


「……粒が入ったのはないけど、オレンジジュースならあるよ。ちょっと待ってて」

「氷も入れてください」

「……はい」


 落ち着け。もしかしたら彼女は私を試しているのかもしれない。どこまで挑発したら手を出すのかと。


――そう、挑発には乗ってはいけない。最近は学校なんかでも、軽く頭を叩いただけで休職に追い込まれた先生もいると聞くし、仮に今私が彼女を怒鳴りつけたとして、そのままどこぞの団体へとかけ込まれてしまえば、児童虐待の罪で、最悪お縄を頂戴するようなことにもなりかねない。


 そうなればご近所云々どころか、世間的に死んだも同然である。

 死体処理についての考察を聞きたがっている彼女に社会的に抹殺されるかもしれないなど、皮肉というか、随分と酷いブラックジョーク染みてはいるが、そもそも私は彼女を信用し過ぎてはいないだろうか。


 この年頃の子供は、平気で嘘を吐く。

 精神的に未熟であるのは当然だが、罪悪感も含め、あらゆる面が育っていないのだろう。

 相手の傷付くことを平気で言い、言って善いことと悪いことの区別がつかないのも、当然なのかもしれない。


「あの……まだですか?」

「あ、ごめん」


 冷蔵庫から一リットルパックのオレンジジュースを取り出したところで、つい考え込んでしまっていたが、いつの間にかお湯も沸いていて、注ぎ口から白い湯気を立てていた。


 コップに氷を入れ、ジュースを注ぐ。

 そして、マグカップにココアの粉末を入れ、沸かしたお湯を注ぐ。

 左右の手にそれぞれカップとコップを持ち、彼女の前にジュースを置き、自分の前にはココアが入ったマグカップを置く。


「で、死体の話なんだけど――」

「すみません、私にもそれ、もらえますか? ココアの方が美味しそうです」


 ジュースを半分ほど一気に飲み込んだ彼女は、ふぅふぅと熱々のココアに息を吹きかけ冷ましながら、表面の少しだけ温くなった部分を辛うじて啜った私が持つカップに指を差す。


「もしも淹れ直すのが面倒なら交換しますか? これと」


 半分になってしまったジュースと、ほんの一口分だけしか減っていないココアを交換しようと提案する中須香奈。こいつは一体何を言っているんだ。


「いや、でももうそれ半分しかないし」


 そういう問題でもないのだが、パッと出てきた反論がこれなのだから仕方がない。


「でも、内容量的にはそれ程変わりませんよ。氷が溶けたら量も増えるし」


 氷が解けても量は増えないだろう。彼女の学校の教科担当は何を教えているのだ。


「――いい加減本題に入ろうよ。遅刻するとは伝えたけど、休むわけじゃないし、できれば早く行きたいんだ」

「本題にはとっくに入っていますけど。松岡さんが何度も中座するから話が途切れるんじゃないですか?」


 会社に電話を入れるためと、彼女に飲み物を用意するための二回。それを何故非難されなければいけないのか。

 しかし、私も大人だ。世の中を知らない憐れな子供に憐憫れんびんを感じつつも、大人としての対応で導いてやる必要があることを熟知している。……つもりだ。


「そうだったね。ごめんごめん。で、死体が部屋にあって、それが両親の死体である、と。うんうん。で、殺害の動機は?」


「……同じ言葉を繰り返す人は、自分の言葉を相手に無理矢理信じ込ませようとしていると聞いたことがあります。ごめんごめんは、謝罪してるから許してくれるよねという強迫にも取れますし、うんうんは納得してるよ分かるでしょという傲慢さという意味にも受け取れます」


「いや取れないでしょ。強引過ぎるよその理屈」


 謎理論を展開され、話の腰を折られそうになったのを私は引き戻す。


「そうじゃなくて、俺が聞きたいのは殺害理由とかさ、殺害方法とか、その経緯や背景が知りたいんだよ」

「なら最初からそう言ってください。遠回し過ぎて子供の私にはわかりません」


 都合のいい時だけ自分を子供呼ばわりする老獪ろうかいさを持つ子供に、情けも容赦も必要ないと私は考える。


 しかも、なにひとつ回りくどいことなど言ってはいない。むしろストレート過ぎるくらいの訊き方をしたつもりだったが、これ以上弁明染みた説明をしたところで効果はないだろう。


「じゃあその二点を教えてくれるかな。何故君は両親を殺害したのか。そして、どうやって殺害したのか」

「……」


――正直、手っとり早く切り上げる方法はとっくに分かっていた。

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