第2話

 法治国家である日本国では、人を殺してしまった者は大抵、まずは警察に逮捕され、裁判が行われ、刑が執行される。そして、刑の重さは殺人の残虐性や殺めた人数、計画性の有無や、精神的に追い詰められていたのか、或いは障害を抱えているのかなどの精神状況等、様々な点が加味され、裁判官達によって協議され、裁判長により執行命令を下され、そして裁かれた後に然るべき刑に服す。


 執行猶予がつくのか、それとも極刑に処せられるのか、ケースバイケース過ぎて素人の私にはいまいち判然としない部分はあるが、大凡おおよそで一人殺すと三年程度の服役期間が課せられると何かで聞いた記憶がある。


 だが彼女の場合、未だ花も恥じらう高校生であり、少年院に収監されるか、若しくは保護観察処分だかなにかで、あまり辛い思いをせずに出て来られるのではないかと推測される。

 何にせよ、人を殺めてしまった場合、するべきことはひとつである。


「……まぁ詳しい経緯はわかんないけどさ、とりあえず出頭するべきじゃないのかな、警察に」


 未成年だろうが成人していようが、罪を犯してしまったのであれば、自ら裁きを受けに然るべき機関へと出向くのが、一般的な感覚を持った大人の取る行動だと私は思う。


 高校生が大人かどうかは別としても。

 とはいえ、人を殺めてしまった直後では、確かに気が動転してしまっているのもわかる。

 ――あくまでも、彼女の言っている内容が本当のことであるのなら、という注釈付きにはなるが。


「警察には行きません」


 私の目を見てはっきりと、彼女は意思表示をした。


「警察は信用できません。だから、絶対に行かない」

「あのさ、信用できなくても、結局殺人の事実が明るみに出ちゃえば警察の厄介になることになるんだよ? だったら罪も軽くなるし、自首しちゃった方がいいと思うけど」

「いやです。絶対に行きません」


 頑なな態度を崩す気はないようで、真一文字に引き結んだ口元は、幼い子供の頑固さを感じさせる。


「じゃあどうするの? っていうか、俺にどうして欲しいの?」


 まさか、教会の神父さんよろしく、懺悔ざんげを聞いてもらいに来たというわけでもあるまい。

 いや、最近の小学生くらいの少年少女は、人間が生き返るものだと思っている子もいると聞く。もしや告解こっかいすれば殺した相手が生き返ると、この子も考えているのかもしれない。


「死体を処理する方法を教えてください」

「……は?」


 予想外の台詞に、左右の眉がくっ付いてしまうくらいに眉根を寄せてしまう。


「し、死体処理って……え、なに、死体を隠すってこと?」

「はい。隠すっていうよりは、死体の処理をします」

「いや、同じことを言い直されても」


 どういうことなんだ。死体を処理するって……。

 それはよく推理小説やサスペンスドラマなどである様な、たとえばバラバラにして埋めるとか、焼却炉に投げ入れるとか、グツグツと煮込んで、かし切ってしまうとか、そういった類の話だろうか……。


「そういった類の話です」


 心を読んだのか、私の心中での疑念をズバリついてきた、感情をあまり面に出さない不感症染みた女子高生は、座椅子の上で姿勢を正し、もう一度、相談内容を口にする。


「死体をどうすればいいでしょうか。小学生の頃に観た映画では、破砕機に死体を入れて、粉々に粉砕していましたが、残念ながらうちには破砕機はありません」


「なんて映画を子供に観せてるんだ……。あれはあくまでも映画の中での出来事だから、実際にやっちゃ駄目だよ。っていうか、物騒過ぎるよ考えてることが。過激な表現が規制されるのも分かる気がする……」


「フィクションの世界と現実の世界をごっちゃにしているのは極々一部だと思います。小学生だって、空を飛んで目からビームを出せるとは考えないでしょう、普通」


 一部の子供が大きな影響を受け、それを見た一部の大人達が過剰反応をしているのは確かにその通りだ。けれど、現実でも起こり得る物事を扱ったシーンや、まさに今彼女が口にしているような、残虐な知識を与える切っ掛けになってしまうのも事実で、サラリと『破砕機で死体処理』というワードを口にできる時点で、良くない影響を与えてしまっているのは間違いないと思うのだけれど。


「っていうかさ、その、人を殺したって、本当なの? 冗談じゃなくて? いや、冗談でも性質たちが悪いけど」

 そう、既に彼女に付き合ってこれだけの時間を割いているのだ。今更「ウソでした」は通用しな――

「げっ! もう十五分も経ってるじゃん!」


 壁にかかった時計を見て、慌てて立ち上がろうとすると、座ったまま体勢を変えずに、彼女は捨てられかけている子犬のような目で、無言の圧力をかけてくる。


「……はぁ。まぁ、しょうがないか」


 鞄をテーブル脇に置いたまま玄関手前まで行き、同僚の携帯に電話をかける。


「あ、もしもし、俺。おはよう。いやちょっとさ、えーと……親の体調が悪くてさ。今日、ちょっと遅れそうなんだ。……うん。そう。あ、それは大丈夫。ちょっと遅れるけど出勤するから。……うん。そうだね、伝えておいてもらえるかな。……はは、今度飯でも奢るから。……えぇ、飲み~? ……わかったわかった、付き合うよ。うん。それじゃ、悪いけど、うん。――はい」


 同僚の喉宮美夜子のどみやみやこに、遅刻の旨を伝える連絡を入れる。

 割と自由な社風もあり、同日出勤する誰かに連絡を入れておけば特に問題にされることはないのだ。


「――お待たせ。ちょっと遅れるって言ってきたから、もう少しだけ付き合うよ。――で、なんだっけ」


 話の内容をすぐに忘れてしまうのは私の悪癖あくへきのひとつでもあるのだけれど、最近は特に、半ば開き直ってしまっていることの方がむしろ悪癖とも言えそうだなと反省しながら中須香奈の反応を待つが、彼女は無言のまま私のワイシャツの第三ボタン周辺を見詰め、微動だにしない。


「……? おーい、どこまで話聞いたんだっけってば」

「――会社の人に電話してたんですか? 今」

「ん? あぁ、遅れるって言ってきた。流石に無断で遅刻するのはちょっとね」

「相手の人、女性ですよね。彼女ですか?」


 なんで相手が女だと分かったんだ。地獄耳過ぎるだろうと恐れを成しかけたが、受話音量を最大にしているし、室内は静まり返っている。それ程距離を開けたわけでもないし、喉宮は特徴のある「あっはっは」という張りのある大声で笑う。先程もそうだったし、それを聞いて女であると当たりをつけたのだろう。


「彼女じゃないよ。ただの同僚」

「……私がこんなに悩んでいるのに、あんな風に楽しそうにお喋りできるなんて……神経を疑います」


――神経を疑う。

 こちらの台詞以外のなにものでもないのだが、無神経という言葉が相応しいこの少女にそう言われてしまうと、怒る気にもなれない。

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