第42話
週末になると、お見舞いで彼女の病室を訪ねる。
個室の部屋には、硬貨入れなくても無料で見れるテレビや冷蔵庫の他に自分で持ち込んだキーボードが置いてあった。
久しぶりに見る彼女は、腕に点滴をして顔色が悪く、体調が悪いことが一目で分かった。
それでも努めていつも通りの調子で声をかける。
「やあ、久しぶり、体調悪そうだけど大丈夫?」
「うん。これはもう誤魔化せそうにないよね」
そう云って彼女は困ったように笑った。
「本当はね、夏頃にはもう結構悪かったんだ」
彼女のその言葉で、以前に妹さんが言っていた事の意味がわかった。
「黙っていてごめんね」
そんな彼女の謝罪に僕は何も言えなかった。
それでもどうにか言葉を絞り出す。
「ちゃんと治るよね?」
彼女は僕の言葉に力なく首を振る。
それからは重苦しい空気を変える為に彼女に学校の事を聞かれて近況を答える。
その時だけは、彼女は僕の何気ない話に笑ってくれて少しだけ救われた。
流石にお見舞いで長居をしてはマズイと思い、一時間程で帰る事にした。
それから、家に帰るとすぐにパソコンで彼女の病気の事を調べた。
その中で僕でも彼女を救えるかもしれない可能性を見つける。
検査機関を検索して、いつもの病院でも可能ですぐに検査の予約を入れた。
翌週のいつもの通院の後、検査を受けるために別のフロアへ向かう。
検査を受けるための同意書に自分のサインと親の許可が必要な事と、条件として年齢が十八歳以上である事が記入されていたが、後一年も待つ事はできそうにない。
どうにか出来る方法はないかと例外を探してもダメだった。
結局僕には彼女を救う事は出来そうにない。
その事がどうしようもなく悔しかった。
そのまま彼女の入院している病室へと向かうが、足は鉛のように重かった。
病室へ入ると、開口一番彼女から「なんだか泣きそうな顔しているけどどうしたの?」そう言って僕の顔の前に手鏡を向けてくる。
鏡に映る自分の顔を見て、自分が泣きそうな顔をしている事に気付いた。
自分では誤魔化せていると思っていたけど、彼女の目は誤魔化せなかったみたいだ。
それでも彼女にその理由を言えずに「なんでもないよ」と誤魔化すけど、彼女に真剣な顔で「なんでもないって顔してないよ?」そう言われて見つめられると、もう誤魔化すのは無理だった。
僕は泣きそうな声で、彼女の病気のドナーになれないか検査をしようとしたけどダメだった事を打ち明けた。
「それで篁君は泣きそうな顔をしていたの?」
「君を助けたかった、君に死んで欲しくない」
「そっか、篁君は私に生きていて欲しいんだね」
「うん」
「大丈夫、私は死なないよ」
「本当に?」
「当たり前でしょ? 少し時間は掛かるけど治るよ」
そう言うと不意に立ち上がって、僕の背中に手を回す。
突然の事に硬直する僕に構わず、そのまま抱きついてくる。
彼女から伝わってくる体温に心臓の鼓動が早くなる。
抱きついている彼女にも心臓の鼓動が伝わるくらい激しく心臓が高鳴る。
すぐ横にある彼女の顔は見えないけど、耳の先が微かに赤くなっていた。
「さっきから心臓がすごくドキドキしてる」
その言葉で余計に固まる僕を改めて抱き寄せて「わかる? 私の心臓も篁君と同じくらいドキドキしてる」
言われると、柔らかな感触と一緒に、心臓の鼓動が激しくなっている事に気付く。
平静を装っていた彼女も僕と同じでドキドキしていた事がなんだか可笑しくて、さっきまでの緊張が消えていく。
今はただ彼女から伝わる温もりが心地良かった。
「これで少しは安心した?」
「うん」
「それなら良かった」
そう言うと彼女はそのまま離れてベッドの方へ戻る。
僕も横の椅子に座ると今更のように自分達の行動が恥ずかしくなり、羞恥で顔が赤くなる。
それは彼女も同じだったようで気恥ずかしさから無言になってしまう。
空気を変えるために一階の売店にでも行こうと考えていた時、病室の扉が開く。
扉が開く音で振り向くと、売店の袋を持った彼女の妹が病室に入って来た。
「お待たせ、頼まれていた物買って来たよ」
「ありがとう、早速だけどアイス貰えるかな?」
「ごめん、アイス少し融けているから冷凍庫に入れないと、夕飯の時には食べられると思うから」
そう言うと袋の中の物を冷蔵庫の中に片付けていく。
「そうなの? 病院の中は暑いからね」
「うん」
元気のない夏織さんを心配して彼女が問いかける。
「どうしたの? 買い物に行く前は元気だったのに」
「なんでもないよ。少し疲れただけ」
「それなら良いけど無理はしないでね」
答えた夏織さんは本当に疲れているのか、こちらに挨拶だけして向かい側に椅子に座る。
「もう夕方だから僕もそろそろ帰るよ」
「そっか、お見舞いありがとうね」
「うん、じゃあまた今度」
そう言って病院を出ると少しホッとした。
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