第43話

それからも、僕は毎週時間がある時は彼女の見舞いに行った。

十二月にもなると流石に学校でも彼女の長期の欠席を心配するクラスメイトが増えてきた。

彼女は、体調不良で長期欠席と説明されていたけど、他に何の説明もない事にみんな疑問を覚え始めているのかもしれない。

クラス内での交流が出来た事で僕もクラスメイトに彼女の事を尋ねられる事が増えたが、知らないフリで通した。

彼女と普段から仲良くしていた友人達にも黙っているのは内心では心苦しく思っていても他人の病気の事を勝手に話すのはマナー違反だし、彼女が学校の友達にも内緒にしている事を家族でもない他人が軽々しく話す事も出来なくて、いつか彼女が自分で事情を話すまで待つ事にした。

ただ僕自身が彼女から事情を話す許可を得ていても、僕はクラスメイトには話せないだろう。

彼女の事情は他人に背負わせるには重過ぎて、事情を知った上で今まで通りに振る舞う事はとても難しく距離を取るか腫物に触れるような接し方になるかもしれない。

事情を知って距離を取って離れられても、それは自分の心を守る為に仕方がない事だとわかっている。だからこそ彼女が今まで守ってきた日常を壊すような真似が出僕に来るはずもなかった。



通院の日にも彼女の見舞いに行くと彼女も退屈して暇を持て余し始めているようで、病室に行くときには折り畳み式のボードゲームを持参するようにしていた。

アナログだからこそ、彼女はほとんど遊んだ事が無いようで、定番系ゲームのモノポリーや人生ゲームを夏織さんも巻き込んで三人で遊んでいる。

ちなみに夏織さんは、アナログなボードゲームを子供が遊ぶ物というイメージで抵抗があるようだが、ボードゲームの特性上二人ではあまり面白くない事がわかっているようで、なんだかんだ文句を言いながらも毎回参加してくれている。

姉同様にボードゲームを遊んだ事がないようで最初は戸惑っていたが、今は慣れないながらも楽しんでくれているようで何よりだった。




この手のボードゲームでは個人の性格がプレーに出る。


人生ゲームで妨害系のイベントの度に僕を指名する夏織さんと適宜妨害系の効果をトップの人間に使って独走状態にさせず、全員が勝てる可能性を残してあくまでゲームを楽しもうとする彼女と知識と経験を生かして手堅く勝ちに行く僕。

必然的に姉妹からの集中攻撃を受ける事になった。

三人で遊ぶ都合上、隣の人を指名する類のイベントでも両隣しかいないので任意で妨害を行えるのは仕方ない。


最終的にはゴール近くの月旅行でみんな貯め込んだ所持金を全額使ってしまい破産して負債の少ない僕が勝利となった。

「現実に誰が月旅行なんて行ける訳ないのに。しかも任意じゃなくて強制だし、これじゃあ月旅行じゃなくて追放でしょ」

そんな風に憤慨しているのは夏織さんで一位の状態から月旅行に行ったのでご立腹らしい。

まあ気持ちはわからなくもない。

トップを独走していても月旅行一回で最下位まで沈むのだからその理不尽さは酷いものがある。

ゲーム的にはみんなに逆転の可能性を残すシステムだけどそんな事は関係なかった。

「そもそも、人生ゲームって名前だけど、誰の人生なのよ!」

誰もが一度は思う事を言う夏織さんに僕も同意して

しまう。

「前半は普通に結婚とか出産、家の購入なのに、後半は月旅行とかカジノとか、浮かれ過ぎてると思うけど」

「そんなのだから、離婚されるのよ!」

人生ゲームの人生を送ったモデルになった誰かに不満を漏らす夏織さん。

そんな夏織さんを宥めて彼女は笑っている。

「そんなに不満なら、裏面のアメリカン・ドリームの方をやらない?」

「それこそ、自己破産して破滅するよ」

裏面のアメリカン・ドリーム版は名前の通りアメリカン・ドリームを目指して人生を送る先程のよりさらに浮き沈みの激しい難易度高め設定になっている。

裏面のマスを見て嫌そうな顔をする夏織さんは文句を言いつつも付き合ってくれるようで、準備を手伝ってくれる。


余談だが、最初は付き合いでやる感じだったのに、最終的にスマホで攻略サイトを調べたり一番熱くなっているのは夏織さんだったりする。

その様子を微笑ましく見ているのがお決まりのパターンになっていた。


ただ長丁場になるので第二回戦をする前に休憩を挟む事にして三人分の飲み物とお菓子を病室を出て一階にあるコンビニに買いに行く事にした。



コンビニを出ると僕は夏織さんに相談を持ち掛ける事にした。

本当は彼女にでも相談した方がいいのかもしれないが、入院しているし少しくらい驚かせたい気持ちもあった。


「ところで相談があるんだけど少しいいかな?」


「私にですか?」


夏織さんは露骨にお姉ちゃんじゃなくて私に? みたいな顔をしている。


「うん」


「構いませんよ」


文化祭の時から夏織さんの態度は軟化しているのですんなりと許可を貰う事が出来た。

ただ元々根が良い人なので以前の状態でも話くらいは聞いてくれそうな気もする。


「ありがとう。それで早速なんだけど、ピアノの練習用に電子ピアノかキーボードを買おうと思うんだけど、種類が多すぎてどれが良いのかわからなくて」


「とりあえず、電子ピアノはオススメしません。基本設置型なのでそれなりのスペースが必要になって取り回しが悪いです。それとキーボードも鍵盤数が違うので用途によって選ぶ機種が違います」


「とりあえず文化祭の時みたいな使い方を想定しているけど」


現状何か創作活動みたいな事をする予定はないので、シンプルな機能の機種で問題が無い気はしている。


「それならクラシックを弾く事になるので、八十八鍵のピアノと同じ数だけ鍵盤があるのが良いと思います。ただ機種によって鍵盤の幅や鍵盤を弾いた時の感覚が違うので、ネット通販は使わずに実際の店舗に行って試しに軽く演奏してから買うのがベストです」


「ピアノと同じ鍵盤数がある機種を実際の店舗で試してから買えば大丈夫という事だね」


僕の言葉に夏織さんは不安そうに顔をしてさらに注意事項を教えてくれた。


「それと、初心者はつい多機能の上位機種を買ってしまう傾向がありますが、正直そこまで弾きこなす前に挫折するので、上達してから上位機種に買い替えを想定して安めの初心者向けの機種を恥ずかしがらずに店員さんに聞く事も大事です」





「このまま一人で行っても碌なことにならないので明日の放課後に駅前で待ち合わせしませんか?」


「僕の方は問題無いけど、中学生が学校帰りに寄り道するのは平気なの?」


「構いません。みんなそれなりに遊んでますし」


「それならありがたいんだけど」


「はい。とりあえず今日のところはお菓子と飲み物を買って早く戻りましょう」




翌日の放課後学校が終わって駅前で待っていると中学校の制服を着た夏織さんがやってきた。


「お待たせしました。早速行きましょうか」


僕らが向かったのは駅前にある家電量販店のピアノコーナーだった。


「キーボードのデメリットは鍵盤を押す感じでピアノに比べて軽いので本番でピアノを弾く時に指の力が弱くなったり変な癖がつきやすい事ですね」


解説されてピアノを弾いた後にキーボードを弾いてみる。

確かにピアノの鍵盤は叩くみたいな感じなのにキーボードの方は押すみたいな感じだ。

それで僕の頭には疑問が湧く。

夏織さんにキーボードを借りた時はそんな違和感を感じる事もなく普通にピアノを弾くことが出来た。


「でも前に借りた時はそんな違和感を感じなかったけど」


「気付きましたか、機種によって鍵盤を押した時の感覚がピアノに近い機種もあるので、その辺も試して選んでいきましょう」


時折解説をされながらあれでもないこれでもないとキーボードを選んでいく。

キーボードの置いてあるコーナーを全て見てそれでやっと決めて会計をお願いする。

郵送用の伝票を記入して自宅に郵送の手続きをしていると後ろから夏織さんが声をかけてきた。


「やっと決まりましたか」


付き合わせた夏織さんも声に若干の疲れが滲んでいる。


「うん。ごめんね長々と付き合わせて」


「いえ、楽器はぱっと決めて買うものじゃないですから、ちゃんと自分に合う物を選ぶ事が大切です」


改めて今日は夏織さんに付き合ってもらって良かったと思う。

自分一人で行ったら昨日のアドバイスを元に弾いた時の感じなど気にせず買っていただろう。


「良かったらこの後、カフェにでも行かない?」


買い物に付き合ってもらって何のお礼もなく解散するのはなんとなく憚られて提案する。


「はい」


自分で誘っておきながら二つ返事でオッケーされるとは思わず少しだけ驚く。


家電量販店を出て駅地下まで少し歩くと病院にあるのと同じカフェに向かう。


病院の常連と言って差し支えない僕は勿論夏織さんも友達と行く事が多いからなのか、メニューを見なくても注文が滞る事はない。


テイクアウトで言おうとしたら、夏織さんが遮って店内でと店員に伝える。

てっきり飲み物だけ買って解散する流れで考えていたのでどうしたのかと夏織さんの表情を窺うけど何も言わない。


動揺しながらも最後に支払いを夏織さんが財布を出す前にスマホで二人分まとめて決済をする。


恐縮して財布を出そうとする夏織さんを手で制して代わりに店員さんから受け取ったドリンクを渡す。


少し時間が遅いせいで高校生を中心に混雑しているが二人がけのテーブル席を見つける事が出来た。


椅子に座ると改めて財布を出そうとする夏織さんに今日のお礼だと言うと渋々財布をしまってくれた。


「ありがとうございます」


居心地悪そうにしながらもきっちりお礼を言う夏織さんに苦笑する。


「それで今日はどうしたの?」


わざわざテイクアウトにせず店内でと言うからには何か話があるのだろう。

普段ならもう少しゆっくりと相手が話し出すのを待つところだけど、中学生を連れ回すには少し時間が遅い事と夏織さんの通っている中学はこの辺では有名で制服を見ればすぐわかるので周囲から見ると高校生と中学生の男女が二人でカフェに居る状態に今更ながら動揺していた。



「まずは、ごめんなさい。この前病室で話してるのを外で聞いてしまいました」


それは彼女の病室で話をしている時の事で、病院のコンビニでアイスを買ったにしては溶けたと言っていたのでその点に関しては不自然に感じていた。

彼女はその事について何も言わなかったので僕も何も言わなかったけど、やっぱり聞いていたらしい。


病室でその事を話題にする訳にもいかず、僕がキーボードの事を相談した時に二つ返事で引き受けてくれたのだろう。

ただ当然夏織さんが普通に善意で相談にのってくれて買い物に付き合ってくれた事もわかっている。

だからこそ僕の返事も決まっている。

「別に謝る事でもないよ。そもそも病室で話していたら誰かに聞こえる可能性もあるし、そもそもお姉ちゃんの話だったら妹として気になるのもわかるから、だから気にしないでもらえると嬉しいかな」


「ありがとうございます」



「でも、あれを聞かれてたのは単純に恥ずかしいな」


むしろ何も言わずに聞かなかった事にして、黙ったままの方が気持ち的には良かったと思っている。

今後病室で会う度にどんな顔をすればいいのかわからない。


「ちゃんと本音で話したんですね」


それでも真面目な顔で話を掘り下げてくる夏織さんに一度深呼吸をしてから表情を取り繕う。

恥ずかしいからと茶化したり照れていい話題でもない。


「まあ、本音というかほとんど縋るような感じになったし、自分の隠し事に関しては何も言えなかったけど、それでも確かに本音ではあったと思う」


「そうですか、それでも取り繕って話すよりは良いと思います」


「そうかな。もう少し冷静に話をしたかった気もするけど」


「もし、本音で踏み込まなかったらお互いに取り繕って誤魔化して終わったと思いますから、きっとあれで良かったんです」





「夏織さんの方はどうなの?」


「私もあの後、お姉ちゃんと二人で話をしました。今まで言えなかった事とか劣等感みたいなのを本人相手に全部」


「それは、また思い切った事をしたね」


冷静に考えたら入院してる人を相手にする事ではないかもしれない。

だけど、そんな時じゃないと話せない事もある。




「そうしたら、お姉ちゃんは、あなたに出来ない事を私は出来るかもしれない、だけど私に出来ない事をあなたは出来るんだよって」


夏織さんが彼女からの言葉を大切な宝物のように口にする。

「私は人より早く出来るだけで夏織だって正しく積み重ねていけば必ず私と同じように出来るようになるから、焦らなくていいよ。だって夏織にはまだ未来があるんだからって」



同じである事、違う事、人はそればかりについ目をとめてしまう。

だけど、誰もが同じである必要はない。

人よりピアノが弾ける事も人と違う色合いを持つ事もそんな事で人の価値は決まらない。

その人価値はその人自身が大切に持っていればいいだけのものであって他人が決める事ではない。

だから他人からの言葉なんて気にせず自分に出来る事をすれば良い。

きっと、彼女のいう通り今すぐには無理でも正しく積み重ねていけば必ず彼女に追い付く事が出来るだろう。


伝え聞いた言葉だけで夏織さんの方も上手くいったのだとわかる。


それからは時間も遅くなったので夏織さんを途中まで送ってから帰宅した。

出会った当初はまさかこんな風に悩みを相談したり買い物に付き合ってもらうような関係になるとは思わず、第一印象で思った事なんて案外アテにならないものだと柄にもなく考える。

そこには彼女の影響も多分にあるだろう。

文化祭を経て変わった今の自分を取り巻く環境を改めて考えると慣れない事に気疲れする事もあるけど一人で過ごす時間より楽しいと感じる事も確かだった。
















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