第35話
今日もクラスでは文化祭の出し物に関する事が行われている。
飲食系のお店は調理場の都合で学年で使える数の割り当てが決まっている。
もし同じ学年で複数希望が出ればプレゼンで勝負して決めるのが例年の慣例らしい。
くじ引きとかもう少し穏便に済ませれば良いと思うが禍根を残さない為と社会に出た時に役立つからという理由だと担任の先生が力説していた。
そこで今年は隣のクラスと希望が重なった為に、プレゼンをする事になった。
プレゼンでは自分達のお店のコンセプトの魅力やメニューも含めた計画性や安全性も含めてアピールをして担任以外の教職員の投票で決める。
そんな説明をされた後にどうやって隣のクラスに勝つのかを話し合いが開始された。
隣のクラスには彼女が居る為にまずモデルの見た目で勝つ事は諦めた方が賢明だろう。
そうなると内容で勝負する事になるが、メイド喫茶の時点で年配の先生からのウケは大正浪漫の方が良さげで余程工夫を凝らさないと勝ち目が薄い。
それに投票の都合で本来はメイド喫茶に興味があっても周囲の目を気にして大正浪漫の方に投票する先生もいそうだ。
何にしても文化祭特有のノリでメイド喫茶なんてやろうとしても結果は明らかだ。
そこでその手の話題が得意なクラスメイトがアキバ系ではない古風なヴィクトリアンスタイルのメイドを提案する。
所謂本場イギリスの方の丈が長めの落ち着いた感じの衣装になるらしい。
ただ文化祭の雰囲気やメニューなどとの違和感が拭えない。
いよいよプレゼン当日、放課後の視聴覚室へ歩いていると大正浪漫喫茶用に袴にブーツ姿の彼女を見つける。
やっぱり、隣のクラスからは彼女がモデルをするようだ。
クラス全員がこのクオリティで和装を着こなせる訳ではない為、誇大広告気味ではあるけど、プレゼンの場ではそんな事は関係無い為、間違い無く強敵だった。
こちらを発見すると用件を察した彼女は意外感を隠そうともせず聞いてくる。
「篁君がクラスのプレゼンをするの?」
意外感を含んだ言葉を僕は肯定する。
「本番に接客するよりは、パワーポイントでプレゼン資料を作ったり裏方の方が得意だからね」
「そっか。モデルの人は居ないみたいだけど、どうしたの?」
「予算の都合で衣装を用意出来無いから今日のプレゼンは僕が一人だよ」
大正浪漫喫茶の衣装の和装と違ってメイド喫茶の衣装は持っている人は極少数派というかクラスに居なかった。
加えて文化祭の予算をプレゼンの段階で使用して衣装を用意する訳にもいかず結果としてモデルは用意出来ずモデル役の人がゲームセンターのプリクラで衣装を借りて撮影したプリントシールのデータをプレゼンで使用する事になっている。
「流石に衣装を持っている人は居ないよね」
彼女も理由を察したのか、それ以上は何も言わない。
かわりに話題にしたのはこのところずっと練習しているピアノの事だった。
「家での練習は順調?」
最近は放課後はお互い文化祭の準備で土日も彼女の方は大正浪漫喫茶の準備に追われて彼女に練習を見てもらう機会が無くなっている。
幸いキーボードを借りているので練習出来無い事は無くても彼女としては自分が勝手にエントリーしたので進捗が気になるのだろう。
「とりあえず暗譜は出来たけど、両手奏で弾くにはまだゆっくりしか弾けないかな」
最近は時間が許す限りキーボードで練習をしている事もあって以前に彼女に練習を見て貰った時より格段に指の動きがスムーズになった。
お陰で眠りの森の美女のワルツの方は本番までに間に合うだろう。
問題は回想ソナタの方でまだ練習どころか暗譜すら出来ていない。
そもそも楽譜の代わりに指の動きで全て覚えているので誰かに何度か弾いて貰わなければ覚えられないのだ。
それでも僕の言葉に彼女は嬉しそうな顔をしてくれる。
「それなら問題は無さそうだね。後は回想ソナタの方も楽しみにしてるから、私に出来る事は手伝うよ」
視聴覚室に着くと先程までの穏やかな会話とは一転して真剣な顔になる。
まず僕のクラスのプレゼンとしては、メイドの歴史から蘊蓄を披露してメイド喫茶がどれだけ文化祭の出し物として相応しいかを訴える。
途中でクラスメイトが資料用に撮影したプリントシールをイメージとして使ってあくまでクラシカルで伝統的なメイドであってアキバ系ではないと言葉に説得力を持たせる。
その後はメイド喫茶のメニューとして火を使う調理は限られるのでレトルトで対応する事で安全に調理が可能だとアピールする。
ただどれもアピールとしては弱い事は先生の反応を見る限り明らかだった。
続く彼女のプレゼンは大正浪漫の時代考証から始まり、今や日本でも着られる機会が少なくなっている和装をする機会として自分達も日本文化を学んで貴重な経験をすると共に和装をより身近な物として感じて貰う事を大事にする。
そんな説明でまず家庭科や歴史の教師が関心したように頷いている。
あくまで文化祭も学びの一環でありそこで日本文化しかも廃れている和装文化を学んで着用するその時点で先生達の評価は既に高かった。
メニューに関しても大正時代といえばトンカツやコロッケの揚げ物系が多いが高校の文化祭で揚げ物をする訳にもいかないのでカレーやパスタで対応する事や大正時代は関係ないが、飲み物でコーヒーや紅茶の他にも和装に合わせて抹茶を点ててから提供する事で学びの一環だとここでもアピールをしている。
これではうちのクラスの文化祭の定番メイト喫茶と比べて学びの面で大きく負けている。
結果として先生達の投票は満場一致で隣のクラスの勝利だった。
これはモデルの差を抜きにしても同じ結果になっただろう。
それくらい先生達の好みのツボを押さえているそんなプレゼンだった。
彼女は結果を聞いて先生からの労いを受けてその流れで先生達の前で思いがけない質問をする。
「良ければ隣のクラスと合同で大正浪漫喫茶をしても大丈夫ですか?」
その質問には先生達の前に僕が絶句する。
思わず彼女を見るが彼女の表情からは何も読み取れない。
学年主任の先生が彼女の質問に長考してから記憶を辿るように答えてくれる。
「前例は無いと思いますが、クラス同士と担任の先生の許可があれば可能です」
「ありがとうございます。では今回は隣のクラスと合同で出店すると言う事でどうでしょう?」
彼女はプレゼンを聞いていた自分のクラスの担任と僕のクラスの担任にこの場で確認をする。
「担任としては可能です。だけど全てはクラスメイト次第ですね」
学年主任の先生が許可した手前、反対はせずクラスメイト次第だと言う担任達の言葉を聞いて彼女は僕の方に視線を向けた。
「篁君はどうかな?」
「僕も個人的には有りだけど、とりあえずこの場はクラスメイトと相談と言う事でいいかな」
「うん。私の方もクラスメイトと相談するから返事はまた後でね」
彼女の中では僕の答えも織り込み済みなのか特に気にした様子はない。
結局そのまま二人で視聴覚室を退出するまで会話も無く僕には彼女が何を考えているのかわからないまま自分のクラスに彼女の提案を持ち帰る事になった。
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