第20話
翌朝窓辺から差し込む朝陽で目を覚ます。
枕元の携帯を確認すると七時前で、起きるにはまだ少し早い時間だ。
隣を見ると彼女はまだ眠っている。
その寝顔は昨夜の影響で少し目元が腫れているが、穏やかそうに見えた。
僕は隣で眠る彼女を起こさないように布団から出てベランダへ行く。
昨夜は、暗くてよく見えなかったけど、朝陽を受けて海がキラキラと輝いている。
波の音を聞きながら昨夜の出来事を思い出す。
涙を流す彼女に掛けた言葉「みんなと違ったって良い、他人にどう見られても構わないから君と一緒に居たい」
「だから君が謝らなくたっていい、僕は君に笑っていて欲しい。」
その時は勢いで言ってしまったけど、その言葉自体は嘘偽りない僕の本心だ。
それでももっと、何か掛けるべき言葉があったのではないかと思ってしまう。
今の僕には何が正解だったのかはわからない。
それでも、今はわからなくても考え続けていればいつか答えが見つかる気がした。
そんな風に自然に前向きな気持ちになっている自分に気付く。
僕は自分で思っている以上に彼女に影響されているらしい。
春に出会ってからまだ数ヶ月で、一緒に過ごした時間は短いのに何だか不思議な感じだった。
思わず苦笑して波の音に耳を傾ける。
波の音を聞いていると穏やかな気分になる。
そのまま海を眺めてどれくらいの時間が経ったのだろう。
しばらくすると後ろから「おはよ」と声を掛けられた。
振り向くと寝癖を付けたままで眠そうに目を擦る彼女が居た。
「おはよう」と返事をして彼女の方を見る。
ベランダに出て隣で海を眺める彼女は、朝があまり強くないのか、まだ少しフラついている。
それでもこちらを向いて、「昨日はありがとう」そう言ってくれた。
その言葉で、さっきまで悩んでいた事が馬鹿らしくなってくる。
少なくとも間違いではなかった。それがわかっただけで嬉しかった。
こんな些細な事で一喜一憂して幸せを感じている自分を単純な人間だと思ってしまう。
それでも些細な事を幸せに思えるのなら、単純な人間で良かった。
そう思ったら自然と笑い出してしまう。
そんな僕を横から彼女が少し驚いた様子で見ていた。
「どうかしたの?」
僕は自分が思っていた事をそのまま伝える訳にはいかず、「昨日からの事を思い出していたら自然と笑ってしまって」
嘘でも本当でもない答えを返す。
そんな僕の内心を知るよしもない彼女は、「そっか、また何処か行けたら良いね」
そう言って笑ってくれた。
その言葉が嬉しくて、つられて僕も笑い出す。
そうしていると、扉の方から控えめなノックの音と共に昨日の仲居さんが入って来る。
「おはようございます。ご歓談中申し訳ございません、朝食の準備が出来ましたのでお運び致します。」
運ばれて来る食事を見て、僕らは慌てて時計を確認する。
丁度八時を少し過ぎた所だった。
テキパキと朝食の準備を終える仲居さんにお礼を伝えてから、朝食のメニューを確認する。
焼き魚、味噌汁、海苔、温泉卵などの和食中心になっていた。
食事を終えた所を見計らって今日の予定を相談する。
「この後の予定だけど、どうする?」
「せっかく水着買ったんだから海に行かない?」
僕の質問の意図は伝わらなかったので、具体的に聞く事にした。
「その前に帰る段取りを相談しようと思うんだけど」
「そっか、先にフェリーのチケットを買わないとね」
「後は、着替えも買って、それから海に行けば良いと思うよ」
「案外篁君も海に行くのは乗り気なんだね。もしかして私の水着姿を楽しみにしている?」
こちらに近付いてそう聞いてきた彼女の表情からは、それが冗談なのか本気なのかわからない。
顔が近くて思わずドキドキする。
自分の心臓の鼓動が激しくて、彼女に聴こえてしまわないか心配になってしまう。
至近距離にある彼女の紅い瞳は内心の動揺を見透かすように僕に向けられている。
僕が答えに困っていると、彼女は悪戯っぽく笑っている。
「顔真っ赤だよ?」
彼女に指摘されて、僕は慌てて顔を逸らそうとしても手遅れだった。
流石に居た堪れないと思ったのか、彼女はすぐフォローしてくれる。
「冗談だよ、それに昼間は陽射しが強いからあまり長く陽に当たれないし」
彼女はそれ以上僕を茶化す事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます