月の綺麗な夜に終わりゆく君と

第18話

浴場の時計を確認すると、待ち合わせの時間まで十五分しかない。

僕は急いで体を拭くと、浴衣を着て彼女との待ち合わせ場所に向かう。

大浴場の前に行くと彼女はまだ出て来ていなかった。

彼女を待つ間に自販機でスポーツドリンクを二本買っておく。

椅子で座って待っていると、程なくして彼女がやってきた。

「ごめんお待たせ」

「いや、僕も今出て来た所だから」

そう言って僕はさっき買っておいたスポーツドリンクを彼女に渡す。

「ありがとう」

「どういたしまして」

朝に彼女に言われた通り、今出て来た所と言ってみたが、この様子だと問題ないようだ。

椅子に座って休んでいると、心なしか人の視線を感じた。

普段から彼女と一緒にいると、好意と好奇心を含んだ沢山の視線を向けられるので理由はすぐにわかった。

視線の大半は浴衣姿の彼女に向けられている。

整った顔立ちに加え、白い肌や珍しい銀髪と紅い瞳が人目を引いている。

彼女の様子を伺うと視線には気付いているが、知らないふりで無関心を貫いている。

僕は出来る限り何気ない感じでフォローをする為に、「そろそろ部屋に戻ろうか？」と提案した。

彼女にも僕の提案が下手ながら、フォローしようとしたものだったことが伝わったのだろう。

一度辺りを見回すと「そうだね」と言って立ち上がる。

僕等は目立たないように歩いて部屋へ向かう。

途中ですれ違った子供が「あの人何で髪と目がみんなと違うの」と言っているのが聴こえてくる。

思わず目を向けると、親子で子供の方が親にそんな質問をしている。

親の方も「さあ、知らないけど。変だね」と子供を叱るのは期待出来ない。

子供は何も知らない。だから、悪気なく残酷になれる。

残念ながら今の日本では、違いを”個性”と認めてくれる人は少ない。

それはある意味仕方の無い事なのかもしれない。

でもそれならせめて何も干渉せずに放っておいて欲しいと思う。

彼女が我慢している以上、僕が彼女の配慮を無駄にする事は出来ない。

今の僕には何も出来ない。その事実がどうしようもなく悔しかった。

そこに偶然通りがかった仲居さんが「どうかなさりましたか？」と僕等と親子の間に割って入る。

仲居さんは周囲の様子と視線からある程度察したようで、相手を角の立たないに窘めてくれる。

僕は仲居さんにお礼を言い、俯く彼女の手を掴んで足早に通り過ぎる。

部屋の前に着くまで、僕等は無言で歩き続けた。

部屋に入って灯りをつけると、部屋の真ん中に一枚の布団と二つの枕が準備されていた。

お互いにその光景を二度見して、顔を見合わせる。

彼女と食事をしていた時に話していた家出か駆け落ちのどちらに思われていたのか。その答えが仲居さんに聞くまでもなく示されていた。

どうやら彼女の予想は的中していたらしい。

そのお陰でさっきまでの気まずい雰囲気は一時的に霧散する。

彼女は「私の予想通り」と言って笑ってくれた。

それから部屋の扉がノックされて、さっきの仲居さんが入ってくる。

要件はさっきの件の報告とお詫びらしい。

一通りの報告を終えた仲居さんに僕の方もお礼を伝える。

扉の方まで仲居さんを見送ると、仲居さんは別れ際に僕に「彼女の事しっかりケアしなさいよ」と耳打ちしてきた。

仲居さんは色々と誤解をしていたが、悪い人ではないようだ。

実際僕は仲居さんに言われるまでもなく、彼女のケアをしなければならない。

それは誤解しようのない事実だった。