第17話

数分後再起動をした僕は、彼女が先ほどの電話で少し躊躇っていた理由に納得する。

これは躊躇しても仕方がない。

僕は紳士らしく彼女を一人で泊めて自分は野宿する事を提案する。

夏だし虫さえ気にしなければ、気温的にも問題ないはずだ。

僕の紳士的な提案は彼女によって呆気なく却下される。

「ダメ、私は気にしないから君もここに泊まりなさい」

手を掴まれ至近距離からあの紅い瞳で見つめられてしまえば、最早反論の言葉は出てこなかった。

彼女は逃がさないとでも言うように僕の手を掴んだまま部屋へと歩いていく。

泊まる部屋は入る前の予想に反し、古くても手入れの行き届いた清潔感のある部屋だった。

広さ的にも布団を二組敷くのに充分な感じだ。

その事に二人揃って安堵すると共に、疲れからその場に座り込む。

お互いにそんな姿を見て思わず笑ってしまう。

それと同時に彼女はさっきから僕の手を掴んだままになっていた事に気付き、手を離す。

僕は離れた手を少し名残惜しく思っている自分に気付いて、気恥ずかしくなってくる。

彼女の方を見ると、白い肌が少しだけ赤くなっている。

お互いそれに気付いて、俯き沈黙してしまう。

少し深めに息を吐くと、気まずい沈黙を破る為に適当に辺りを見回す。

とりあえずテーブルに置いてある急須と紅葉饅頭を見つけて、仕切りなおす為にお茶の準備をする事にした。

僕は彼女に声を掛けながら備え付けの電気ケトルを使い、お湯を沸かして備え付けの急須に茶葉を入れて二人分の湯飲みにお茶を注ぐ。

このくらいの事は普段から料理をしない僕でも普段から最低限自分でやっていて助かった。

幸いにも僕が準備をしている間に、彼女も普通に会話出来る程度には平静を取り戻していた。

改めて今の状況を整理しよう。

現在の時間は八時過ぎ。本来なら新幹線に乗って家に帰る途中だった。

放任主義で恐らく気にも留められていない僕はともかく、彼女の方は泊りになっても大丈夫なのだろうか。

普段は割と自由に学校をサボっている彼女でも、流石に泊りとなれば話は違うだろうと心配になり彼女に確認する事にする。

「君は今日泊まりになるけど家の方は大丈夫?」

彼女は少し考えると諦めたように笑っている。

「私の方は多分妹に頼めば誤魔化してくれるかな」

遠回しに正直に家族に言うのはアウトだと言っていた。

「僕の方は親には友達の家に泊まりで夏休みの課題をやるって言えば大丈夫だと思う」

お互いどうにかなりそうだけど、早めに連絡をした方が良さそうだ。

僕はメールで彼女は電話でそれぞれ連絡をする。

僕の方は友達と宿題をする事、帰りは明日になる事をメールで送る。

彼女の方は妹相手に話をしているようだけど、少し苦戦しているようだ。

「ごめん今日泊まりになるからお願い、上手く誤魔化しておいて」

「違うけど、帰ったらちゃんと説明するから今日の所はそれで納得しておいて」

「オッケー、お土産はしっかり買っておくからまた明日ね」そう言って彼女は電話を切った。

僕は彼女を労いつつ尋ねる「お疲れ、少し苦戦しているみたいだったけど大丈夫だった?」

「うん、妹が上手く誤魔化してくれると思う、あの子心配性だけどちゃんと話せばわかってくれるから」

「昔から私にべったりで本当に可愛い自慢の妹」

そう言って彼女は愛おしそうにスマホの画面を見せてくれた。

そこには中学生くらいの、彼女に良く似た顔立ちの金髪に蒼い目の女の子が写っていた。

僕はてっきり彼女の髪と目や肌の色は色素欠乏症によるものだと思っていたけれど、どうやら元々白人系でもかなり色白な姉妹らしい。

「君に良く似た顔立ちの綺麗な子だね」

素直な感想を言葉にすると彼女は笑顔で「私が死んだ後に妹に手を出さないでよ」と冗談っぽく言った。ただ、目が本気だ。顔が笑っているけど目が一切笑っていない。

「大丈夫、流石に僕にそんな度胸はないよ」

そう言うと彼女は呆れ気味に笑って「相変わらず卑屈だなぁ」と言ってくる。

そうこうしていると、控えめなノックと共に旅館の仲居さんが食事を持って来てくれた。

いい機会だったので仲居さんに事情を説明して、着替えが買えそうな場所を確認する。

仲居さんは少し考えると「申し訳ございませんが着替えが買えそうな場所はこの時間だとございません。水着やシャツなら旅館の売店でも販売はしていますが」

仲居さんは旅館の地図を出して売店の場所を指で示して教えてくれた。

「お食事が終わりましたらまた片付けに参ります。」

そう言うと仲居さんはお辞儀して出て行ってしまった。

「仲居さん親切な人で良かったね」

「そうだね、僕は事情を説明はしたけど仲居さんには家出人と勘違いされているのかと思っているよ」

彼女は僕の予想を聞いて大笑いしている。

「ないない、男女だから家出より駆け落ちじゃない?」

彼女の予想を聞いて僕も思わず笑ってしまう。

そんな僕を見て彼女は少し拗ねたように、「なら聞いてみない?」と言った。

どうやら、彼女はさっきの仲居さんに家出と駆け落ちどちらに見えるのか聞くつもりらしい。

食事を食べ終えた僕等は入浴の準備を済ませて売店へ向かう。

下着の代わりに水着を買い、彼女に声を掛けて1時間後に待ち合わせをし、先に売店を出て大浴場へ向かう。

大浴場で体を洗い温泉に浸かると、何とも言えない幸福感に包まれた。

温泉に入って疲れが取れていくのを感じながら、今日の出来事を思い出して自然と笑ってしまう。

まさか自分が友達と旅行に行くなんて、彼女と出会う前の僕は考えもしなかった。

柄にもなく、今の日常がずっと続いて欲しいと思ってしまう。

色々考えている間に結構な時間が経ってしまった。

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