第9話

家に着く頃には辺りが完全に暗くなっていた。

幸い共働きの家族はまだ帰ってなかったので、遅く帰って来た事を咎められる事はなかった。

彼女の方も家の場所は知らないけれど、同じような時間に帰って来ていたら御両親に怒られないのか、一緒にサボっている身としては少し心配になる。

その辺りの事は今度の病院の時にでも聞こうと考えていたら、玄関の方で鍵が開く音が聞こえる。

両親のどちらかが帰って来たのだろう。

とりあえず病院の結果を報告する為にリビングの方に降りる事にした。

帰宅した母はリビングで僕の検査結果を聞いても事務的な返事をする以外に何も答えない。

まだ進行が緩やかな事もあるのだろうけど、基本的に僕への関心は薄いようだった。

諸用を済ませて部屋を戻ると、スマホにメールが来ていた事に気付く。

開いてみると予想通り彼女から今日撮った美観地区の写真を共有アプリに追加した旨が送られて来ていた。

写真に写っているのは、今日見た景色を切り取った物で、同じ景色を見ていたはずなのに、彼女の撮った写真は僕が見た景色よりも綺麗に見えた。

彼女の目には世界がどんな風に見えるのだろう。

いつか彼女が見ている景色を一緒に見てみたいと思った。

だけどそう思うと同時に、今日の病院で先生に言われた言葉が次々と浮かんでくる。

「眼球に少しずつですが症状が出ています。まだ進行は緩やかなので経過観察でも大丈夫ですが悪化すると早くて数年……長くても五年程度で失明すると思われます」

「手術と投薬で病気の進行を遅らせて失明する事を先延ばしにできます。どうしたいかをご両親と相談して決めて下さい」

結局僕は今日の病院での結果を、親に相談せずに、いつも通りに振る舞って彼女にも黙っている事に決めた。

正直なところ、目を手術して視力が失われるのを先延ばしにしても、心臓の方に限界が来て無駄だと知っている。

いっそのこと、視力を失ってそのまま現実も見たくないと現実逃避気味に思ってさえいる。

自覚的に少しずつ視力が失われていくのは、真綿で首をしめられるような恐怖がある。

目に見えない病気は共通して他の人からもわかりにくくて理解も得にくい。

それに今まで出来ていた事が段々と出来なくなっていくのは自分にどうしようもない不甲斐なさと無力感を感じる。

それこそ、初めて目に異常が出た時には視力を失くした僕を終わらせてくれる心臓の病が救いに思えたりもした。

だからこそ、同じような境遇でもひねくれず、現実逃避もせず懸命に前を向いて全く違う生き方をする彼女に興味を持った。

そこまで考えてからメールを開いたままで、写真のお礼を言ってない事に気付く。

『写真ありがとう。この前の写真の時も思ったけど撮影するのが上手いよね』

とりあえず写真のお礼と感想を送信しておく。

珍しくその日は眠るまで彼女からの返信が来る事は無かった。

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