第8話

景色を眺めながら、彼女が興味の沸いたお店を指して楽しそうにしている。

「後でそこのスイーツのお店にも寄って行かない?」

「良いけど、さっきからどれだけお店に寄るつもりなの?」

「気になったお店全部かな」

笑って割ととんでもない事を言った彼女にどう答えるべきか迷っていると、船頭さんまでおかしそうに笑っている。

「彼女さん、彼氏が困っているよ」

「そうみたいですね」

彼女は僕の事を彼氏と言われても、特に否定もせずそのまま船頭さんと話している。

「彼女さん、その和服よく似合っているね」

「ありがとうございます」

そんな風に雑談している間に、川船は船着き場に戻ってきた。

「お兄さん、昼間からそんな綺麗な彼女とデート出来て羨ましいな」

別れ際に船頭さんに割と本気で言われて、曖昧に笑いながら答える。

「ええ、本当に綺麗で僕には勿体ないくらいです」

曖昧な表情で答えたけれど、それは紛れもない僕の本心だった。

川船に乗っている時に見えたお店に向かって歩いていると、彼女がさっきの事をからかってくる。

「それにしても、篁君は私の事を自分には勿体ないくらい綺麗だと思ってくれていたんだ?」

僕をからかう彼女の顔はわかりやすく笑みを浮かべている。

反論しようにも、実際和服を着た彼女はとても綺麗で、僕は素直に認めるしかなかった。

「うん、和服を着た姿は綺麗だし」

僕が素直に認めた事が意外だったのか、彼女は拍子抜けした表情で顔が赤くなっている。

そんな表情をされると、船頭さんとの会話で彼氏と言われて否定しなかった理由を彼女に聞けなくなった。

恐らく僕の顔も彼女と同じくらい赤いだろう。

「さっきのお店こっちの方向で良かった?」

照れ隠しで聞いた僕の確認に、彼女はまだ少し動揺していたのか躓いてしまう。

転びそうになる彼女の手を咄嗟に引いて、自分の側に引き寄せる。

彼女との距離が不意に近づいて、紅い瞳が至近距離からこちらを見つめる。

突然の事に早鐘を打つ心臓の鼓動が彼女にばれていないか不安になって、咄嗟に引き寄せたままの体を慌てて離す。

「急に話しかけてごめん、大丈夫?」

「私の方こそ慣れてなくて躓いただけだから平気だよ。助けてくれてありがとう。」

どういたしまして。それと咄嗟の事とはいえ、勝手に触って申し訳ない」

「いいよ、気にしないで。それと一人で歩くと危ないから手を繋いだままでもいい?」

そう言って差し出された彼女の手を取って歩き出した。

それから取り留めもない話をしながら、美術館や昔の建物を改装したお店でスイーツを楽しんだ。

日が落ち始める頃になり、どちらともなく顔を見合わせる。

「今日はもう帰ろうか」

「そうだね」

「君は今日、どうだった?」

そう聞いてくる彼女の問いに、どう答えるべきか迷う。

少しだけ考えて、結局今回は素直に答える事にした。

「楽しかった。それに、この場所の景色が懐かしい感じがして好きになった。」

僕のその答えを聞いた彼女は穏やかに笑ってくれた。

「それならまた今度遊びに行かない?」

「うん。僕なんかで良ければ」

「それならまた和装で何処か遊びに行こうよ」

そう言ってリクエストする彼女と何気ない雑談をして、 駅までの道を歩いた。

僕は彼女との今のなんとも言えない距離感が好きだった。

僕らは駅で別れてから、それぞれ帰路につく。

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