第7話
美術館に行く時とは別の道を通って白壁の街に戻っていると、川沿いの柳並木を並んで歩いていた彼女が川面を指差して示した。
「そこの川に、船が通っているけど私達も乗れるのかな」
「乗れるとは思うけどやめといた方が良いと思うよ」
「何で?」
「姫柊さんは忘れてるいかもしれないけど今日は平日の昼間だから僕らは補導されるかもしれないよ」
「篁君は心配性だね。さっきも学生証を出しても平気だったし、堂々としていたら大丈夫だよ」
胸を張ってそんな事を言う彼女に、狭い船の上は美術館みたいな学生が勉強に訪れる場所と違って制服だと流石に無理があると思ったけど、僕は何も言わず黙っておく事にした。
彼女は僕のそんな思考を見透かしたように、すぐ近くにあったお店を指す。
視線を向けるとそこには和服レンタルのお店が建っていた。
「そんなに制服で船に乗るのが不安なら、このお店で和服でも借りたら船も乗れるし散策するにも雰囲気が出て良くない?」
そう言って聞いてくる彼女の笑顔に、僕は断れるはずもなく了承した。
先に和服に着替え終わって店先で彼女を待っていると、朱色を基調に花の模様が施された和服に銀色の髪が合うよう、同系色の簪で結われた髪をまとめた彼女が現れた。
「お待たせ、結構待たせちゃった?」
「いや、僕が病院で君を待たせた時間に比べたら平気だよ」
「そうなの? 今日は結構待ったけど」
「ごめん」
「冗談だよ。責めている訳じゃないから気にしないで」
冗談だとしても今日待たせてしまったことは事実なので、どうにか挽回しようとして目に入った朱色の和服姿を褒める。
「それなら良かったよ。それにしてもその和服似合っているね」
「ありがとう。せっかく着替えたからさっきの船に乗りにいかないとね」
言葉と共にせっかちに歩き出した彼女は、慣れない下駄で躓いて転びそうになる。
僕は咄嗟に手を延ばすが、残念ながら届かず、彼女は普通に自分で地面に手をついて転倒せずに済んだ。
「姫柊さん、転びそうになっていたけど大丈夫?」
咄嗟に助けようとして空振りに終わった気恥ずかしさを誤魔化しながら声をかける。
「平気、でもあんまり急ぐと危ないね」
「まあ、普段から和装なんて滅多にしない人は歩くのも大変だよ」
「その割に篁君は大丈夫そうだね」
「うん、地元で少し和服を着る機会があったから少し慣れているのかな」
「それなら遠慮なくエスコートしてもらってもいい?」
「僕なんかで良ければいくらでも」
そう言って差し出された彼女の手を取って歩き出した。
船着き場に行くと丁度船が着いたところで、乗っていたお客さんとすれ違うと和装の彼女は、普段以上に人目を引いていてすれ違う人から大量の視線を向けられている。
「それにしても凄い視線の量だね」
「そう?」
「うん、さっきから凄く見られている気がするけど」
「和服着て二人で歩いているのは珍しいからじゃないの?」
「なんというか、姫柊さんは凄く慣れているね」
「まあ、銀髪が目立って人に見られるのは慣れているから」
何食わぬ顔で言う彼女は自分の髪を指して示すが、視線の大半は日本人離れした顔立ちの彼女が和服を着ている姿が綺麗だからだろう。
その証拠に隣で手を繋ぐ僕には、値踏みするような視線が向けられている。
船着き場でチケットを出して川船に乗ると、時間帯的に人が少ないのか、貸し切り状態で船頭さんの説明を聞きながら白壁の街をゆっくりと進みだした。
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