第5話

「人手不足と言われて久しいこの国では、もう職歴の浅さに拘っている時代なんて終わってるんだよ。未だに頭の固い企業はその辺を重視するだろうけれどね。ま、確かにすぐに辞めてしまうだろうというリスクはあるから、どこもかしこも諸手を上げて歓迎してくれるとは限らないけれど――でも君は大卒というカードを持っている。未だに学歴信仰が残っている企業も多いし、これはかなり強い武器になるんだよ。だから、職を転々としていようとも、知識や経験が浅かろうとも、それだけで君を重宝してくれる企業はたくさんあるんだよ」


 今更ながら、俺は自分の学歴というものを軽視していたんじゃないかと思ってしまう。確かに、今や大卒なんて珍しくもないし、底辺とまではいかないまでも然程有名でもない学校を出ていることなんてなんの自慢にもプラスにもならないと思い込んでいたけれど、たしかに大卒というだけで、無能でしかない俺は面接で落とされたことが一度もない。採用理由が学歴だったのかは流石に訊いてないけれど、でもそれも大きかったんじゃないだろうか。


 しかし、それでも――。


「そう、仕事を変えるだけでは根本的な理由は解決していない。恐らく君は集中力が散漫になってしまうんだろうね。だからミスが続くし、改善できない。……正直、これは一朝一夕でどうにかなるものではないから、こうすればいいという解決策は浮かばないね。でも、継続は力なりって使い古された言葉が今の君には相応しいんだ。継続することによって、そのミスをどうにでもできるようにいつかなる。ま、断言はしちゃいけないだろうけどね。――これが君に足りないものの二つ目だ」


 忍耐力……。確かに耐えることはなかった。もう駄目だと決めつけていた。ミスをして怒られたら、もう無理だと、挽回なんてできないから、だったらいっそ辞めてしまえばいいんだと、辞めることを考えることに慣れてきていたんじゃないだろうか。


「君に足りないものはまだある。それは、愚痴れる相手だ」


 大野さんのこのセリフは、今までの指摘の中で最も俺の心を揺さぶった。


「多くの人は、仕事やプライベートの失敗を他人に話し、それでストレスを発散させてるんだ。笑い飛ばされたり、一緒になって怒ってくれたり悲しんでくれたり、時には叱ってくれたりとかね。こうやってみんな、辛い日々を乗り越えている。でも君にはその相手がいない。――違うかい?」


 否定なんてできるわけがない。ここで強がっても意味がないからだ。

 親や兄弟にも相談なんてしたことがないし、友人だっていない。職場の人の連絡先だって知らないし、知ろうとしたこともない。


 俺は孤独だ。そして、それで良いと思っていたからだ。


「孤独を受け入れることは大事だよ。孤独に耐えられない人間はとても脆いからね。でもじゃあ君はどうだろう。本当に孤独に耐えることができていたんだろうか。孤独を受け入れることができているんだろうか」


 答えはノーだ。なぜなら俺は死のうとしているのだから。これ以上の判り易い答えなんてないだろう。


「孤独感は人から正常な思考を奪ってしまう。人間は共感を求める生き物だ。孤高の人を気取ることはできても、胸の内を語れる相手がいない人生はなかなかに苦しいものだよ」


 俺は……俺はどうしたらいいんだ……。


「じゃあ……どうしたらいいんですか……。どうしたら……どうしたらよかったんですか! 何にもないんですよ! 俺と話しても楽しくもないし、なんの特技もユーモアも持ち合わせていない俺が、他人をどうやって楽しませたらいいんですか!」


 友達を作れなんて言うのは簡単だ。でも俺は他人から求められるような人間じゃない。こんな俺と一緒にいてくれる奴なんてどこにもいない。


 俺がどれだけ望もうとも、そんな奴は、一人もいなかったんだ。


 興奮して大声を出した反動か、俺は知らぬ間に目に溜まっていた涙を地面に落とす。

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