第18話 地下迷宮の先で
迷宮の入り口は、とある部屋にある古びた暖炉の底を開けた先に隠された穴。早く飛び込めと、容赦なくサイラスにお尻を蹴られ、ミレーヌは悲鳴を上げて穴の中に落ちた。
やがて急斜面を滑り降り、尻もちで着地した先には、薄暗い一本の長い通路が伸びていた。
「ここが地下迷宮」
「地下迷宮の使者というのは疑わしいが、誰かがこの道を最近通った可能性は高いな」
サイラスが、辺りを調べ確信したように言う。
「この場所に足を踏み入れる者など聞かない。だが、俺もお前もあの穴を滑ったというのに、埃に塗れていないだろう」
「確かに。それに、廊下の先まで蝋燭の炎が灯っているのも変ですね」
通路の壁に所々設置されている燭台には、明かりが灯されている。
「アレは魔力に反応して、勝手に炎が灯る仕組みになっている燭台だ」
ミレーヌが便利な燭台に感心している間に、サイラスは歩き出す。
置いていかれては困るので慌てて後を追いかけた。
進むとたまに枝分かれした道が現れるが、基本的に変り映えのしない道を、ただひたすら歩き続ける。
無言のまま二人の靴音だけがコツコツと響き渡った。
そしてまた似たような分かれ道が現れる。
「さっき通った場所とそっくりですね。本当にわたしたち、ちゃんと前に進めているんでしょうか」
同じ場所をぐるぐると回っているだけのような気がしてくる。だが、不安になるミレーヌを励ますことはもちろんなく、サイラスはとっとと左側の道を選び歩き出す。
「あの、こっちの道を選んだ理由は?」
「気まぐれだ」
この人について行っていいものか、不安が増してくる。
「本当に、トラヴィスを見つけられるんでしょうか」
「どうだかな。だが、俺に倒されるまでは、生きていてもらわなくては困る」
「また、そんな物騒なことを」
「こんな好機滅多にないんだ。あいつは今、魔力の殆どを封印されているうえに、その封印の綻びのせいで体調不良のようだからな」
「でもこの前盗賊に襲われた時のトラヴィスは、十分に強かったですよ」
怖いぐらいに。
「確かにあいつは、武術全般も強いな、生意気に。だが、武術だけなら俺との差はないに等しい。トラヴィスの最大の脅威は、あの身体に漲る魔力だ」
それなのに、今のトラヴィスは魔力の殆どが使えない。周りに命を狙われているなか、彼はどんな心境なのだろう。
自分なら、恐怖に堪えられないかもしれない。そしてやはり魔力を取り戻そうと、自分の魔力を封じた者を、探し出すかもしれない。
「あいつがキレると、昔から手が付けられない」
それは、盗賊たちを斬りつけた場面を目撃して、ミレーヌもまざまざと感じていた。
「だが、お前の村を襲った後から、幽閉されていたせいもあるだろうが、あいつは少し大人しくなっていた。出てきてからも今の所は、封印のこともあってか問題を起こしていなかったんだが……。封印つっても、無理矢理あの力を押さえつけているだけだ。自分で制御できない分、封印が解けた時は火山が爆発するみたいに、暴走するかもな」
「暴走……」
「そうしたら今度こそ、幽閉では済まないだろう。処刑か……この手で倒さずして、継承権が手に入っても嬉しくねーな」
次に村を破壊したら処刑。そんな罪を突きつけられてなお、わざわざトラヴィスはミレーヌの村を襲いに来たのだろうか。なにか腑に落ちない。
「あの、きゃあ!?」
しかしもう少しトラヴィスの話を聞こうとした瞬間、ミレーヌは何かに躓き豪快に転ぶ。
「バカか、なにやってんだよ!」
突然、地響きと共になにかが背後から迫り来る気配がした。
ミレーヌが恐る恐る振り向くと。
「洪水!?」
二人で歩くのがやっとの幅だった通路いっぱいに、どこから湧き出てきたのか水が流れ込んできた。
「お前が躓いた得体の知れないスイッチで、罠が発動したんだよ」
「えぇ、どうしましょう!?」
オロオロしている暇もなく、しかし全力で走ったところで、水の勢いには勝てなさそうだ。
「チッ、今のうちに出来るだけ酸素を吸っとけ」
「は、はい!? す~、は~」
「吸った息、吐いてどうすんだ!」
「あぁ!?」
「身体を痛めないように、せいぜい気をつけろ」
サイラスのアドバイスに返事をする間もなく、ミレーヌたちは、水流に飲み込まれたのだった。
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