第17話 攫われた王子?


 悲鳴が聞こえた、トラヴィスの部屋と思われる場所に飛び込む。


 月明かりが差し込む薄暗い部屋の中には、愕然と立ち尽くすメイドと、一枚の紙を見つめ溜息を吐くレイドの姿。

 部屋が荒れている様子はなく、トラヴィスも見当たらない。


「あの……っ!?」

 ミレーヌは床に飛び散っている大量の赤いモノに息を呑んだ。


(これは、血……?)


「ミレーヌさん、よくぬけぬけと姿を現しましたね」

 レイドは嫌みったらしい口調だったが、ミレーヌはそれを聞き流す。


「そんなことより、一体なにが?」

 メイドは驚いた顔をしていたが、ミレーヌの首筋の刻印を見て、トラヴィスが連れて来た娘だと察し口を開いた。


「トラヴィス王子が、大量の血を残し、姿を消しました……」

 ならばこの床を赤く染めている大量の血は、トラヴィスのものなのか。

 ミレーヌは自分の血の気が引くのを感じていた。

 彼がどこかで息絶えてくれたなら、村が元に戻るというのに。


「そして、部屋にはこんな紙切れが」

 そこには『王子の命は頂く。返してほしければ、聖なる星を持つものをよこせ。地下迷宮の使者より』と書かれていた。

 メイドが困惑しながらも説明してくれる。


(聖なる星を持つ者? それって……)


 自分のことじゃないのか。よくわからないけど、この国に来てから、何度かそう言われた。


「地下迷宮というのは、このお城の隠し通路のことです」

 今はもう使われていないそこは昔、緊急時に王家の者が使う逃げ道として、作られていたのだと言う。


「追っ手を倒すため、沢山の罠が仕掛けられているゆえ、一度入ったら道を知る王家の方以外、二度と出られないと言われている迷宮なのです」

「そんな……では、地下迷宮の使者って誰のことですか?」


「バカらしい。どうせ王子の悪ふざけでしょう。あの方が、そう易々と攫われるわけがない。この件は私のほうで対処します。あなたは騒ぎが起きぬよう、注意を払ってください。これ以上、トラヴィス王子絡みの騒動が起きれば、私の責任も問われかねませんので」

 やれやれと頭を抱えるレイドに、メイドは深々と頭を下げ部屋を出てゆく。


「あの、レイドさん。星を持つ者って、わたしのことですよね? なにか手伝えることは……」

「ありません! まったく、あなたがサイラス王子と逃げたりするから、トラヴィス王子の機嫌が悪くて、手に負えなかったのですよ。それで目を離した隙にこれだ」


「そんなこと言われても……」

「ほっとけばそのうち帰ってきます。貴女は直ちに、魔法陣の中に戻って浄化されてください」

「嫌です!」


 必死でレイドに食らいつく自分の気持ちが、自分で分からなかった。

 大量の血を流しているのだ。放っておけば、どこかでのたれ死ぬかもしれない。

 それは自分にとって、都合の良いことのはずなのに。彼を探さず、自分は魔法陣の中でのんびりしていれば……。


 ――キミってホントにお人好しだね。


 そんなトラヴィスの声が聞こえた気がした。悔しくて、下唇を噛む。

 どうして放っておけないんだろう。どうして見て見ぬふりができないんだろう。


 嘘つきなあんな人のこと……。


「なんの騒ぎだ」

 わたしが探しに行く。ミレーヌがそう決意した瞬間、部屋に入ってきたのはサイラスだった。


「トラヴィスが誰か斬ったのか」

 血溜まりを見てサイラスが眉を顰める。


「違うんです。これはトラヴィスの血で……トラヴィスは、地下迷宮に攫われたみたいで」


「ふん、あいつが、こんな大量の血を流すようなヘマをするわけがない。だいたい、あいつに怪我を負わすのが、どれだけ大変なことか」

「そうですよ。トラヴィス王子の強さは尋常じゃないんです」


 二人とも声を揃えて、やられるわけないと言うけれど、ミレーヌの知っている彼は、女の子の後ろに平気で隠れちゃうような、ダメダメ王子でくっつき虫で……思えばいつも、寂しい目をしていた。


「トラヴィスが、どれだけ強いのか分かりませんが、今の彼は魔力の殆どを封印されているのだし、それに体調も悪いみたいだし……」


 最初に出会った時のように、意識が朦朧としていたトラヴィスならば、攫われてしまってもおかしくないとミレーヌは思う。


「体調が……そういえば、私が王子を人間の国まで探しに行ったあの日、確かに顔色が優れていませんでしたね」


「そうなんです。熱もあったし、きっと風邪で」

 ミレーヌの言葉に二人の顔色が少し変わった。ようやくその表情に心配の色が窺える。


「風邪なんて、人間の病に俺たち魔王の血を引く者がかかるわけ無いだろう」

「そうです。王子が病から熱を出す可能性は低いでしょう。ですが、その熱の原因が私たちの予想しているものなら……これは少々厄介ですね」

 風邪ではないなら一体なんなんだろうと、ミレーヌの心もざわついた。


「チッ、世話の焼ける」

「サイラス王子、どこへ行かれるのですか?」

 レイドの問いに、サイラスは振り返ることなく答える。


「地下迷宮だ。レイドは適当に、あのバカが他に行きそうな場所を当たれ」

 サイラスの命令にレイドは「分かりました」と素直に頷く。


「わたしも一緒に行かせてください!」

 レイドの呼び止めも聞かず、ミレーヌは部屋を出て行ったサイラスを追った。


「邪魔だ。お前はレイドの周りでもウロチョロしてろ」

「お願いします! 脅迫状には、わたしが来るように指名されていました」

 サイラスは軽く溜息を吐いた後、睨みつけてくる。


「貴様、俺と手を組み、あいつを倒すんじゃなかったのか? 随分心配しているようだが」

「それは、その……」


 自分だって矛盾した行動を起こしている自覚はあるけれど、いても立ってもいられないのだ。


 悔しいけれど心配でならない。彼のことが。


「……言い訳は、地下迷宮で聞いてやる。行くぞ」

 そういうと、サイラスは地下迷宮の入り口がある場所へ向かうと言って、再び歩き出した。


「ありがとうございます!」

「礼など言われる筋合はない」


 あいつが本当に何者かに攫われたなら、都合が悪いからな。と、サイラスは付け足した。


 これはあくまで、他のやつに魔王位継承権を渡さないための救出だ、と。

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