第16話 魔族の世界での普通
サイラスの部屋に通され、トラヴィスを倒す作戦会議が始まる。だが、ミレーヌはまずその部屋の広さに呆然としていた。
「つかぬ事お伺いしますが、何人部屋ですか?」
「バカなことを聞くな。俺専用の部屋に決まってんだろ」
天井の真ん中には、豪奢なシャンデリア。窓のほかに大きなガラス扉。バルコニーもある。
家具も絨毯もなにもかも、この部屋にある調度品の全てが、極上な品だということがミレーヌでもわかる。
(くっ、これが王子様の暮らしぶり)
住む世界が違うとはこういうことかと、まざまざ見せ付けられた気分だ。
「おい、聞いてんのか?」
「っ!」
サイラスは真面目に話を聞けとテーブルを叩き、気を引き締めさせる。
「やる気あんのか?」
「あります!」
だから、あまり怒鳴らないで欲しいと、心の中で思った。
トラヴィスの魔力が身体に残っている影響だろうが、まだ頭痛が治まらず大声は響く。
しかしサイラスは、そんなミレーヌの態度に、イライラを募らせているようだった。
そんなにトラヴィスを倒したくて仕方がないのか……。
「トラヴィスのこと、嫌いですか?」
「なぜそんなくだらない質問をする」
「だって、弟を倒したいなんて、よほど憎んでないと思わないですよ」
たまに生意気なことも言われるが、やはりミレーヌにとって弟は可愛いものだ。
だからミレーヌには、サイラスの気持ちが理解できない。
「別に俺は、トラヴィスだから憎くて殺したいわけじゃない。継承権は、強さで決まる。そして……あいつが、魔王継承権第一位を持っているから、奪い返したいだけだ。そして、奪い返すなら殺すつもりで挑まないとあの化け物は倒せない。それだけのこと」
兄に化け物呼ばわりされるトラヴィスの強さとは、どれ程なのか。
剣なんて振り回せないと言わんばかりに、ミレーヌの後ろに隠れていたトラヴィスを思い返すと、想像できない。
(つまりあれも嘘だったのよね。本当は強いくせに、弱いフリしてわたしを盾にしてたんだ……)
事実を知れば知るほど、腹立たしい。
「サイラス王子は、そこまでして次期魔王になりたいんですか?」
魔王にならなければ出来ないことでもあるのだろうか、とミレーヌは思ったのだが。
「それも少し違うな。別に魔王になりたいわけじゃない。ただ、魔王という地位が、この国の頂点にあるから手に入れたいだけだ」
(そもそも、一位を奪い返したいってことは、昔トラヴィスに負けて継承の順位を下げたのよね……。そんな理由で……つまり極度の負けず嫌い?)
「厄介な性格……」
「なんだと!」
「ごめんなさい、つい本音をっ」
慌てて自分の口を押さえたがもう遅い。
「ほう、お前の本音はよく分かったぞ。どうやら、牢屋から救い出してやったのは、間違えだったようだな」
両頬を思い切りつねられ、ミレーヌは謝罪する。
「ご、ごめんなさい。そんな理由で弟に手を掛けようとするなんて、バカげていると思ってしまっただけで。でも、わたしも、トラヴィスを倒さなければという意思は、あなたと同じです」
「このやろう、わざと言ってるのかお前」
墓穴をほってゆく……自分の気持ちを一生懸命伝えたつもりだったのに、頬をつねるサイラスの手に力がよりこめられた。
その時だった。爆発音と共に、この部屋の窓ガラスがすべて砕け散ったのは。
「っ、何者だ!」
サイラスは、臆することなくバルコニーへと飛び出した。
「チッ……逃がしたか」
「い、一体なにが起きたんですか?」
「さあ。ただ凄まじい殺気を感じた。何者かが、俺を殺そうとしたんだろう」
「サイラス王子も、お命を狙われているんですか?」
「そんなに驚くことじゃない。俺も魔王継承権二位だ。兄弟やそれ以外にも、命を狙うものなどいくらでもいる」
「そんな平然と……」
「普通のことだろ」
「普通じゃありませんよ」
いやこの国では、普通のことなのだろうか。だとしたら、魔族とはやはり恐ろしい種族だ。
トラヴィスも、そんな環境で育ってきたゆえ、あんな性格なのだろうか。
だとしたら……今までした彼との会話の中には、彼の本音も交ざっていたのではないかと少しだけ思う。
(自分を心配してくれる人なんていないって……本気で言ってたのかも、トラヴィス)
同情なんてしたくないのに、なんだかもやもやした。
争いは嫌いと言った彼の姿は、全部本当に嘘だったのだろうか。
(考えるのはやめよう。どっちにしても、わたしはトラヴィスを……倒さなければならないのだから)
「きゃーー!?」
「こ、今度はなに!?」
耳を劈くような女性の叫び声がした。
「なんだ。トラヴィスの部屋の方から聞こえてきたな」
「え……」
「どうせ、機嫌が悪くて暴れてるんだろ」
メイドがあんな声を上げるような暴れっぷりって……。
「あ、おい。勝手にどこへ行くんだ」
嫌な予感がして、ミレーヌは気がつくと勝手に身体が動いていた。
そして、メイドの声が聞こえる部屋へと駆け出したのだった。
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