第15話 決別

 細くて狭い急な階段を、サイラスの後に続いて上ってゆく。

 入り口にいた見張り役は驚いていたが、サイラスの一睨みにより見て見ぬフリをした。


 地下牢を抜けると一階の廊下に出て、窓の外が暗く今が夜なのだと知る。


「ここの国は、皆さん夜に活動するんですよね……」

 城の人々が寝静まっている可能性はないのだと思うと、ビクビクしてしまう。


「安心しろ。誰と鉢合わせようと、この城で俺に刃向かえる奴なんて、そういない」


 廊下を進み角を曲がった辺りで、後ろのほうから声が聞こえてきた。


「なんですって、サイラス王子が例の娘を連れて行った。バカモノ、あれほど牢の外に出すなと言ったではないですか!」

 レイドの声が、廊下の隅々にまで響き渡る。


「チッ、告げ口しやがって」

 どうやらレイドは、サイラスに刃向かえる数少ない人数に含まれているらしい。

 眉を顰めたサイラスは、窓を開けるとミレーヌを突然持ち上げた。


「きゃっ、なんですか!?」

「静かにしてろ。いいか、息をころしてじっとしてるんだ」


 窓の外に放り投げられると、そのままサイラスは窓を閉める。

 言われた通り窓の下にしゃがみ込み、大人しくしていると、なにやらサイラスとレイドが揉めている声が聞こえてきた。


 ミレーヌは自分がここにいることがバレやしないか、ひやひやしながら息を潜める。


「おい、みつかったか?」

「いや、こっちにはいない」

「いいから探せ。このままじゃレイド様のお怒りに触れるぞ」

「しかし見つけてもなぁ。今度はサイラス王子のお怒りを買ってしまわないか?」


 先程の見張りの兵士たちが、こちらに近付いてくる足音がした。


 まずいと、ミレーヌは隠れる場所を探すが、姿を隠せるものが見当たらない。


(どうしよう、じっとしてろって言われたけど)


 けれどここで見つかるわけにはいかないと、ミレーヌは遠くに見える茂みへ走る。

 しかし、息を切らせて茂みの影に飛び込もうとした瞬間。


「捕まえた」

「むぐっ!?」


 いきなり闇の中から伸びてきた手に腕を掴まれ、木の影に引っ張り込まれた。

 そのまま後ろから抱きしめられ驚いたが、口元を手で塞がれ叫び声はでない。


「牢を抜け出した悪い子は、オレが食べちゃおうかな……ッ」

「むぐっ!?」

 耳朶を甘噛みされ、言葉通り食べられると思ったミレーヌは、身をよじって抵抗し振り返る。


「ト、トラヴィス!?」

「聞いたよ。ダメじゃないか、サイラスと逃避行なんて……許さない」


 トラヴィスの見慣れた爽やか笑顔の後ろに、どす黒いオーラが見える。

 そしてあんなことがあったのに、何事もなかったかのような態度に、呆れてしまった。


「ずっとわたしを騙していたくせに、どうしてあなたに責められなくてはいけないの?」

「怒ってるの? まあ、いいじゃん。騙されていい経験になったと思えば」

「なっ!?」


「他人の言うことを鵜呑みにしちゃだめだ。本当に信頼できるかどうかは、自分の目と直感で見極めなくちゃ」


 自分を今まで騙してきた人に教えられても、不快でしかない。この王子の神経が信じられない。


「最初から、わたしを殺すのが目的で、人間の国に来ていたの?」

「殺す? まさか」

 トラヴィスは、いつも通りの笑みを浮かべ否定する。けれど、もうどんな言葉も信じられない。


「もう一度、オレの力を封じた子に、会いたかったのは事実だけど……あの夜、キミの目の前に降ってきたのは、本当に偶然だよ」


 グッと手首を掴まれ、ミレーヌは眉を寄せた。

 怯むことなく睨みつけてやると、トラヴィスは不貞腐れたような顔になる。


「なんでそんな顔でオレを見るの?」

「あなたのことが憎いからよ」

「……そうなんだ。ミレーヌでも、そんな顔するんだ」


 トラヴィスは、どうでもよさそうな顔をしていた。けれど手首を握る力は、痛いぐらい強い。


「不思議だな。キミに、そんな目をされると……」


 ――パリンッ!


 なんの前触れもなく、ずっと外すことのできなかった腕輪が、突然音を立てて砕けた。


「え?」

 ミレーヌは呆然とそれを見る。


「あ~あ、壊れちゃった。キミは、加護を無くしたんだ。つまり……」

 トラヴィスは、楽しげにミレーヌの耳元へ唇を寄せ。


「キミは簡単に、魔族に食べられちゃう」

 言葉とは裏腹に、甘い声で囁く。


「だから、オレといなよ。そうしたら、誰にも食べられないように、守ってあげるから」

 信用できない。一番ミレーヌが死んで、都合がいいのは彼のはずだ。


「あなたにだって、食べられる可能性がある。危険だわ」

「え? オレ?」

 トラヴィスは、きょとんとした後、数秒「うーん」と唸って何かを思案していた。そして。


「確かに。食べたい、かも……」

 と、真顔で言ってきた。


 そして、警戒して距離を取ろうとしたミレーヌを彼は離さない。


「ああ、誤解しないで。今のは食らうって意味じゃなくて、別の意味で食べちゃいたいってことだから」

「同じことだわ! 離してよ!」

「……離したくない」


「……なんで、わたしを混乱させる事ばかり言ってくるの? 少しでも、あなたに良心があるなら、わたしの村を返してよ!」

「ごめん……」


 初めて、本気の謝罪をされた気がした。

 それは、村を氷漬けにした事実を認めたということだろうか。


(村を元に戻すために、もうわたしはこの人を倒すしかないんだわ)


 しかし、今自分を当たり前のように抱きしめてくるこの腕が、冷たくなって動かなくなる事を想像すると……なぜだろう、胸が締め付けられた。


「おい女、どこにいる。もう出て来い」

 ミレーヌを探すサイラスの姿が見える。

 トラヴィスを倒すにしても、そう簡単にはいかないはずだ。今は下手に動かず、サイラスと合流したほうがいいだろう。


「だめだよ。キミはオレのでしょ?」

 どこへ行くのとトラヴィスに腕を掴まれる。

 また飄々とした顔で笑っているに違いないと思い、ミレーヌは睨みつけるように顔を上げたが。


(なんで……そんな寂しそうな目で見てくるの? わたしのこと騙して、面白がって、村を滅茶苦茶にしたくせに)


「わたしの目と直感で決めました。サイラス王子の傍にいようと」

 さようなら。その思いでトラヴィスの手を振り払い、ミレーヌは駆け出した。サイラスのもとへ。


 ミレーヌの姿を確認すると、サイラスは「じっとしていろと言っただろうが」とイラついた面持ちで睨んできた。


「すみません、追っ手が見回りに来て。茂みの影に隠れていました」

「ったく。行くぞ」

「どこへですか?」

「俺の部屋」




 遠くなってゆく二人の背中を、トラヴィスは冷たい目で見つめていた。

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