第14話 突然の協力者
トラヴィスがグレン王子で、村を氷らせた犯人?
なのに、しらばっくれての味方のフリをして、一緒に旅をしてた?
彼の本性を知った今なら、あり得ると思ってしまう。
「最低……嫌い……最低」
自分以外誰もいない牢の中で、ミレーヌは何度もその言葉を繰り返した。
彼に気を許していた自分の心に、蓋をするように。
そこで、誰かがこちらへやってくる足音が聞こえ、ミレーヌは独り言を止めた。
まだ熱の下がらぬ気だるさのなか振り返る。
牢の中に入ってきたのは二十代にみえる、それはそれは美しいメイドだった。
「失礼いたします」
真っ白い肌に黒い瞳のメイドは、食欲のそそる匂いのするスープと、パンを運んでくれる。
「食欲はおありでしょうか」
「ええ、なんとか」
拘束され自由の効かないミレーヌの口元に、メイドは甲斐甲斐しく、温かなスープを運んでくれた。
魔族の食料なんて、おどろおどろしいものばかりかと思っていたが、入っているのは野菜で、ごくごく普通の優しい味がする。
そのせいで気が緩み、じわっと目に涙が浮かんできた。
「お可哀相に、辛い目にあったのですね」
そっとミレーヌの頬を伝う涙を払ってくれたメイドの指先は、ひんやりとしていた。
熱で身体が火照っているからか、それがとても心地いい。
「王子に村を奪われたんですって? なんでも氷づけにされたと、恐ろしい」
なぜ知っているのだろう。氷づけにされたことは、まだこの城の誰にも話していなかったのに……。
「……トラヴィスがそう認めたのですか?」
「ええ、ムシャクシャして村を襲ったのだと聞きましたわ」
胸が痛んだけどミレーヌは、涙を堪える。
まだ、どこかでトラヴィスじゃないと信じていた自分の気持ちに気付いて、悲しくなった。
メイドの耳に入るほど、もう城の中でその話は広まっているのか。
メイドの眼差しは、同情的だった。
「あの方は、破壊の星を持つ方ですから。理由などなくとも、平和を乱すのがお好きなのです。今までも沢山のモノを破壊し、魔王陛下も手を焼いておられます」
「破壊の星……」
それが、紅蓮の王子は破壊王の生まれ変わりと、言われている由縁なのだろうか。
「わたしを恨んでいたなら、好きにすればいい。でも、村は元通りにしてほしい……」
それともトラヴィスは、自分の魔力を封印したミレーヌを、苦しめるため復讐をしたいのだったら、村が元に戻ることはないのだろうか。
「唯一の方法は……王子の息の根を止めることぐらいかしら。けれど今はまだ無理だわ」
人間の娘が、いいや、この国の住人にだって、敵う者などいないだろうと彼女は言う。
「一体どうしたら……」
「お前か、聖なる星を持つ娘は」
突然現れた男が、よく意味のわからない言葉を口にして、遠慮無しに牢の中へ入ってきた。
「……私はこれで失礼いたします」
メイドは青年の態度を咎めるでもなく、空になった皿を盆に乗せ、そそくさと出て行ってしまった。
(な、なにこの怖い人)
漆黒の髪に鋭い釣り目の青年は、城の関係者である可能性が高かったが、とにかく威圧的で怖い。
「あなたは?」
「俺の顔も知らねーとは、随分と世間知らずな女だな」
だんっと石台の上に手を付かれ、ミレーヌは戸惑う。
「ごめんなさい。わたし、このお城に連れて来られたばかりで……」
「ああ、そうだったな。聖女様」
聖女様とまるで嫌味のように聞こえる響きで呼ばれ、ミレーヌはますます困惑する。
そのうえ値踏みするような目で見られ、居心地の悪さから俯いた。
しかし、口ごもっているミレーヌの顎を掴み、彼は強引に顔を上げさせる。
「ふん、こんな田舎臭い女が、トラヴィスの魔力を封印したってのか」
「っ!?」
首筋に鼻を寄せられ、すんっと匂いを確かめられた。
「アイツの匂いがぷんぷんしやがる」
青年はすぐに顔を離すと、不愉快そうに顔を顰める。
ミレーヌは、抵抗も出来ずぐったりと硬い石台に横になった。
「今のお前にアイツの魔力じゃ、猛毒を流し込まれたようなものだな。この分だと、浄化される前に、身体が限界を向かえ消滅するんじゃないか?」
「わたし……死んでしまうの?」
「さあ、どうだか。せいぜい、自分の運を信じていればいい」
今の自分は、この台の上でじっとしているしかないのか。
しかし最悪の場合、助からないかもしれないなら、一体誰が自分の村を救ってくれるというのだ。
「わたし、こんなところで、死にたくない……」
「じゃあ横になってお祈りでもしてろ」
この男は、ただ見物にでも来ただけだったのか、ぐったりとしているミレーヌを見て興味をなくすと、牢を出て行こうとする。
その背中にミレーヌは「待って」と呼び止めた。
「なんだ? 怖いのか、自分の死が」
そんなの怖いに決まっている。けれど嘆いているだけじゃ、なにもできないから。
「この鎖を外してはくれませんか?」
「バカな女だ。言っただろう、その魔法陣の中で浄化されていることが、唯一お前にとって助かる可能性のある術だ」
「そんな可能性に掛けている時間は無いんです」
背を向けたままだった男が、顔をこちらに向ける。
ミレーヌは恐れることも躊躇することもなく告げた。
「どうせ死ぬなら、刺し違えてもいい。トラヴィスを倒さなくちゃ」
この男には、鼻で笑われるだろうと思った。次期魔王候補とされている紅蓮の王子を、こんな無力な娘が倒すなんてバカも休み休み言えと。
今のミレーヌには、封印の力なんて使えないのだから。
しかし――。
「いい目をするな」
男はにやりと口角をあげ、再び興味を取り戻したように、ミレーヌの前へと戻ってくる。
「トラヴィスを倒したいってんなら、協力してやってもいい」
「協力……?」
「この俺様が、トラヴィスを倒してやるって言ってんだ」
なんのメリットがあって、協力するというのか。こんな不利な戦い。
「お前はトラヴィスを誘き寄せる囮になれ」
「けれど……次期魔王候補に喧嘩を挑んで、あなたになんの得があるの?」
「あぁ? そんなの決まってるだろ。次期魔王の座を奪い返すためだ」
「もしかして……あなたも魔王の息子なの?」
「俺の名はサイラス。アイツの兄であり、魔王継承権第二位を持っている」
実の弟に手を下そうとしているその目は本物で、ミレーヌには理解しがたい感情だった。
「自分の弟なのに、本気でそんなこと考えているんですか?」
「お前になにが分かる。弟に負け王位を奪われた間抜けな兄。そんなレッテルを、一生背負わされて生きてゆくなど、俺はごめんだ」
「そんな……きっと、誰もそんなこと思ってませんよ」
「うるさい。人間の小娘には理解できねーようだな」
声を荒げているわけでもないのに、その力の篭もった声には、思わず怯んでしまうだけの迫力があった。
「どうすんだよ。そこで命を永らえるか、俺と一か八かの賭けにでるか」
出会ったばかりのこの男、到底信用できない。
魔族を信じたせいで、自分は今こんな目に遭っているのだ。
けれど……今、動かないと後悔する。
(わたしは、なにがあっても……キアだけは助けたい)
そのためなら、きっとなんだって怖くないと思えた。
「お願い、わたしをここから連れ出してください」
「くくっ、仰せのままに」
ミレーヌの覚悟が本物だと見抜いたサイラスは、満足そうにほくそ笑んでいたのだった。
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