第13話 突然明かされた王子との因縁

「キア、お勉強の進み具合はどう?」

 貴重なお砂糖を奮発したホットミルクを淹れて、ミレーヌはキアの勉強机にカップを置いた。


 机に広がる難解な書物は、ミレーヌが見てもチンプンカンプンで、でも弟の勉強している姿を眺めているのは好きだった。


 キアは家の経済状況を心配して、よく進学は諦めて就職し、ミレーヌに仕送りをしようかと言ってくれたけれど、そのたびミレーヌは弟を止めた。


「大丈夫だから、余計な心配しないで、今は受験に合格することだけ考えて。それが一番のお姉ちゃん孝行よ」


「ありがとう……絶対に一発で合格して、立派な魔法使いになって、恩返しするから」


「そんなこと、気にしなくていいのに」

 弟の栗色の髪をくしゃくしゃと撫で回す。


「わ、やめっ、髪がボサボサになるだろ!」

「ふふ、キアは自慢の弟よ」


 たとえ両親のいない貧乏姉弟でも、自分は幸せだと胸を張って言えると、ミレーヌは思えた。

 ずっとこの幸せが続くなら、充分だった。


 なのに――。


「キア……」

 もう弟と言葉を交わすことは、できないのかもしれない。

 突然村を襲った氷がミレーヌから、全てを奪っていったのだ。


(許さない、わたしの幸せを奪った人を、わたしは絶対に許さないっ)


 この感情を憎しみと呼ぶのだろうか。ぐつぐつと腹の底が煮えるような思いを。






 ハッと目を覚ます。


 硬い石台の上に寝かされていたミレーヌは、起き上がろうとして、自分の手足が鎖で拘束されていることに気付いた。


(ここは、どこ?)


 石台の上から下りることは出来ず、なんとか上半身だけ起こし辺りを見渡す。

 そこは窓もなく、出入り口は鉄格子になっていた。

 薄暗くじめじめとした牢獄のような場所だ。


「な、に?」

 だがそれよりもミレーヌをゾッとさせたのは、自分が横になっていた石台の周りを取り囲むように、毒々しい光を放ち浮かび上がる魔法陣。


「お目覚めですか」

「あなたは、レイドさん」

 鉄格子の向こう側に現れたレイドが、冷たい目をしてこちらを見ていた。


「これはどういうことですか。なぜ、わたしは鎖で繋がれているんですか?」

「こちらとしても、手荒な真似はしたくなかったのですがねぇ。貴女が王子から、所有の証なんて貰っているから」

 首筋に噛み付かれた時に出来た刻印を指される。


「あの方は、いずれこの国の王となられるお方。そして貴女は……貴女と王子では水と油です。王子の魔力は貴女を蝕む、そうなる前にその刻印は消させていただきますよ」


 レイドは刻印が消えるまで、浄化能力のあるこの魔法陣の中に、拘束すると言ってきた。


「ただでさえ、人の身でトラヴィス王子の魔族の力を、身体に定着させるのは難しいというのに。特に今の貴女では……現に身体を巡る魔力にやられ、あれから三日眠り続けていたのですよ」

 三日間も無駄にしてしまったのかとショックだった。


 一刻も早くグレン王子と会い、村を元に戻してもらわなくてはならないというのに。


(そうだった、グレン王子を……)


「あの……あなたはトラヴィスが、いずれこの国の王となる方だといいましたよね」

「ええ、そうです。あの方は現在魔王継承権第一位ですので」

「……じゃあ、グレン王子は」

「はい?」


 ミレーヌはグレン王子が次期魔王だと噂に聞いていたのだが、遠い異国の噂話だ。間違いがあったとしてもおかしくはない。


「わたし、グレン王子にお会いしたくて、闇夜ノ国まで来たんです。どうか会わせてはいただけないでしょうか」

 ミレーヌは鎖に繋がれたまま必死で頭を下げたが、レイドは眉を顰め渋い顔をする。


「忘れなさい、トラヴィス王子のことは」

「いえ、わたしが会いたいのはグレン王子で」

「紅蓮の王子のことを言っているなら、それは、赤い目を持つトラヴィス王子の異名です」

「え……」

 そんなのおかしい。だってトラヴィスの瞳は、紅蓮じゃないのに。


「銀色の髪に紅蓮の瞳。麗しい容姿を持つ問題児。貴女の国にも、そんな噂が届いていましたか?」

「ええ……だからおかしいです。トラヴィスが紅蓮の王子だなんて」

「あれは仮の姿だと言っても?」

 訳が分からず、ミレーヌは困惑するばかりだ。


「お忘れですか? あの方は今、力の殆どを封印されているのですよ。その影響といいますか、この国では高貴な位の者にしか現れない髪と瞳の色を失ってしまった」

 どんな事情だか知らないが、ならばやはりトラヴィスがグレン王子ということになり。


(じゃあ、わたしの村をあんなふうにしたのは、トラヴィス?)


 声も指先も小刻みに震えてきた。


 それは決して信じられないという驚きからではない。それで全て、辻褄が合うように思えてしまったからだ。


 彼ならやりかねないんじゃないかと思う。面白半分に、ミレーヌをここまで騙し、振り回すような魔族だから。


「なら……なおさら、彼に会わせてください。彼に確かめたいことがあります」

「なりません。魔王陛下の命令により、今、貴女と王子を会わせるわけにはいかないのです」


「なぜですか!」

「王子が……貴女に殺意を抱いている可能性があると聞いても、お会いしたいとおっしゃいますか?」


 レイドはミレーヌの態度に、痺れを切らせたように口を開く。


「王子は貴女の身に自分の魔力を流し込むのが、どれほど危険か承知のうえで、貴女にその証を与えた。それは立派な殺意と言える」

「な、んで、そんなことを……?」

 ミレーヌは動揺を隠せなかったけれど、レイドは容赦なく言葉を続ける。


「本当ならば貴女が忘れている過去を、蒸し返したくはありませんでしたが……これも運命なのでしょうね」


 ミレーヌはなぜか続きを聞くのが怖くなって、耳を塞ぎたくなった。

 鎖で繋がれたこの腕では、そんな自由さえ利かないけれど。


「過去に王子は、貴女の村を襲っています」

「え……」


「そしてその時……貴女は王子の魔力を封じ込めた」

「っ……わたしにそんな力はありません」


「ええ、今の貴女にはないのかもしれませんね。しかし、過去の貴女はそれをやった」


 声も出なかった。確かにミレーヌは過去に数回、魔族に狙われたことがある。


 そしてそんな中、記憶が抜け落ちていると自覚のある過去があった。


 赤い目をした魔族に襲われて、必死で逃げた曖昧な記憶だった。


 あの時、自分はどうやって逃げたのか、どうやって生き延びたのか思い出せない。

 気が付けば村長の部屋で寝かされていて……その頃から、右腕には腕輪が付けられていた気がする。


「それから王子は、長い月日幽閉されていました。人間居住区域を襲った罰として」


 じゃあ幽閉期間が終わり久々に出てきたトラヴィスは、復讐をするために、またミレーヌの村まできたのだろうか。素知らぬ態度で。


 そしてミレーヌを苦しませるために、村を氷づけに?


 ミレーヌは、怒りとも悲しみともつかない感情を抑え、グッと震える拳を握りしめた。


「わたしは……あの人に今いる村も奪われました。その可能性がある……。だから、真実を聞く権利があるはずです。彼に会わせてください!」


「ほう、村を……申し訳ございません。私はこれから、魔王陛下にご報告しなければならないことがあるので、これで失礼いたします」

「待って!」


 何度も呼び止めるミレーヌの声になど、耳を傾けてくれることはなく、レイドは去って言ったのだった。

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