第12話 ヘタレ王子の正体
「離せ、金を作らねーと、お頭にどんな目に遭わされるか」
「黙りなさい。この方に刃物を向けて、ただで済むと思わないことですね」
レイドはもがく盗賊の腕を捻り上げる。
「っ……ケッ、女の後ろに隠れるような、こんなヘタレ男に刃物向けたからって、なんだってんだ!」
吐き捨てるようにそう言った男に対し、レイドは冷めた視線で言い放った。
「馬鹿な男だ、この方を誰だと思っているのですか」
「知らねーよ、放せ!」
揉め合うレイドたちを他所に、トラヴィスは急にミレーヌを引張り起こし「この隙に逃げよう」と囁く。
「う、うん」
そんなトラヴィスの態度に違和感を覚えながらも、逃げるなら今しかないと、ミレーヌも駆け出そうとしたのだけれど。
次の瞬間、聞こえてきた言葉に、ミレーヌは足を止め固まった。
「このお方は、魔王陛下のご子息であられ、魔王位継承権第一位を持っておられる、トラヴィス王子だ」
「っ!?」
「あ~あ、言っちゃった」
レイドに腕を掴まれていた盗賊は、顔色を変え威勢もなくし震え上がっている。
盗賊が命乞いのような台詞を言っているけれど、そんな言葉はもうミレーヌの耳には届いていない。
「トラヴィス、どういうこと?」
「なにが?」
涼しい笑顔。嘘なら嘘と言って欲しい。
自分が魔王の息子のわけないだろ、と。全部レイドの嘘だよ、と。
「トラヴィスは、魔王に狙われているのよね? トラヴィスの国は、魔王に奪われて……」
ぐわんぐわんと目が回りだす。彼は微笑んだままで、なにも答えてくれない。
「帰る場所がないって、レイドさんは追っ手だって……うそ、だったの? 答えてよ、トラヴィス!」
ミレーヌは縋るようにトラヴィスの腕を掴んだ。
「あ~あ……ゲームオーバーか」
悪びれる様子もなく、トラヴィスはふざけた調子で、両手を挙げ降参のポーズをとる。
「キミとの冒険、楽しかったのにな」
怒りとも違う、やるせない感情が溢れ、ミレーヌの視界が歪む。
「わたしのこと騙してたの? 全部、嘘だったの?」
「……そうだよ、嘘。キミがホントだと思っていたことは全部、嘘」
「なんで、嘘なんで……」
「……キミは優しいから。同情心を植えつけておいた方が、オレから離れられなくなると思って」
「そうして、わたしが騙されて、まんまと信じちゃうのを見て楽しかった?」
「楽しかったって言うよりは……一生懸命なキミが、可愛かったな。泣いてるの?」
ミレーヌの頬に涙が伝うのを、トラヴィスは不思議そうに眺めている。
「あなたが泣かせたんじゃない!」
「オレが?」
「心配したのに。本気で心配して、守ってあげなくちゃって一生懸命になって、なのに……全部嘘だったなんて、わたしホントにバカみたい……」
「そういう所。オレには理解不能だけど、たまらなく可愛い」
パシンッ――。
あたりに響き渡ったのは、ミレーヌがトラヴィスの頬を引っ叩いた音だった。
人を叩いたのなんて初めてで、掌がじんじんと痛む。
それを目撃したレイドが、血相を変えてやってきた。地面には、盗賊が倒れている。
「王子に手を上げるとは、とんでもないことを!」
「もうやだ、なにもかも……大ッ嫌い!」
叫ぶとミレーヌは、森の中へと走り出した。
なにも考えられなくて、考えたくもなくて、ただトラヴィスから逃げるように。
あんな、悪魔みたいな性格の男に、これ以上係わってはいけないと思った。
ぐわんぐわんと、さっきよりもひどい眩暈がする……気持ちが悪い……涙が止まらない。
もうなにも信じられない、どうしたらいいのか分からない。
いきなり村は氷づけだし、独りぼっちだ。心細くて、それでもがんばれたのは……気丈に振舞えたのは、トラヴィスを信じていたからだった。
どうしようもない王子だったけど、信じてしまっていた。
トラヴィスだけが、この闇夜ノ国で味方だと思っていたのに……もう、なにも信じられない。
「はぁ、はぁ……」
どんどん森の奥に入り込み、出口も分からない。そしてミレーヌは、ひどすぎる眩暈に立っていられなくなり、木に寄り掛かるようにしてしゃがみ込んだ。
頭が痛いし、気持ち悪いし……寒気もひどい。
(もしかして風邪?)
だとしたらトラヴィスのせいだ。散々、闇夜ノ国を連れまわされたのだ。思い出すとますます腹が立ってくる。
「ククッ、見つけたぞ。そう簡単に、おれらから逃げられると思うなよ」
もうろうとする意識の中、先ほどのしつこい残党に見つかってしまった、最悪だ。
「さ~て、いくらになるかな、この女」
ニタニタした男二人組み。この国は、こんな人ばっかりなのか……さすが魔族の国だ。
「なあ、売るのもいいが。お頭に直接土産で持って行くのもいいだろう」
わらわらと森の奥から更なる盗賊も加わる。
「そうだな。お頭に可愛がってもらうといい」
大男の手がミレーヌに伸ばされる。
けれどもう、抵抗できる気力も残っていない。心も身体もボロボロだった。
ミレーヌはぐったりとして、諦めるように目を閉じた。
その時、ドカッと鈍い音とともに、誰かが倒れた気配がする。
「アニキ!?」
目を開けると、ミレーヌに手を伸ばしてきた大男が、倒れている。
視線に映ったのは月明かりを浴び、光を弾く金の髪がとても綺麗な青年だった……。
「……トラヴィス?」
一瞬誰だか分からなかったのは、その姿があまりに幻想的で、見惚れてしまったせいもあるけど、それだけじゃない。
青い瞳がまるで氷のように冷たく光り、その表情はミレーヌの知っている彼とは、到底当てはまらない冷徹なものだったから。
「ひ~~っ……トラヴィス王子!?」
トラヴィスは、無表情のまま周りにいる盗賊たちを見渡し、冷淡とした態度で口を開いた。
「オマエら、誰のものに手を出してるの?」
「いえいえいえ、わたくしたちは、決してそのようなつもりは!?」
「ふーん……消えろ」
信じられない。ついに剣を抜いたトラヴィスは、まるで舞うように優雅に、盗賊をなぎ倒してゆく。
次から次へと、軽やかに。これのどこがひ弱な王子なのか。
(わたしに守られる必要なんてないじゃない)
盗賊たちなど相手にならない。何人束になっても同じだろう。
「嘘つき、ホントに全て、嘘だったんだ」
頭が痛い……なんて恐ろしい光景だろう。剣を持つトラヴィスは、どんどん敵を倒している。
その姿が血に染まってゆく……襲い掛かってくる者もいるけれど、逃げようとしている者にまで、切りかかる必要あるだろうか……悪人だろうと、殺されるところは見たくない。
それなのにトラヴィスは剣を振り上げて……。
(あれがトラヴィス? わたしの後ろに隠れていた人と同じ?)
「……もう、やめて……わたしの目の前で、人を殺さないで!」
最後の力を振り絞って叫んだミレーヌは、そのまま意識を無くした。
最後に叫んだ声は、ちゃんと彼に届いただろうか。
もうこれ以上、血塗れになって剣を揮う彼を見たくない。冷酷な目をする彼を見たくない。
(トラヴィス、トラヴィス……なんでわたし、トラヴィスのことばかり考えてるの?)
――トラヴィスなんて、大嫌い。
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